愚か者


 安堵したのか央香は大きく息を吐くと、トコトコと怜人に近寄ってきて額を拭う。


「いやぁ! 疲れましたね! 実は、ストレスを発散しようと神気で遊びまくったのが始まりでした。本当はやるつもりがなかったのですが……」


「それはやめい。何年前のやつだよ」

 央香が言い終える前に、怜人がツッコミを入れた。


 腰に手を当てニヤニヤとする央香に、怜人は口元を緩める。


「スッキリしたか?」


「まぁまぁじゃな」

 央香はぷいっと顔を背けたが、満更でもない様子であった。


 怜人はその様に微笑むも、あることが気になった。


 炎を出して、草に火をつけて、風で消し飛ばした。


 そう、央香の神気が、物理的に影響を及ぼしていることであった。


 央香がやってきた時、央香の神気によって怜人の家族は央香を従妹と認識した。


 そういう意味では神気が影響が及ぼしたことになるが、物理的かと言われると違う気がする。今まで怜人が見てきた央香の神気は、効果音や光、無駄な演出に使われることが多く、どれも物理的に影響を及ぼすことはなかったのである。


「改めて思ったけど、央香の神気って現実に影響を及ぼすことができるんだな?」


「お前……わしのことを何だと思っておったのじゃ?」


「動くミラーボールかな」

 怜人が素っ気なく答えると、

「ぐるぅぁああ!」

 央香は激昂した。


「あまりわしのことを愚弄するなよ。本気を出せば、怜人など一瞬で八つ裂きにでき

るんじゃからな」

 央香はそう言い、鼻息をふんっと出した。


「台詞が悪役そのものだなぁ。というか、神気で人間を攻撃できるわけ?」


「当たり前じゃろ。とはいえ、神気を使って人間を攻撃をすることは、神界において禁忌とされておる。わしも母様に怒られたくはないから、人間は攻撃せんぞ。偉いじゃろ?」

 怜人の質問に、央香は胸を張って答えた。


「神気なしでも迷惑はめっちゃかかってるんだよなぁ」

 怜人が不満を漏らすと、央香はわざとらしくあちこちを見渡していた。


 仕方がない奴である。


 怜人は拝殿の前へ行き、賽銭箱に百円玉を入れ、告白が上手くいくようにと祈った。


 祈り終え、家に帰ろうと歩き始めた怜人だったが、快央神社の鳥居辺りで央香がついてきていないことに気付き振り返った。


 央香は怜人から三、四歩後ろにおり、なぜか真顔で突っ立っていた。


 不思議に思った怜人は喋りかけようとしたが、

「怜人。何で真っ直ぐ帰宅せずにここへ来た? 今朝に参拝したであろう?」

 央香の方が早かった。


「央香の元気がなかったからっていうのもあるけど、大きな理由はもう一回祈願したかったからだね。明日、告白するつもりだから決意表明も込めてな」

 怜人がうっすらと笑うが、央香は不快そうな顔つきになった。


「あの女狐にか?」


「そうだよ」


「お前は快央神社を信じているくせに、なぜわしの言葉は信じようとしない? あの女狐が良いのは外見だけじゃ! 何度も申しておるじゃろうが! なぜわからんのじゃ!」

 そう言葉を放った央香は、憤然たる面持ちであった。


 いつもの央香の怒りじゃない、央香自身のために怒っているのではない。


 これは嘘ではないのだと、怜人にはっきりと伝わった。


 いや、言われた当初からわかってはいたのだ。


 央香は平気で嘘をつくが、反面自分自身に正直でもある。怜人や沙織に少なからず愛着をもってくれているのであろう、真に傷つくことは絶対にやらない。


 だからこそ、本当に怜人が傷つくことを央香は見たくないと思っている。


 央香には山中の本質がわかっており、怜人が山中へ告白したところで、成功する見込みがないことは確信しているのだろう。


 怜人と央香。もう、二ヶ月近くも一緒に暮らしている仲なのだ。


 ……わかってはいた。


「央香。帰りたいんだろ?」

 表情を戻し、怜人は言った。


「わしのためか? それなら他の女子にしろと……」


「無理を言うなって。初めて好きになった女の子なんだよ」

 それはできない相談だと、怜人が言葉を被せた。


 央香は一つ息を吐いたが、顔から怒りの色が消えることはなかった。


「神。わしを含め、鴻神社で縁結びを生業にしている神とて万能ではない。あくまで、存在する縁の力を強めることができるだけじゃ。神は、元々ない縁を紡ぐことはできぬぞ」

 そう、怜人の目をしっかりと捉え、央香は断言した。


「己を卑下し、自信を持たない者は何も手に入らないんだろ?」

 以前に央香が言った言葉を引用し、怜人は軽口のように返した。


「……怜人」

 央香が呟いた。


 丁度月明かりに照らされ、切なさと苦しさに満ちる央香の表情が鮮明に映った。


 央香は歩き出したが怜人の横で立ち止まる。


「……愚か者……」

 絞り出すような声で言うと、央香はそのまま階段を下っていった。


 こんな表情、仕草、怜人は今まで一度も見たことがなかった。


 ……わかってはいるよ。



 翌日の放課後。


 怜人は山中を屋上に呼び出し、好きだから付き合って欲しいと告白をした。


 予想通り、告白は失敗し怜人は振られた。



 こっぴどく、振られた。


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