太りやすい人が悪いわけじゃありません
「よいか。人には体質というものがある。同じ物を食べたからといって、そのまま同じように消化されるとは限らん。胃下垂だからだの、代謝が良い方だからだのと、食っても太りにくい人がおるのじゃ。そんな輩を許して良いのか?」
「許すも何も、その人達は好きでそういう体質になったわけじゃないだろ」
「しかし、怜人の言い分は太りやすい人にも当てはまる。好きでそのような体質になったわけではない。ケーキワンカットを食べて太る奴もおれば、残りのほぼワンホールを食べても太らない奴がおる、という残酷な事実があるのじゃ。お前は沙織がかわいそうだとは思わんのか!」
「これ、沙織ちゃんの話だったの?」
怜人がびっくりしている中、央香は息荒げに頷いている。
「沙織ちゃんは別に太ってないじゃん」
怜人はきっぱりと言った。
沙織のことを太っていると認識したことは一度もなく、むしろスタイルが良いと怜人は思っていた。
「沙織は節制したり、運動したりと涙ぐましい努力をしておるのじゃよ。でだ、先程の話に戻るが、何の努力もせずにケーキワンホールを食べても太らない者がいた。これをどう思う?」
央香が険しい形相で質問を続けるので、怜人も渋い表情になる。
「だからまぁ……沙織ちゃんは気の毒だと思うよ。だけど、ケーキワンホールを食べても太らないのが悪いって理由もないしな。てか、ワンホール食べたのは誰なの?」
「わし」
「お前かいっ!」
怜人は唾を飛ばしてツッコむが、央香は斜め上を向いて素知らぬ様子であった。
「やはり……わしは悪くないよな。太りやすい沙織が悪いんじゃ」
そう呟き、
「もやもやしていたのが晴れたわ、筋トレを続けて良いぞ」
と、央香は怜人を手で払う仕草をした。
さっぱりした感じでメイプルファンタジーを始める央香に怜人は呆れたが、また不毛な話し合いをするのは時間の無駄なので、筋トレに集中した。
怜人はもうワンセットやり、計五セットの筋トレを終えて呼吸を整えていると、
「怜人、腹が減った」
央香がそう言ってきた。
午後一時三十三分。
朝食は午後十時頃に取ったが、フルーツグラノーラを少しだったので腹は空いていた。
「そうだな。お昼ご飯にしようか」
「駅前で何か食いたい」
「わかった。汗を拭いて、デオドラントをつけてくるわ」
怜人はそう言い顔の汗を拭うと、央香は小さく頷いた。
汗が止まり呼吸も正常に戻ったところで、洗面所へと歩き始める怜人だったが、ふとある思いがよぎる。
「……香水をつけてみようかな」
「こ! う! す! い! ぶははははは!」
央香は瞬時に反応し、大爆笑した。
その様に、怜人は冷たい視線を向ける。
「何笑ってんだよ」
「だって……怜人が香水とか……くはは! 似合わないのう!」
「似合わないのはわかってるよ。だけど、少しでも垢抜けたいというか、自分を変えないと」
怜人が仏頂面で思いを吐露すると、央香は笑うのをやめ表情を戻した。
「クラスの男子でつけてる奴も結構いるんだよ」
「だからといって、真似をする必要はあるまい。お前は自然体の方が良いと思うがの」
と言った央香の顔つきは真剣であり、本音であると読み取れた。しかしながら、オシャレをしたい怜人的には納得できず、表情はそのままだった。
怜人の気持ちを察したのか、央香は軽く溜め息を吐く。
「そもそも、怜人は香水なんぞ持っておらんじゃろう?」
「母さんのを借りようかなと思ってる」
「靖子のを? 女物ではないか。性別も年代も違う、合わん合わん!」
央香は笑い飛ばすように言ってきた。
央香の言い分も一理あるなと思い、
「姉ちゃんは自分のを持っていっちゃったし、父さんの香水ってあったかなぁ」
怜人は呟きながら他の手を考えた。
そんな中、央香は椅子に立ち上がって腕を組むと、大きく咳払いをする。
「力が欲しいか?」
央香は野太い声で言い、
ゴゴゴゴゴ!
という効果音を神気で出した。
「……汝……力が欲しいか?」
引き続き効果音が鳴る中、央香が聞いてきた。
「あのう……何すか?」
「力が欲しいかと聞いておるんじゃい!」
半笑いの怜人に、央香は若干怒りながら言ってきた。
「力が欲しいかって……お前に何かできるのか?」
怜人が訝しげに聞くと、央香は口角を上げる。そして、手のひらを口元に近付け、ふうっと息を吐いた。
すると、怜人にフローラルな香りがきて、その香りが身体に纏わりついていった。
「お前と沙織しか感じないのであくまで試しとなるが、どうじゃ?」
央香が得意げな顔して言った。
神気を使って香りを作り出し、身体に纏わせた。何だかんだ言って神様なわけで、やるじゃんと怜人は央香を見直した。
「いいねぇ。他の香りもやってみてよ」
「メイファンの十連ガチャ一回分」
「足元を見やがって、わかったよ」
央香を神様だと見直したことを、怜人は早くも後悔した。
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