本当に容姿だけはいい


 怜人は鏡を手に取り、自分の髪型をチェックする。


「ねぇ、央香ちゃん?」


「その頭で……央香ちゃんとか申すな……」

 央香は床に座り、笑いを噛み殺していた。


「髪の毛を遊ばせろとは言ったが、髪の毛で遊べとは言っていないぞ」

 髪で猫耳が出来上がっていたのである。


「怜人、にゃあって言って」


「……にゃあ」


「きっしょ! にゃあ、だって! ぶほっ! ははは! あっはっはっは!」

 央香は床をバンバンと叩き、大笑いした。


 怜人はスッと立ち上がり、少し離れるとポケットから操玉を取り出し、

「ウリィィィイイイイイイ!」

 力一杯握り締めた。


「ぎゃあ! ぎゃはははっ! あう! ううっ! あははは! ぐぅうあああ!」

 央香がリビングの床で笑い転げ回っているのをしばらく眺め、握る力を弱める。


「……はぁはぁ。怜人君! 聞こえているならやめろ! このままではお互い大気圏で燃え尽きることになる!」

 央香はよろめきながら立ち上がり、そう言った。


 こいつ、意外と余裕あるな。

 と、怜人はジト目になったが、央香が振ってきたネタに乗っかることにした。


「ぐぅっ!」

 怜人が歯を食いしばると、央香は辺りを赤くしピーピーというアラート音を出してきた。


 こいつ、演出の再現に関してはクオリティが高く妥協をしない。


 そこだけは感心した怜人は、

「今度は外さない……」

 と言って操玉を握った。


「……怜人……沙織とわしのメイファンを頼む……ぅうあははは! ぐぁ! あーはっはっははは! もうやめてぇ! お願いだからぁ!」

 央香はやり切ったが、たちまち転げ回り数秒後には半泣き状態となった。


 怜人は髪をオールバックにし、手にべっとり付いたヘアワックスをティッシュで拭きとると、未だに床で痙攣している央香を無理やり立たせ、真っすぐに見つめる。


「央香ちゃん。人の嫌がることをしてはいけませんよ」

 怜人が諭すように言うと、

「はい、怜人先生!」

 央香はあからさまな作り笑いをし、背筋を伸ばした。


 全く、テスト前なのに無駄な時間を過ごしてしまった。


 怜人は操玉をポケットにしまい、もう一度髪を触るとベトベト具合が酷いことを再認識する。こんな髪で勉強なんかできない。と怜人は判断し、大きな溜め息を吐く。


「風呂に入ってくるわ」


「ん。風呂から上がったら、わしにメイファンの十連ガチャをやらせるんじゃぞ」

 央香はダイニングテーブルの椅子に座り、メイプルファンタジーを始めた。


 怜人は舌打ちして風呂場へと向かうが、なぜか表情が緩んでいた。


 次の日、怜人は大宮で清涼感のある香水を買い、学校へ行く時にはつけるようになった。



 学期末テスト初日。


 テスト期間なので、今日と明日は午前中のみである。


 早く帰れるのは良いが、テストに備えないといけないので嬉しさがあまりないな。と感じた怜人だったが、大宮駅へと向かう足取りは軽かった。


 2月27日 13時01分 央香ちゃんと改札前に着いたよ!


 もうすぐ駅というところで、沙織からSNSアプリで連絡がきた。怜人はもうすぐ駅に着くと返信し、携帯電話をポケットに戻した。


 沙織は既に怜人が通ってる高校に合格しており、学期末テストもとっくに終わっている。けれど平日に授業はまだあるはすだが、本日は創立記念日だった。


 最近、沙織は成人状態の央香に合う服で割りと安価な物を見つけたらしく、央香と買いに行きたいと言ってきたので、怜人は了承しその分の資金も渡していた。


 その買い物に出掛けたのが今日であり、ならば怜人も午前中に学校が終わるので、一緒に大宮駅から帰ろうという流れになった。


 怜人は駅構内へと入り、待ち合わせ場所の改札前へと向かうが、その辺りで人の動きが緩やかとなり、視線が一箇所に集まっているのを感じた。人の視線を辿ってみると、そこには両手で荷物を持ち、気怠そうに立っている成人状態の央香がいた。


 視線が集まるのが当然と思えるくらい、相変わらず際立っている美貌であった。


 一人の若い男が央香に近付こうとするが、央香が鋭利な眼光を向けるとすごすごと退散していく。そして、央香は疲れ切っているかのような息を吐いていた。


「央香。お待たせ」

 怜人が近付いて声をかけると、

「遅いわ!」

 央香は持っていた荷物を全部怜人に押し付けてきた。


「沙織ちゃんは?」


「今しがたトイレに行ったわ」

 央香はそう答えると、怜人に渡してきた袋の中からアップルパイを取り出し、ムシャムシャと食べ始める。沙織へのお礼として買っていいとは言ったが、数が五個以上。一瞬眉を寄せる怜人であったが、自分も食べるからいいかと切り替えた。


「お前は一緒にトイレへ行かなかったのか? 時間大丈夫?」


「あと二十分は平気じゃ。それに、アップルパイを持ってトイレに行きたくなかったしのう」

 怜人は透晶を持ってきていなかったので神気の残量がわからなかったが、央香がそう答えたのであれば大丈夫だろうと判断した。

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