接客の練習をする
「神であることを明かせないことや、名を大崎央香にするのは致し方ないとしても、大学生っていうのが平凡で嫌じゃな」
「だったら、どういうのがいいの?」
怜人が投げやりな感じで聞くと、央香は不敵な笑みを浮かべる。
「大崎央香、登録者数百万人以上のYouTuberじゃ。そんなわしが働いてやるのだからありがたく思えよ。ん? 信者が店に押し寄せてきてパンク状態じゃと? 売り上げが先月の十倍? え? またわし何かやっちゃいました?」
「はい! 全却下!」
怜人が大袈裟に両手を叩いて終わらすと、
「なぜじゃ!」
央香は腰を浮かして言い返してきた。
「自己紹介って言ってんだろ。偉そうにするな。それから、何で寸劇を入れてんだよ?」
「その方が、この子って演技が上手だから接客に向いてそうねってなるじゃろ!」
「ならんわ!」
怜人は央香の言い訳を一蹴し、
「もう、俺がさっき言ったやつで決定。メモを渡すから暗記しておけよ」
と強引に決めた。
「はぁ……全く……ああ言えばこう言う……」
「それはお前だろ」
嘆いている央香に怜人が一閃。
効果があったのか央香の表情が戻り、怜人は次の段階に進もうと口を開く。
「央香、成人状態になってくれない?」
「元の姿と言わんか」
「俺にとってはその状態が見慣れていて、元の姿なんだよ」
央香が言う元の姿、成人状態は二週間近く見ていない。怜人の言葉通り、央香のことはちんちくりんの幼女としか思っていなかった。
「で? なぜ元の姿に戻れと? さては、おっぱいが見たいんじゃな? 確かにわしはスタイル抜群で、沙織よりもおっぱいが大きいからのう。ったく、このレイトオオサキ・キュニュウスキーは……」
「俺の名前を西洋人っぽくしてディスるんじゃない」
怜人がキッと睨むが、引き続き央香はニヤリとしていた。
「おっぱいが見たいんじゃろ? 谷間までなら構わんが、シコシコ代はもらうからな」
「はぁ、だから違うっての! 接客の練習をさせたいんだよ。今の姿だと、このテーブルでやれないだろ?」
怜人は嘆きの息を吐き、テーブルをトントンと指さした。
「えー、接客の練習もするのか? というか、それってリアルおままごとではないか。わしはウサギのぬいぐるみを殴る幼稚園児ではないんじゃが」
「俺もおにぎり頭の幼稚園児じゃないから安心しろ」
央香の返答に怜人は鼻で笑った。
「んー。この後風呂に入るし、元の姿になって着替えるの面倒じゃなぁ」
央香はそう言って顔を上に向け、椅子から微動だにしなかった。
「わかったよ。じゃ、リビングのソファでやろう。テーブルはなしでいいや」
意見を押し通しても、どうせ胸が見たいからと央香が難癖をつけてくるだろうし、話が進まなくなる恐れがあるので、怜人は妥協することにした。
央香をリブングの中央に立たせ、怜人はソファから少し離れた位置に行った。
「俺が入ってきたら、いらっしゃいませって言って、空いている席に誘導するように」
怜人が指示すると、央香は不満そうな顔をしながらも頷いた。
「お客様、いらっしゃいませ。当店は初めてですか? ご指名は?」
怜人が近付くと、央香は丁寧にお辞儀をしてから聞いてきた。
「あ、はい。 ……指名?」
怜人は眉を寄せるが、
「ではこちらの席でお待ちください」
央香に促されるままソファに座らされた。
「六番テーブルに新規のお客様が入りました。マミちゃんとユリちゃんお願いします」
央香は顔を背け、手で口を隠しつつ小声で言った。
「おい、何だこれは?」
顔をしかめたまま怜人が聞くと、
「【ラセンの花】で、夫が夜の店に行った時の再現じゃが?」
央香はさもありなんと答えた。
「夜の店じゃない! カレー屋だって言ってるだろ! リアルおままごとじゃないんだよ。あと、お前は【ラセンの花】を見るの禁止な。悪影響しかなさそうだもん」
怜人は立ち上がって言い、追加で【ラセンの花】の禁止命令を出したが、
「嫌じゃあ! 明日は主人公が不倫相手に乗り込むところなんじゃぞ! 嫌じゃ! 絶対に嫌じゃ!」
央香が怜人の足にしがみついて抗議してきた。
「わかった! わかったよ。じゃあ、もう一回やるからちゃんとしろよ」
央香が涙目になったので怜人は渋々撤回した。
そして、二回目。
「らっしゃっせー! らっしゃっせー! 席は奥の方からどうぞ」
先程とは異なり、荒々しい感じの央香であった。
「あ、ありがとうございます」
怜人は若干気後れしてソファに座ると、
「ご注文は?」
野太い声で央香が注文を取りにきた。
「トマトカレーを一つお願いします」
「お好みは?」
「お好み? ちゅ……中辛で」
「ニンニク入れますか?」
「……ニンニク?」
「トマトカレー中辛! コメカタメのアブラオオメでニンニクマシマシ! ありがとうございまぁす!」
「これ二〇系だろ!」
怜人は声を大にして言い、央香を睨み付けた。
「ダメなのか?」
一方、央香はケロリとしていた。
……こいつ……遊んでいるだけだな。
怜人は素早く操玉を取りに行き、
「カレー屋だって……何度言えばわかるのかな?」
と、怒りの笑みを浮かべた。
「すいやせん! 調子に乗りすぎやした! 堪忍してくだせぇ!」
一瞬で床にジャンピング土下座をする央香。
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