採用面接の練習をする
「央香は静かに暮らしたい」
ニヒルな笑みを浮かべた央香に、
「お前はどこぞの町に住んでいる爆弾魔か」
と言って怜人は鼻を鳴らした。
央香は指パッチンをし、空間に光と音だけの小さな爆発を出した。
まーた余計なことに神気を使ってるよ。
そう、怜人が呆れていると、
「それに、働いたら負けかなと思ってる」
央香は半笑いの状態で言ってきた。
怜人が完全なジト目になる。
「怜人、やはりここは確率的に競馬が妥当だと思うんじゃが……」
「ダァメ!」
楽をしようとする央香に、怜人が一喝した。
「やれやれ、わがままじゃのう」
央香は肩を落とした。
お前が言うなよ。
と、怜人は脱力しかけたが、フーッと息を吐いて落ち着きを取り戻し央香を見据える。
「こうなるだろうと思って、お前が働ける場所を俺が用意してきた」
「何じゃと?」
央香は眉を中央に寄せた。
「俺と同じカレー屋だ。あそこは母さんの親戚がやっているから、何かと融通が利くんだ。皆いい人達ばっかりだし、業務は調理じゃなくて接客だからお前でもできる。俺の紹介なら構わないって言ってくれたから、直ぐに働けるぞ。てか……働かせるからな」
怜人が話の最後に念を押すような視線を向けたが、央香は途端に難色を示す。
「コネ入社とかいうやつか。日本の悪しき風習じゃのう。そういうのちょっとなぁ……わしって潔癖じゃろ? ハンドソープやボディソープも多めに使う方じゃし」
「潔癖? さっき床に落とした唐揚げを素知らぬ顔で食っていた奴は誰だろう?」
怜人が確認するように聞くと、央香の表情が素に戻った。
だが、また直ぐに央香は難しい顔になる。
「ほら、わしってシャイというか、結構人見知りする方じゃろ? 和気あいあいとしている中に、おいそれと入れるようなタイプではないのじゃよ」
「初対面で俺や沙織ちゃんにセクハラしてきた奴のどこがシャイ? 人見知りだと? なにそれ? おいしいの?」
怜人が即座に言い放つと、央香はぐぬぬっとでも言いたげな顔になった。
「そうだ! 神気量的にわしが元の姿に戻れるのは八十分弱、働くといっても一時間くらいじゃあまり意味がなかろうし、店にも迷惑がかかってしまうな!」
「安心しろ。お願いしたら一時間でもいいってさ」
央香が渋るのは想定内だったので、怜人は間を置かずに返答した。
「ぐっ! 大体……何で怜人は働いているんじゃ? お前は高校生なんだから勉学に集中するべきじゃろ? 小遣い稼ぎにわしを巻き込むのはやめてもらいたい!」
そう開き直ってきた央香に対し、
「お前がウチの生活費を勝手に使い込んだからだろうが!」
怜人は今年一番心を込めた言葉を放った。
「央香……逃がさんぞ」
央香は決まりが悪そうに身を縮めたが、許すつもりは毛頭なかった。
「……仕方がないのう」
逃げられないと悟ったのか、央香がようやく観念した。
「俺の紹介だから履歴書とかは要らないらしいけど、簡単な自己紹介はして欲しいみたいだから、一応練習しておこうか」
「はっ。自己紹介に練習なぞ不要じゃ」
央香はふんぞり返り、手で払う仕草をした。
「いいからやれ」
怜人が静かな怒りを見せると、央香はたじろぎ姿勢を正した。
それから咳払いをし、央香は表情を引き締め口を開く。
「快央神社の神、央香。快央神社は胃潰瘍には効かん臓、血液型は百メートル自由型、星座は便座、好きな食べ物はこう見えてプリンアラモードでぇす」
「おい! おっさーん!」
怜人は拳でテーブルを叩き、大声を上げた。
「何じゃ? 文句でもあるのか?」
不服そうな顔をする央香に対し、怜人の眉間に力が入る。
「文句しかないわ。全部使えないし、寒い親父ギャクはやめろ」
「どこが親父ギャグじゃ! それに、プリンアラモードが好きなおっさんがおるか!」
「いや、普通にいるだろ。ていうか、それが余計におっさんくさいんだよ」
「じゃあ、別におっさんっぽくてもいいじゃろ。この子、こう見えてしっかりしているのねって伝わるじゃろ」
央香は自信満々に答えたが、
「そうかもしれんしプリンアラモードに罪はないが、寒い親父ギャグじゃやめろ」
と、怜人は首を振った。
「えー、面倒くさいのう。じゃあ、手本を見せよ」
そう言って央香が不貞腐れたので、手本を見せようと怜人は咳払いをする。
「大崎央香、二十歳です。大学二年生です。学業があるのでほんの短い時間しか入れず申し訳ないですが、一生懸命頑張りたいと思います」
「全部嘘さ! そんなもんさ! 夏の恋はまぼろしぃ!」
突然、央香が歌いだした。
「何が言いたい?」
「全部嘘じゃろうが! 何で嘘をつかねばならん。偽ってまで働くのはわしの主義に反するというか、そもそも嘘をつくのは嫌いじゃ」
央香は毅然として述べたが、
「お前は息を吐くように嘘をつくじゃん。央香の主義には準じているから全然平気」
怜人に涼しい顔で論破され、央香はしかめっ面に戻った。
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