第10話-1 一方通行の分岐点
私立星見学園 高等部2-A教室。
教卓の上には本とりんごが置かれている。
世界史の授業、老教師が小さな声でボソボソと喋りながら黒板型モニターに次々と記していく。
『で~~……え~~1945年にニュルンベルクとドルトムントに反応弾が投下され、第三帝国総統は避難先の地下壕で自決。同じく枢軸国の大日本帝国は条件付降伏で停戦し、後に九・二三クーデターが発生し政府崩壊が~』
語っている内容はおおよそ教科書に書かれていることなので、この時間は各々が好きなことをしている。
「何描いてるんだ?」
「メカビートル4号(仮)って感じだな。鉛製の硬式飛行船で、汚染地域の活動を有利に進められないかなと」
それは大型の飛行船の設計図。
図の横には
その意味は理解できずとも、鉛の飛行船は飛ぶわけがないと彼は呆れて言った。
「そんなものが飛ぶわけ無いだろ……おとぎ話じゃあないんだから」
――戦艦は飛んだけどな。
そこに
「飛ぶ、コイツが作ったら飛ぶ!」
根拠のない自信に
「しかし、こんなの動力をどうするつもりなんだ?」
「そこなんだよなぁー。エアカーに使用されている超電磁飛行装置ではエネルギーの問題がな……慣性蓄積コンバータを応用できないものか。汚染地域に反応炉持ってくなんて本末転倒だろうしなぁ……」
そこに
「
「それだと3分しか飛べないぞ」
「飛ばすならやっぱり我らが大日本帝国陸軍が誇る一式戦闘機でありますな! ゼロ戦など無粋でありますな。海軍は邪道、真の男は陸軍こそを愛すべき」
「いやいや、F-3だな、純国産傑作機F-2の流れを汲む最新鋭攻撃機だ! カナード翼に双発エンジンがまたよくてなぁ、対艦ミサイルが4発も搭載できちゃうのはまさしく変態だよ」
「僕はレシプロ機やジェットよりツェッペリンだな。あの丸っこいフォルムに大きさ! やっぱり主張は激しい方がいい!」
「空を飛ぶもの……矢……いいや、
「それもはや乗り物じゃねえじゃん!」
「だから
遠い目をしながら彼の肩に手をのせた。
「……それ、ヴィア・ドロローサで十分なんですよ……」
この面倒くさいオタク達に
「飛べればどれも一緒よ。全く、人殺しの道具を好きって言うのはどうかしてるわ」
その言葉は短くも全てのオタクを敵に回すものだった。
「なんだって!?」
授業中だというのにザワザワと騒ぎ出す後方の窓際席。
その様子に
「バカルテットがおばかクインテットに変わったねぇ」
他人事のように聞いていた
「えっ、もしかして僕も入ってるの!?」
「あったりまえジャン。クラスの間じゃ有名だよ」
周囲が暗くなり、スポットライトが
ガガーンというピアノの音が聞こえてきた。
「そんな……僕は勉強は完璧で現場では的確な指揮で今までやってきたじゃないか!」
「前回の定期学力考査だって。ほら、見てよ!」
叩きつけた先にあるのは順位表の「一位
「あら、
その順位表の二位には
元祖バカルテットの一人は
「ふ、不名誉だ……クラス最下位から五番目の
「まーまー、そう落ち込まないでよ! おバカでも楽しければあーしはいいと思う!! それにこの手に人はギャグパートになるとIQが溶けるってのが鉄則よ?」
「
「コカンに関わる問題? やだ~~~
「
「傍から見たら皆同レベルに見えるな~」
「君もおばかクインテットの一人だからね?」
ちなみに最下位は視界の端で蝶を追いかけているステラである。
二時限目が終わり、皆が弁当や購買部で購入したパンを広げている頃。
「お、俺の両親がここの経営にも協力しててな……チケットが貰えたんだが、どうだ?」
チョコレート工場パークの日付指定ワンデイパス。
「……?」
「俺はこの日忙しいから行けないが、これで楽しんでもらいたいんだ」
――どういうことかしら。でも、これがあればアイツと二人で……とかも考えられるわね。
――とすると、一枚じゃ足りないかしら。
「二枚! 二枚にしないと行かないわよ」
「は、はぁ……一応予備もあるけど……こう、ショックだ……」
その瞬間、笑顔になる
――今日の弁当当番は
――彼女が前に作ったのは石鹸の海苔巻き絵の具和えだったか……?
あの時は皆が三途の川を渡りかけるという悲惨な事件として後世まで語り継がれるだろう。
――ものすごく、嫌な予感がする!
苦い表情を浮かべながら中身を確認した。
カラフルな色合いのルーとご飯が所狭しと詰め込まれていた。
虹色のそれは、まさにゲーミングカレーという奴だ。
心なしか、発光している気がする。
――これは食えるのだろうか。
口の中に入れてみると胃が消化を拒むほどの代物ではあったが食べられないものではなかった。
甘味、酸味、辛味が
「ありゃ、振られたでありますな……」
彼が指差した先の
「どうして? しかし二枚って
その
「……これだから。可哀想で見てられないでありますな」
そこへ、
「その、アンタは私の主任なんだから、いついかなる時でも一緒にいないと駄目でしょ? だから、行くのよ!」
すると、
「いや、こういうのは、仲良い友達か好きな人と行くものじゃないのか? って2028年ベストセラー名著『恋人と仲良くなる50の方法』には書いてあったけど」
そう言って
「アンタ……最近色々読んでると思ったらそういうの読んでるの……な~~~んか呆れたわ」
「そりゃ、工学の技術書は読み飽きたし、MITの論文はここ最近新鮮なものないしな。今度は女心とやらを理解しようと恋愛の技術書を中心に読んでるわけだけど」
思わず
「……はぁ。本当に変な所でズレてるのよね……」
――私、なんでコイツなんかとテーマパークに行きたいって思うんだろ……。
――どうしてこんなに誘うだけなのにドキドキするの、よくわかんない……。
混乱が頂点に達し、チケットを
「とりあえず行くの!」
「いや、だから僕には行く意味がなくないか? 本部でメカビートル4号作りたいのだが」
「うるさい! アンタは私の主任だから行くの!! これは義務、命令よ!」
「命令って言われても、上司は僕なんだけど」
呆れる
いつもより発展したその夫婦漫才を見ていた
「おいおい、わざとやってないか?」
その後、
「
「ああ見えても、親にエデンの情報を持ってこいって言われても断るくらいには男気のある奴だもごもご」
「おい、黙っとけ、それ以上言ったらVTOLバンジーの刑だぞ!!」
その様子に
「なになに? 何の話してたの?」
「あっ、おい、ズルいよ! 僕だけステラのゲーミングカレーで皆は購買部のパンなんて!」
「にはは~。ごめんねぇ~。でも、昔からよく言うじゃん、残飯処理は男の子の仕事って!」
「言わねえよ! 少しは手伝ってくれ、特に
ステラが不機嫌そうな顔で手を振り回して怒る。
「むー、残飯じゃないよ! ちょっと失敗したから……ボクも食べたくないけど」
「これがちょっと……?」
――たしかに前のは殺人料理だったからそれに比べたらマシかもしれないな。
「それでそれで~。何か盛り上がってるけど面白そうな事あったのかな~?」
「
「バカっ、ボクは無理やり連れて行かれるってだけだ!」
厄介なことになる予感を感じ、必死に弁明する
顔を真っ赤にする
「……待ちなさい」
ただならぬ気配を感じた
「一人で抜け駆けするつもり?」
「ボクもボクも~~。たのしそーだからボクも行きた~~~い~~~~」
「やったーーー」
玄関に入ると、ハイヒールを投げ捨てるように脱ぎ、駆けていく。
リビングでは
『さあ、始まりました、本日の生なんすかっ! お題は、ここ最近話題の女子力について! 今回のゲストは……こちらの方です、どうぞ!』
『歌は絆!』『歌は心!』『歌は情熱!』『歌は癒し!』『歌は煌めき!』
『私達、ファンタスティック・フリル・フィッシュ、FFFで~~~すっ』
『女子力って言うけど最近意識されている事はありますか?』
『え~~~モモはぁ~姿勢かな~こう~庇護欲を掻き立てるとゆ~か~』
『モモはんはそういう質問来た時だけぶりっこするのどうにかせんかい!』
『いたっ! ナオちゃんひっど~~~い』
『私ははしたない格好は見せないかっこよさ?』
『う~ん、努力かな。頑張ってる姿を見せることが何よりも女子力って感じ。アイドルと同じだよね』
『ノリもハルもストイックだねぇ』
『そう言うリサは化粧に力入れてるね』
『それも自分を綺麗にする努力じゃな~い? どれもそれも"意中の男子によく見られたい"って目的に対する行動じゃないかな~って』
『モモはんにしては鋭いこというやんかーこのこのー』
『いたたたたたた、ナオちゃんグリグリしないで~っ』
――そういうものなのか……。
――僕もファッションとか気を使ったほうがいいのかな。
――その、曲がりなりにもデ、デートって事は、向こうは気合いを入れてくるわけで、こっちだけ普段の格好ってのは失礼だよな……?
そして、明日着ていく服装を考えていた。
そこに下着姿で徘徊するステラが目に入り、思わず呟いた。
「女子力って言葉、
その言葉に、ステラは涙を流しながら
「うわーん、
「どうしたんだいステラ君」
だみ声を作って答える
滝のような涙を流しながらステラが喚く。
「指揮官が女子力ないっていじめるーーーーー女子力わけてええええぇぇぇぇぇぇ」
「もーーー、
「いじめてねーよ! だったら下着姿で徘徊させるのやめさせてくれ!」
慌てて
「い~じゃん、家なんだし」
そして、
その仕草や体のラインに何かを感じ、思わず顔を伏せて言った。
「よくねーよ! 目のやり場に困るわ! 異性の目を気にしてくれ、特に二人!」
修羅モードに入りそうになった
「はぁい……」
ちゃんとした私服に着替えて食卓で話し合うステラと
「んー、まずステラっちの考える女子力って?」
「ボクの考える女子力……う~~~ん、腹筋・背筋・大胸筋! パーフェクトマッスルな筋肉こそ女子力パワーかな!」
いい終えると、ステラは見事な肉体美によるサイドチェストを決めた。
「……もう、しょうがないなー、ステラ君は……コスメセットー!」
ジャッジャカジャージャジャーという効果音が鳴り、食卓の上に大量のコスメセットを取り出した。
所狭しと並べられたそれらに、ステラは目を輝かせる。
「すごーい! これどこに入ってたの!? 本当に四次元ポーチだ!」
へへんと鼻を鳴らして自慢気になる
「これがアイブロウペンシル、この辺りが全部アイシャドウかな、えっとこっちが……」
「これは? すごくいい香り……」
ステラが丸型のケースに入ったワックスのようなものを取り出した。
「練り香水だね」
「香水……シュッてしないのもあるんだ…」
感心するステラに、
「んじゃ、とりあえずあーしが選ぶからやってみて」
その後は「ステラっちの顔だと、この辺りかな~」と選んで、ステラを洗面室へと連れて行った。
小一時間。
「そろそろい~い~?」
自力で化粧を覚えるには実践あるのみだと思ったからだ。
「助けてぇ……ひぃん……なんかこわいぃ」
悲しげな声が聞こえ、急いで駆けつけると、
いよ~~~~~~~~っ、ポン!
歌舞伎に出てきそうな強烈な面が現れたのだ。
「わーーー、タンマタンマ、何をどうやったらそうなるの! やっぱなし、化粧落として!」
女子力マスターの道のりは険しい。
バーを閉めて帰宅した所長が
「しかしハーレムデートか。そのうち重婚まで行っちゃいそうだな」
「まさか、ハーレムじゃないですよ。上司と部下だもの。やれやれ……所長はエデン職員としての自覚が無さすぎますよ」
「……本当にそういう所鈍感で不器用だよな。俺に似てるというかなんというか……」
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