Episode:09-3 A Nightmare on NO.6

 リニア鉄道のため、車両の上にはパンタグラフや電線はない。

 平坦な面が続いていた。

 そこに、二つの小さな人影が立っている。


 月が雲の中から現れ、明かりがその姿を照らした。

 人形のような白い肌に青い目、長い金髪。

 あどけない表情の双子。

 服装はボディスと裾の広がったスカートとエプロンからなるピナフォア。

 まるで絵本の世界から飛び出したような姿だった。

「おはよう。もうおきたんだぁ」

 舌足らずな声は、車掌のものと同じだった。

 睦月むつきは幼い子供が相手という事で困惑しつつ、バングルフォンを操作してedeNという文字と欠けたイチジクの実のマークを立体投影した。

「えっと……とりあえず、ジャッジメントってカンジ?」


 すると、先程までの舌足らずさが嘘のように低く、ドスの聞いた声へと変わった。

「エデンの特務超能力者サイキックか……」

幻夢境ドリームランドへの接続キーとなるニトクリスの鏡が壊されちゃったしな……こりゃいよいよ本格的にアレを使うしかないようね、ミチル」

「ええ、チルチルお姉さま、わかっていますわ」

 二人は小さな声でボソボソと会話する。

 そして、睦月むつきに向かって語りかける。

「夢。それはアストラル界との間接的な交信チャネリング

「アストラル界……?」

 意味の分からない会話に、睦月むつきは首を傾げる。

「この世界の隣、位相の違う魂が還る場所、光の国の所在よ」

 双子が続ける難しい話に睦月むつきはため息をつく。

「あちゃー、こりゃ電波入ってるカンジ?」


「ニトクリスの鏡が壊された以上、こっちも相応の対策を取らないとね」

 そう言って双子が取り出したのは、紫色の試験管だった。

 コルクを抜いて、その中に入った液体を飲み干す二人。

「アレは!」

 紫色のモヤには見覚えがある。

 小樽でめいが暴走状態に陥ったあの時。

「カリウの薬β。擬似的にPSIサイを暴走状態にする」

「あなた方と戦うには最低でもAクラスの超能力サイキックが必要なのよ!」

 双子の目が赤く光り輝いた。

 嫌な予感を覚えた睦月むつきはすぐに腕を構え、火の鳥を形成する。

「PKジャール・プチーツァ!!」

 それを投げる前に、双子は力を放つ。

「羊が三匹!!」

 不可視のフィールドが広がり、睦月むつきが包まれる。

 強い眠気に襲われ、火の鳥が霧散した。

「チルチルお姉さま!」

「はいほ~っ!」

 睦月むつきの周囲に広がる黒い球状のフィールドが狭まり、彼女の体が黒く染まる。

「私の夢空間ナイトメアとミチルの催眠能力ヒュプノシス。このコンボを破った人は未だかつて居ませんわ! を~っほっほっほっほ!」



 めいが四個目の爆弾を解除していると、上からホッケーマスクを被った男がチェーンソーを構えて襲いかかった。

「かわせ天城あまぎさん!」

 みさおは端末を片手に、睦月むつきのメンタルデータの異常に気を配るも、目の前の指揮をとる。

 めいはギリギリで爆弾を解除し、ホッケーマスク男の攻撃を後ろに跳躍して避けた。

 チェーンソーが隙間に刺さり、四苦八苦している。

天城あまぎさん、PK10億ボルトだ!」

 赤黒い雷撃の槍を形成し、それをホッケーマスク男に向かって投擲して気絶させた。

 みさおめいはお互いにサムズアップを送った。


 そこに、無数の銃弾が飛び込んできた。

 とっさにチェーンソーを磁力操作で操り、縦にする。

 M1918を構えた男子高校生が居た。

「あんなものまで……」

 めいが物陰に潜む。

 彼女が周囲に無防備な乗客がいる状況で自動小銃相手に戦う方法を考えていると、みさおが銀色のアタッシュケースを手渡す。

天城あまぎさん、これを使って!」

 中に入っていたのは折りたたみ式のブーメラン状の刃だ。

「スラッガーブーメラン。電磁力で操作できる新しい武器だ!」

 めいはそれを広げ、構えて感謝を述べた。

「ありがと!」

 再び男子高校生が自動小銃を構え、引き金を引く。

 でたらめな速度で発射される銃弾。

 めいはスラッガーブーメランを投擲。

 複雑な軌道を描き、その一発一発を切り裂いていく。

 そして、男子高校生に傷をつけずに銃身だけを三等分した。

 それによって怯んでいる隙に、めいは駆け寄る。

「PKただの飛び蹴り!」

 勢いをつけた飛び蹴りを食らわせ、完全に無力化した。

『死傷者0』

 みさおの端末にはそう表示された。



 睦月むつきはホテルの通路に立っていた。

 目の前の双子はまだいる。

「この……PK……」

 発火能力パイロキネシスを発動させようとした瞬間、目の前はエレベーターホールに変わっており、血の津波が溢れ出した。

 睦月むつきが血の津波から逃げていると、部屋の中へと空間跳躍ジャンプした。

『237号室』

 何者かが強くノックする。

 次第にその音は強くなる。

 睦月むつきは開けてはいけないと直感で思った。


 赤い斧が扉を破壊する。

 そこから、不気味な男が顔を覗かせた。

 睦月むつきは呼吸を荒らげ、部屋の隅へと逃げる。

 それは小さな人形の姿になり、殺人ピエロにもなり、最終的には蜘蛛のような姿になった。

 ドアは完全に破壊され、その欠片一つ一つが睦月むつきのトラウマを映し出す。

 テレビの映像がゆがみ、コロロロロロロという不気味な音がなる。

 部屋にあるREDRUMの標識がくるくると周り、MURDERの文字へと変わった。

 蜘蛛が鋏角を開くと、中からオレンジ色の光が見えてくる。

 絶対に見てはいけないものだと睦月むつきは感じた。

 しかし、目が背けられない。

 夢だ。

 しかし、深層心理の何処かでこれを現実と捉えてしまっている。



 逃れられない死を覚悟していると、激しい痛みとともに赤い稲妻が目の前に飛び込んできた。

 目の前の光景は消え、月のある夜空、電車の上へと戻された。

 めい睦月むつきの目の前に立っていた。


 めいは爆弾を全て解除し終えると、天井をアーク放電の刃でくり抜いて電車の上へと出た。

 ピンチに陥っている睦月むつきを助けるために。

 そして、別の車両からも天井を蹴破ってステラが飛び出した。

 みさおが端末を持ったまま電車の上へと出て、双子に指差して言った。

「乗客は皆起こしたし、爆弾は全部解除したぞ! 降参してくれ」

 みさおの高らかな降伏勧告。

 爆弾はめいの力で全て無力化した。

 そして、夢遊病を利用した手下を作るのは深い眠りであるノンレム睡眠が不可欠だ。しかし、そうなるには眠らせてからある程度時間が経つ必要がある。精神操作マインドハックとは違い、即席の手下を作ることは出来ないのだ。

 双子の姉妹は言葉を失った。

 そして、俯いて静かになる。


 しかし、彼女らは笑い出した。

「アハハハハハハ、面白いことを言うのね、あなた」

 予想外。

「何っ!?」

 みさおは動揺のあまり声を荒げる。

「こういう話を知っているかしら、リアルすぎる虚構は現実になるの」

 そして、双子がそんな話を始めた。

「ある死刑囚がね、目隠しをされて、ゆっくりと腕を切っていったんだ。血が滴る音がして、その死刑囚は死んでしまったそうよ」

「ところが! その死刑囚は実際には切られてなかったのよ。金属の板を押し当てられて、水を滴らせていただけ。でも、その人はそれだけでショック死したのよ?」

「中国では、荘子の胡蝶の夢や枕中記に記された邯鄲の夢にもある通り、現実か夢かなんて些細な問題よ。それこそ不思議の国のアリスが冒険した場所は嘘だからと言ってなんだというのって話よね」

 双子の手にカラスアゲハが止まり、砂のように消えていった。

「これが意味することを理解してるかしら」

 みさおは唾を飲む。

「爆弾なんて用意したり夢遊病状態にせずとも、この電車の乗客全員が私達の人質って事さ! アレらは保険なのよ。眠りを誘い、夢を操る力の真髄を思い知りなさい」

 みさおは思った。

 これは精神的な激情を誘うための罠だ。

 しかし、直情的なめい達にはこれ以上にない効果的な精神攻撃。

「こんのぉ、卑怯者がぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 めいのエラ状器官が開き、髪が白く発光。そして、周囲に赤い火花が散る。

 案の定飛び出すめい

 慌ててみさおが指揮を取る。

「まて、早まるな、天城あまぎさん! 島風しまかぜさんは天城あまぎさんを回収、大宮おおみやさんは鬼火でバックアップ!」

「りょか!」

「あいよ!」


 がむしゃらに真っ直ぐ突っ込むめい

 双子にはその姿を嗤う。

「きたきたー! まんまと。やはりあの子は筋金入りの直情バカね!」

「羊が五匹ィ!!」

 ミチルが催眠能力ヒュプノシスを発動。

 めいは双子の目の前で体勢を崩して倒れ込む。

「幻夢に惑え!!」

 チルチルが夢空間ナイトメアめいに放った。


 黒い、黒い空間。

 そこにそびえる、マグリットやダリの絵画が飾られた遊園地。

 消火栓や給油機が無造作に置かれており、周囲の人は輪郭だけしか描かれていない。

 メリーゴーランドには時計がたくさん掛けられ、遠心力で溶け出していた。

 めいはジェットコースターに拘束され、先頭に乗る猿の運転手が宣言した。

『次は~~串刺し~串刺し~』

 後ろから、鋭い鉤爪がめいの胸を貫いた。

 めいは血を吐く。

 そして、その鉤爪から細長い棘が突き出し、体中を貫いた。

『次は~~ねじ切り~ねじ切り~』

 猿の声が響くと、その棘がめいの体ごと捻じ曲がる。

「が……はっ」

 目から血を流しながらめいは強気で言った。

「……はぁ……はぁ……この程度の痛み、どうってことないわ!」

 その瞬間、棘も鉤爪も、猿も消える。

 そして、その精神力で悪夢を破壊した。



 よろめきながら立ち上がるめいの姿を見て、双子は慌てる。

「ああ、あり得ない! チルチルお姉さまの夢空間ナイトメアが簡単に!?」

 めいは目を擦りながら強く言い放つ。

「そうね、今の痛み、男だったら耐えられなかったわ! でも、私は女だから、耐えられる!! 胡蝶の夢だか邯鄲の夢だか不思議の国のアリスだか知らんけど、虚構だったらそれごと砕くまでよ!」

「め、めちゃくちゃだぁ~~~~~っ!」

 言葉通り滅茶苦茶な理論に、双子はめい達から距離を取る。


 そのめいのイレギュラーな強さにみさおは胸をなでおろす。

 そして、彼女達の勇姿を見つめた。

「空想でお人形ごっこはオシマイ!」

 めいの声が電車の音と虫の音をかき消すほど響き渡る。

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