優雅にアルバイト初日を終えた?
一時間が経ち、央香の業務は終了した。
とはいってもこのまま一人で返すわけにもいかないので、休憩室で央香に待っていてもらうことにした。
なお、央香は神気が切れたので幼女状態になり、店長や他の従業員がこれは誰なんだと若干困惑していた。
怜人の父方の従妹で、母方の従妹である大崎央香みたいな女性に成長するように、親が同じ名前の央香にした。という設定を急遽作り、怜人は何とか皆に納得してもらうことに成功した。
怜人が気を回している中、央香は皆からお菓子を与えられ、ご満悦でメイプルファンタジーをやりながらゴロゴロしていた。
気楽な奴である。
こうして、央香とのアルバイト初日は無事に終わったが、怜人は想定しなかった深刻な問題に直面していた。
本来、怜人は学校が終わったらそのまま店に行き午後五時から働いていたが、央香を一旦迎えに家へ戻らなくてはならないので、午後五時半から働くことになってしまったのである。
そして何より、一々迎えに行くのが面倒くさかった。
どうしようかなと考えながら怜人は央香をつれて店を出ると、
「怜兄! 央香ちゃん! お疲れ様!」
沙織が小走りで近寄ってきた。
「おー、出迎えご苦労じゃ。大儀であるぞ」
「ははー」
沙織はひれ伏すような所作をした。
「沙織ちゃん、もしかして待っていてくれてたの? ごめんね」
「ううん、駅前のカフェで勉強していたから気にしないで。用事もあったし一緒に帰りたかったんだ」
「……用事?」
怜人が不思議に思い聞き返すと、
「さっ! 駐輪場に行こ!」
沙織は頬を少し赤くして駐輪場へ歩き始めた。
怜人が駐輪場にとめていた自転車はいつものものではなく、後ろにチャイルドシートがある母の自転車だった。
怜人は央香をチャイルドシートに座らせ、沙織と一緒に駐輪場を出た。
沙織も自転車で来ていたが、並走して走ると危ないので自転車を手で押して歩いて帰宅することにした。
「沙織、わしの働きぶりはどうであった?」
歩き始めて数分後、央香が言った。
「久々に大人の央香ちゃんを見たけど、すっごく美人でかっこよかった! 働いている姿は、さながらドラマの撮影しているみたいだったよ」
「そうであろう! そうであろう! うんうん! で? 怜人はどうじゃ?」
央香は沙織からの賛辞に顔をほころばせ、続いて怜人に聞いてきた。
「まぁ……普通かな」
怜人は淡白に答えた。
央香の性格からして何かしらやらかすと怜人は危惧していたが、まともに働いてはいた。しかし、特別接客態度が良かったわけではなく、可もなく不可もなくであった。
したがって、言葉通り普通だった。
「は? わしの華麗なる働きぶりを普通じゃと? まっことお前はダメな奴じゃのう! わしは褒めて伸びるタイプなのに、何にもわかっておらん! 沙織、こいつは陵〇高校の監督と同じミスをしておる」
「……リョーナン?」
プンプンと怒る央香であったが、沙織はキョトンとしていた。
「沙織ちゃん、無視していいから」
「何じゃとぉ!」
怜人は再び憤る央香を無視し、沙織に目配せをして微笑んだ。
「あのさ。元々怜兄は学校が終わったら、そのままバイト先に行っていたよね? 央香ちゃんを連れて来るのに、一旦家へ戻るのって大変じゃない?」
信号が赤になり、足を止めたタイミングで沙織が言った。
今、正しく頭を悩ませていることを沙織に言われ、怜人は唸る。
「んー、そうなんだよな。盲点だったよ。かといって、央香を一人で来させるのはなぁ。家から徒歩だとかなり大変だろうし、歩いてる最中不審者とかに遭ってお菓子があるからおいで、なんて言われたらホイホイついて行きそうだしな」
「だよねぇ。央香ちゃん、小っちゃくて可愛いから危ないよ」
怜人と沙織が懸念を口にしていると、
「おい、お前ら。わしは五百五十三歳じゃぞ! しかも北本はわしにとって庭も同然! 侮るでないわ!」
央香は腕組みをして言い放った。
怜人は央香に顔を向け、チャイルドシートに座っているちんちくりんの幼女を改めて確認する。
「ま、しょうがないよ」
「無視をするな!」
央香が怜人の背中を叩いてきた。
「だったらさ……私が央香ちゃんを連れて行くってのはどうかな?」
沙織はそう提案してきたが、意図がわからず怜人は眉間にしわを寄せた。
怜人の反応から真意がわかっていないと判断したのか、沙織は表情を引き締め言葉を続ける。
「怜兄はいつもの自転車で学校に行く。私は今怜兄が使ってるおばさんの自転車で央香ちゃんを連れて行って、帰りは怜兄の自転車を使わせてもらう。そうすれば、怜兄はおばさんの自転車で央香ちゃんと帰ってこれるでしょ? 一旦家に戻らなくて済むよね?」
ああ、なるほど。確かに戻らなくても可能になる。自分としては凄く助かるが……。
沙織の説明を聞き怜人は一瞬アリだなと考えたが、
「いや……まぁ……それは大変ありがたいけどさ……沙織ちゃんに負担がかかるし、気持ちだけ受け取っておくよ」
沙織は普段から央香に翻弄されているので、これ以上迷惑をかけるわけにはいかなかった。
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