第10話-2 一方通行の分岐点
現在、地下鉄東西線で宮の沢駅まで向かっている。
ステラは普段のボーイッシュな服装から一転、白いワンピース、髪をまとめるリボンも白で初夏にあわせた清楚さを表現。
「チョコレート工場パークなんて初めてだからちょっと楽しみね」
「うん!」
「事前情報はHP、パンフレット、SNS、動画サイト、口コミその他諸々でチェック済みだ。各イベントスケジュールから大まかな巡回ルートはこのメモ帳に記している。スケジュール通りに行かなかった時の別ルートも128通り組んでいるぞ」
「いや~~~、そういうのを抜きにしてフラフラ歩いたほうが楽しめると思うけど……」
突如、激しい眠気と耳鳴りが
「うっ……何……これ……!?」
目の前がふらつき、地下鉄内で倒れ込む。
目が覚めると、そこは異国情緒溢れる大都会。
ローマ字であるが読めない看板でそこが日本でもアメリカでもないと
――ん……?
「ここがあの女のライブハウスか、いいから研究所に戻るぞ!」
そう言ったのは、角刈りの厳つい顔、筋骨隆々の大柄肉体を持ち、白衣に身を包んでいた……今の所長を少し若くした感じという風貌の男だった。
――所長……?
町中にある中規模のライブハウス。
『日本から来た女侍、D/Blue 全世界ツアー Day4』
立て掛けられている看板には大きくそう書かれており、その下には英語や中国語等、色々な言語でも書かれていた。
「しかしミカドさん、研究すっぽかしてこんなはっちゃけた場所に来るなんてな……」
アフロに白衣を纏った男が
――ミカド……って、私の父と同じ名前じゃない……! そんな男になってる夢なんて最悪よ!
「全くだな、お前を連れて帰るだけで日が暮れちまうんだ、傍迷惑にもほどがあるぞ!」
角刈りの男は怒りを露わにする。
「ま、そんなカッカするなって、人生は短いんだ、遊べる内に遊ぶってのも良いことだぞ?」
ミカドは軽薄な声で返した。
その返しに、角刈りの男はミカドの胸ぐらを掴みかかる。
「お前なぁ! こっちの研究がどれだけ遅れるかわかってるのか!? 俺にも、お前にも莫大な国家予算が!」
「あーはいはい、わかったよ。ならお前だけ先に戻っててくれ。オレ今日は休むわ」
そこに、白衣の女性が現れて間に割って入る。
「ねえ、そこまでにしよ? 周りの人にも迷惑だわ」
ストレートロングの金髪、赤色の瞳、白衣の上からでもわかるスタイルの良さ。
――ステラ……? どうして……?
「しかし……」
どもる角刈りの男。
「だーわかったわかったよ、明日巻き返すから今日は勘弁してくれ!」
ミカドはそう言ってライブハウスへと入っていった。
「ま、ありゃ何かあるな」
アフロの男は呆れた様子でそれを眺めていた。
ライブ会場は物凄い客と熱気に包まれていた。
『今日はアタシのライブに来てくれてありがとサンキュー!!』
ギターの音、ベースの音、キーボードの音、ドラムの音、歓声が混ざり合う。
「A-4、A-4……ここだ」
ミカドが取っていたのは前方の席だった。
『メンバー紹介をするぜぇ! まずは、ドラムのボツリーヌ!』
『次に、イカしたキーボーダー、レレーナ!』
『そして昔なじみのベーシスト、スズヤ!』
『最後にアタシ、ギタリスト兼ボーカル、クマノだ!!』
ミカドの視線は常にクマノ一人に集中していた。
片目を隠し、後ろにはだらしなく伸びた赤髪。
そして、強調するかのような青く輝く瞳。
赤と黒を中心とした衣装に見を包み、ギターに手をかける。
『一曲目、Only You!!』
いわゆるポストロックの部類に入る激しい曲が終わる。
周囲の激しい喝采。
そしてミカドも盛り上がっていた。
『それじゃ、期待に応える今の曲をもう一回! セトリをぶち抜くとマネージャーに怒られるけどな、オレはアンタ達を楽しませるために歌う! こんなサービス、滅多にしねえぜ~!』
もう一度同じ曲が始まると、ミカドはとんでもないことを呟き始めた。
「ここで告白しないとオレは一生自分を恨み続けるだろうな……」
――はぁ!? こんなにファンがいるアーティストにこ、こ、こ、告白!?
――ばっかじゃないの!? 後ろからファンに刺されても仕方ないわよ!
そして、ミカドは柵を乗り越え、通路へと上がる。
――ばか!バカバカバカバカ、そんな事したら警備員に連れ出されるじゃない! 見てらんないわよ!
クマノは歌いながらもその様子に気づき微笑んだ。
ミカドは親指と人差し指と小指を立て「I love you」と伝える。
しかし、ミカドは後ろからやってきた警備員に抑えられ、外へと連れ出され、長い説教の後に出禁を宣言された。
――ほら、言わんこっちゃない。
「くそっ、ワンチャンあると思ったんだがなぁ……」
どこまでも楽天的なミカドの言動に
――だからワンチャン無いわよ! 何言ってんのこの人!!
帰ろうとした所、黒いキャップ帽を深々と被ったサングラスの人に声をかけられた。
「おい、そこの人、待ってくれ」
その声は、先程までステージ上で聞いていたものだった。
「う、う、う、うそ……!?」
「アハハハハハ、バレちゃったか」
キャップ帽とサングラスを外すと、クマノは言った。
「ライブを終わったら後片付けを周りに任せて急いで来たんだ。ホテル、来るか?」
視界が上下に揺れるほど頷くミカド。
簡素な作りのホテルの一室。
「アンタはさ、小さなライブハウスでやってたときから応援し続けてくれたよね」
「……あ、あのっ、そ、そのっ、お、僕は、私は」
そのさっきまでの軽薄なノリからは考えられない動揺に
――私の父とはえらい違いね……なんかこっちまで情けなくなってきたわ。
「ちょっ、テンパり過ぎだってば、面白いやつだなぁ」
クマノはカクテルを揺らしながら笑う。
「ま、出禁の方はアタシの方でなんとかしとくよ」
余裕な笑みに対して、ミカドは緊張による汗を体中から流していた。
「あの、ああ、あ、の……わたくしめはく、クマノさまを……」
テンパっていて何を言っているのか自分でもわからない様子だった。
クマノは近寄ってきて、ミカドの顎に指を這わせた。
「アンタがアタシを好きなのは知ってるさ、アンタの見る目はアタシも興味がある。どこが好きなんだい?」
「あ、あうっ、あぁ!? ヤベッ匂いがあっ!?」
余計に心拍数が上昇するミカド。
「リラックスしていいよ」
その一言で、ミカドは大げさに深呼吸をする。
「はぁ、深呼吸、すぅーーーっ、はぁーーーっ。よし!」
――こんな時に朝の体操みたいな格好する人始めてよ……。
そして、猫撫で声で格好をつけて言う。
「歌ってる時の笑顔が素敵だったんだ。こう、ステージから周りを見渡して、ニッて笑うその姿が何よりも印象的で、オレは……」
理解不能なミカドという人物に
今では父と同じ名前である事は些細な問題だった。
それから数分後。
「それでさそれでさ、その時ブルカニロの奴が薬品混ぜてドカーンってやっちゃったのよ。オレはだからやめとけって言っただろと言ったらさ、その時アイツがなんと言ったと思う? お前が変なゲテモノオリジナルドリンクを作るのが悪いって怒るんだよ。あの時はヨミさんも怒っててなぁ」
さっきまで緊張でテンパっていたのが嘘のように、今では長々と話し続けている。
それはまるで、変な話をしているときの
ミカドは笑って聞いているクマノを見て自分がまたいつもの癖で喋り続けたことを察した。
「す、すまん! 楽しくてつい……」
「いやあ、こっちも面白かったからいいよいいよ。なんかさ、アンタの目が好きなんだ。アタシを見る時の目、好きなことを話している時の目、そして今の目。純粋で、子供っぽいけどどこか魅力的で、包み隠さない態度ってのかな、そういうのが興味あるんだ。アタシもアンタと同じで好き勝手やってマネージャーに怒られるタチだからわかるんだ」
「ハハハ、照れるぜ」
クマノが壁掛け時計を見る。
「おや、もうこんな時間か。なあ、今日は一緒に寝ないか?」
その言葉に、先程まで止まっていたミカドの汗が再び溢れ出す。
「こういうのはマネージャーから止められてるんだけどな、アタシは一人のギタリストって以前に一人の女だ、ライブよりも熱い夜にしようぜ。安心しな、この部屋は練習用に防音で取ってるんだ」
突然、目の前に天井のシーリングライトは飛び込み、徐々に暗くなった。
「おい、おい! 大丈夫か!?」
恐らくミカドがあまりの緊張に失神したのだろう。
「――
「ん……」
「突然倒れたからびっくりしちゃったんだよ!」
「不思議な夢を……見てたわ」
「はぁ、電車内で夢はNGワードだってば……もう宮の沢駅着いたよ!」
青空、夏の風や花、ほのかにチョコレートの香りが漂ってきた。
チョコレート工場パーク。
ヨーロッパの街を思わせる洋式建築が多く立ち並び、園内にはミニエスエルが走っている。
チョコレートの歴史の展示や庭園、カフェやファミレスもあり、併設している施設にはサッカー場がある。
「指揮官、指揮官! テーマパークですよ、テーマパーク!」
ステラが両手を広げて大はしゃぎ。
立体投影テレビに映った小人達が工場の説明を行う。
『工場見学の方は三階、ショップは二階となっております。えー、お菓子作り体験はインフォメーションカウンターにて、手続きを……』
チョコレートの川を眺めたり、リス型ロボットがナッツを選別している所を見学したり。
ガム工場では試食も出来た。
「すごい、これ色んな味に変わるよ!!」
「
「は~い」
そうして差し出してきたパッケージからガムを取り出そうとした。
パチン、という音が響き、
「いだだだだだだだ!?」
「にはは~まだまだ脇が甘いよ~~~っ」
「やったなぁ~~~~~っ」
「にはははははははそこは、ちょっよわっあっ」
すると、段差に躓いて二人はもつれて倒れ込む。
「いたたたたた……」
「ちょ、喋らないで!」
キョトンとしているステラ。
そして、
「こんな時にまで、何をやってるかああああああああああっ!」
いつものように電撃による制裁だった。
チョコレートの歴史コーナーを巡る。
「見て見て!
「へぇー! 知らなかったよー」
「チョコアースって言って、この丸いチョコの中にフィギュアが入ってるんだ」
「ふん、こんなのではしゃいじゃって、子供みたいね」
そっけない態度で
「いや、僕も
「うっさい、一緒にすんな! 私を大人扱いしろ!」
事実を言われると
「まあまあ二人共、その辺でさ~!」
「喫茶店でちょっと落ち着こう?」
近くのカフェ。
「ねえねえ、シェアさせて!」
「ちょっ、まってってば!」
ステラも同じく身を乗り出して迫っていた。
「ボクも二人でシェアですーっ!! ね? 指揮官、ね?」
笑顔で圧を掛けてくるステラに
「むすーーーっ」
日もすっかり暮れ、辺り一面が暗闇の中、電子音楽が鳴り始める。
「なんだなんだ?」
「何が始まるというのです?」
汽車、青い鳥、不思議な国のアリスなど、様々な種類の電飾の施されたフロートが動き始めた。
そして、その前にはパレードダンサーが激しく踊りながら歩いて行く。
周囲の庭園や建物も輝き出し、銀河の中に入ってるような壮大な景色となっていく。
「綺麗……真昼よりも明るいよ!」
不機嫌だった
「わんだほー! びゅーりほー!」
ステラは相変わらずで、
七色色彩発光電飾が作り出す世界は皆を魅了していた。
「なんだか、夢を見ているみたい、こんな日が毎日続けばいいのに」
「人生ってのは長い
「うん……」
花火が上がり、無数の煌めきが記憶に刻み込まれた。
四人の紡ぐ永遠のハーモニーが奏でられる。
ストローを噛む癖があるらしい。
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