Episode:02-3 Childhood's End

 エデン本部。

 司令室は慌ただしい雰囲気だ。

「3分前の13時5分にソロモンⅢが未来予知プレコグニションを観測」

「現在時刻から12分後に白石区の二本松モールで死者10、重軽傷者37のBクラス火災発生」

 女性オペレーターが事象確定率を報告する。

「確率算出、出ました。70%です」


 司令室に戻っていた副長は号令をかけた。

「スタービジョンを緊急出動ディスパッチ。消防にも連絡を!」


 エデン本部にある居住区から荷物を地上に運び出すため、めいみさおは本部にいた。

「出動命令!? でもここの中央エレベーターじゃ時間がかかるよ?」

 エデン本部は深度200mにある。

 それに、白石となると12分後には間に合わない。

「アレを使うしか無いな」

 後ろから突然所長の声がして思わずびっくりした。

「うわっ!」

「ヴィア・ドロローサ。カプセルを電磁投射して地上へと送り届ける輸送システムだ。それを使えばめいをすぐに白石区に向かわせられる」

 所長はめいみさおをスタービジョン制服に着替えさせて案内する。


 その先は、人が入れるほどのカプセルが複数ある広い部屋だった。

 カプセルはカタパルトに接続されており、部屋の奥、その先は、緑色の液体プールへと続いていた。

「このカプセルはバイオスフィアと言って、これに入って地上に出る」

 所長の説明にみさおは疑問を抱く。

「これ、中の人にGはかからないのか?」

「ああ、その辺りは問題ない。慣性蓄積コンバータが作動し、内部の人間に掛かるGはアストラル界へ拡散する」

「……すごい技術……」

 みさおは思わず足を止め、バイオスフィアをしげしげと眺める。

 このシステムが完成したのはつい最近で、みさおに説明する暇もなかったのだ。

 もちろん今もそうだ。

 興味津々といった様子のみさおに所長は目もくれず、めいの出撃を急いだ。

「時間がない、急いでくれ」


 みさおはこれからの指揮のため、バングルフォンを操作し、予知で出た映像を再度確認した。

 轟々と立ち上る炎、黒々と空を染める煙、崩れる商店街。


――天城あまぎさん一人に行かせるのは違う気がする。


――ここで安全圏から偉そうに指示を出すなんてしたら、天城あまぎさんに顔向けできない。


――僕は彼女の理解者になるって決めた。自分自身に重ねているから……。でも、決めた責任はそう簡単には捨てられない。


――それは逃げだから。


「僕もついていきます」

 みさおは所長を見据え、力強い声で言った。

 めいは目を見開く。

 所長がそれを断ったのは、一人の大人としてだった。

みさお。火災現場は近くでも危険だ。司令室で指示を出す事に専念すべきだ」

 しかし、みさおは一人のプロとして答えた。

「それでも、僕もスタービジョンだ、指揮官として現場で直接指示を出したほうが状況の判断もしやすい。それに、彼女だけに危険を背負わせるわけにはいかない」

 所長は静かに目を閉じ、若い彼らに思いを託すということの重みを噛みしめた。

 そして、最後に確認を取った。

「……死ぬかもしれないぞ」

 それでもみさおは表情を変えず真っ直ぐ所長を見つめた。

「エデンに入った以上、責任と覚悟を背負います」



『慣性蓄積コンバータ正常』

『バイオスフィアにスタービジョン1号収容』

『2号も完了しました』

 めいみさおがそれぞれ別のカプセルに入る。

電磁投射装置カテドラル接続』

『Cゲート、および18番ケルビム開門』

 緑色のプールの中にある地上へ繋がる通路の隔壁が開く。

 進路を示すルートが点灯する。

『トランザクション、EからNまで開放。オールグリーン』

『バイオスフィア内のポリアデニル化完了』

 カプセルが徐々に傾き、緑色のプールに浸かっていく。

『ポリメラーゼ、電荷正常、行けます!』

『最終安全装置解除』

『スーパーバイザコール、カウント20からスタート、18、17、16』



『くれぐれも無茶だけはするな』

 カプセル内の二人に所長から通信が入る。

『その装置にパラシュートなんてものはない。地上から飛び出したら空中でカプセルが割れる、後はめいに着地を任せた』

 思わずみさおは動揺した。

「え、えええっ!?」

 つまるところ、みさおは飛び出した後、勢いよく空中に投げ出されるという事だ。

 更に所長は付け加える。

『それと、一回もテストなどしていない。こんなもんを町中でバカスカ撃つわけにもいかないだろう。途中で脱線したり爆発しても責任は一切負えないのでそのつもりで』

 みさおの血の気が引いた。

「う、嘘だろ……?」

 そこに副長が怒り出す。

『男の子でしょ? そのくらい腹をくくりなさい!』

「そんな事言われても……!」


――まったく、なんて組織だ。



 所長と副長は司令室でその様子を見ていた。

「所長……それはまた随分計画性がないといいますか」

 副長でさえもこの状況には呆れているようだ。

「上の決定で急遽作られたものだからな。仕方あるまい」

「それで今回の件はその起動テストも兼ねているというわけですか。所長が所長なら、上も上で無責任ね」

「俺はガラじゃない。それに奴らは金を出すのと文句を言うのが仕事だからな……」

「末端で何が起ころうと他人事だろう。今は彼らに賭けるしかないさ」

 所長は静かに腕を組み、射出を待つ。

「……そうなるわね」

 副長は、所長の言うとは何なのか気になりつつも、スタービジョンの2人を見守るしかなかった。



『3、2、1』

 秒読みが終わる頃にもなると、みさおはこの理不尽も受け入れた。

「問題は地上に出てから、だからな……」

 カプセルと電磁投射装置カテドラルの間に青白い火花が散り、勢いよくプールの中を進む。

 スーパーキャビテーション状態となり、再びプールを抜けると、緑色の水泡に包まれたまま凄まじい速度で上昇していく。

 中は慣性蓄積コンバータでGや揺れは感じないが、目の前にはあっという間に流れていく電子回路や外壁が見える。

 20秒もしない内に地上へと抜け、目の前にはそれなりに栄えている市街地と青空が広がった。

 廃屋の中庭に空いたゲートから、緑色の水泡が勢いよく飛び出した。

 自動点火装置が作動、慣性蓄積コンバータが焼失し、カプセルを止めているロックボルトが外れる。

 70m程上空で水飛沫が舞い、カプセルが割れる。

 割れたカプセルは落下し、空中で霧散した。



「うわあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 70mからのスカイダイビング。みさおの顔は恐怖でゆがんでいた。

 札幌の方を向くと高層ビル群が視認できるが、地上が徐々に近づいてくる。

 このままではアスファルトに叩きつけられ、潰れたトマトになってしまう。


 刹那、赤い火花が迸る。


 めいが自身を電磁投射して跳躍し、空中でみさおを抱きとめたのだ。

 お姫様抱っこの体勢だ。

「し、死ぬかと思った。とりあえず下ろして」

 ガクガクと震えるみさおめいは呆れる。

「情けないわね……」

「僕は普遍人類ノーマルだよ!? すこしは労ってほしいな」

 そうして、二人は事件発生現場近くの銀行の上に降り立った。



 二本松モール。

 今回の火災現場となる場所は周囲の街並みと比較しても明らかに浮いている巨大建造物だった。

 スターリン様式の流れを組んだ七階建ての商業施設。

 明らかに元々は銅像があったであろう台座、建物の上に乗っている主張の激しい文字はまさにかつての栄華を誇るものだった。

「しかし、これはまた目立つ建物ねー」

 めいは知識でしか知らなかったそれを見て圧倒されていた。

「元々は旧政権時代の国営商店街だったんだよ。今のソ連で言うベリョースカみたいな。昔は日本が東西に分割統治されていて、東はこういったプロパガンダの意味合いを持った建築物が多かったんだ」

 みさおは聞かれてもいないのにめいに説明を始めた。

「主に軍人や高官、歌手や観光客が利用できたみたいだね」

「統合後はそこを切り盛りしていた労働者と国との間で土地の権利争いが発生して、結果的には労働者側が勝ったんだけど、今ではその多くが高齢化してシャッター街に成り果ててるんだ」

「見かねた大手企業が上層階の一部を買って、カルト的な商店街として生き残ってはいるけど、こういう施設って消防設備の管理とか杜撰なんだよね……。おまけに監視が行き届いてないと来た」

 最初は興味津々に聞いていためいも徐々にうんざりした表情を見せる。

「別に聞いてないんだけど」


『予知の時刻まで後9分です。急いでください!』

 本部にいるオペレーターからの通信で急かされる。


――まったく、ろくに指示しないくせにこういうときだけ。現場でなんとかしろってこと……?


 みさおが大人への不信感を抱いていると、めいが一つ提案をした。

「早く警報鳴らして利用客の避難を優先させよう!」

 みさおは前の銀行の件を思い出した。

 しかし、まずはやれることをやるべきと自分自身に言い聞かせる。

「うん」

 二人は建物の中へと走っていく。



 吹き抜けの構造の広い空間。

 結論として、警報による避難は無意味に終わった。

『えー、ただいまの火災警報は誤報です』

 利用客は一瞬だけパニックになるも、すぐに元のショッピングに戻った。



「何やってるの!?」

 警報を鳴らしためいが怒り出す。

 駆けつけてきた消防隊員がそれを宥めた。

「現状、火災を確認できていないので我々にはどうすることも……。それに事実として子供のいたずらじゃないですか。駄目ですよ。これで遊んじゃ」

 その慇懃無礼な態度にめいは怒髪天を衝く。

「お言葉ですが、アンタ達は未来予知プレコグニションで死傷者が続出する可能性があるのに動かないんですか? それでよく人を救うなんて抜かせますね」

 赤い火花を散らすめいに対し、みさおは慌てて止めた。

天城あまぎさんやめてくれ、僕は」

 そう言い終える前に消防隊員は煽り返した。

「オーケー、君の言いたいことはわかった。カウンセラーが必要のようだな。今度紹介してやる」

 めいみさおを手で退けて消防隊員に強く言った。

「はぁ……いい加減にしてよ。こう言い争ってる場合じゃないのよ。未来予知プレコグニションに出てるって言ってるのがわからないのかしら」

 消防隊員は肩をすくめてため息をついて饒舌に言い返す。

「今まで未来予知プレコグニション超能力者サイキックなど多数見てきた。しかしその全てがじゃんけんで三連勝するに等しい確率のあやふやでデタラメなものだ。こんなものになんの意味があるんだよ。まるでブレックファーストにシリアルと納豆を混ぜたブツを出すくらいバカバカしいことさ」

「商店街の彼らも生きるために商売してんだから、くだらない予知などで意味のない避難を強要するのは業務妨害ではないのかね、ガキども」

「ま、本当に火事になった時はせいぜい邪魔しないで見ているんだな、邪魔なんぞされた日にゃそれこそ税金の無駄ってもんだ。血税でガキの躾ってなぁ! ハハハハハハ」

 消防隊員が笑いながら去る。


 その後、めいはシャッターに何度も蹴りを浴びせた。

「あああぁぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁ腹立つわねええぇぇぇぇぇぇぇ」

 シャッターを蹴りまくるめいみさおは羽交い締めして止める。

「今の政府は超能力者サイキック嫌いだから消防や警察はこういう時動けないんだ、普遍人類ノーマル社会の為の政府だもの。二十年前から生まれた子供たちに構うほど彼らは暇じゃない。軍や秘密警察ならともかくな。それに、未来予知プレコグニション超能力者サイキックを信じない人だっているし、僕達エデンの存在すら知らない人もいる。知ってて超能力者サイキックを嫌うが故に反発する人だっている」

「だからめい、君の力を信じてる」

 めいはそう言われてようやく大人しくなった。

「……言われなくたってわかってるわ」

 一拍置いてからみさおが言葉を紡ぐ。

「まず、出来ることを探そう。火災発生箇所の見当は付いている。片っ端から総当りするしか無い。時間がないがこれが一番だ」

 みさおはバングルフォンで立体構造図を表示する。

 そこには火災発生の可能性が高い場所を予めピックアップしていたのだ。

 確認しながら彼らは走る。

 めいの手を握り、電磁加速と生体電気操作による筋力強化で普段よりも速く。

「こんな石と鉄筋コンクリートでできた建築物で火災が起こるなんて私も信じられないわ」

 めいは宮殿のような周囲を見回しながら気になることを聞く。

 それに対しみさおは指で構造図を拡大する。

 そして、材質で色分けしてそれを見やすくした。

「構造図のここを見てほしい、床と天井の間は木材だ」

「それにシャッターの中に何があるかまでは把握しきれない、中に可燃物でもあれば一気に燃え広がるだろう。特に今は春先で、灯油を放置なんてしていたら……」


 次々と燃えそうな場所を虱潰しにしていく。

 シャッターの中も電磁波による透視と赤外線感知、そして目視で。

『後1分です! 急いで!』

「わかってる! ラスト一つ。ここが駄目ならとんだ徒労だ。放火って可能性を視野に入れることになる」

 めいは静かに頷く。



 アパレルショップ横のシャッター。

 そこは嫌な空気を醸し出していた。

「あそこ……赤外線反応が強い! 遅かったか!」


「なぁなぁ、マジでここ見てみねぇ?」

「だなだなぁ」

 いかにもな格好をしたヤンキーカップルがそのテナントの扉を開けようとする。


「ダメっ! 皆、逃げてぇ!」

 みさおの叫びに、カップルもアパレル店員も他の利用客も唖然とする。

 開けた瞬間、新鮮な空気が内部へと流れ込み、火球となった。


――バックドラフト。内部で不完全燃焼している時に空気が入り込むと酸素と結合し、炎が勢いよく広がる現象か!


 みさおの頭の半分は驚く一方、頭のもう半分は起きた現象を分析していた。

「うわぁぁあぁぁぁっ!」

 カップルの悲鳴が店内に響く。

 めいは急いで爆発に巻き込まれて気を失ったカップルを背中にかかえ、モールの外へと駆け出した。

 みさおも警報を鳴らし、非常階段から外へと出る。



 外に出ると消防車両、銀色の強化外骨格パワードスーツを着込んだ消防隊員が待機していた。

 パニックになって逃げ出す利用客達。

『押さないでください!』

 次々と爆発が発生し、火の手が広がり、外からも黒煙が目視できる。

 それは水の中に絵の具を垂らしたかのように広がっていく。


「すぐ彼らを救急車に!」

 みさおはすぐに消防隊員に要請する。

 気を失ったカップルを抱えためいは救急隊員にその二人を渡した。

 さっきまでめいと言い争っていた消防隊員は唖然としていた。

「火災報知器も反応してない、なんてこった……」

『三階から四階にも延焼、B棟が火災で分断されました!』

『C棟にも二階から炎が! うわぁぁぁぁっ』

 めいは守れなかったことを悔やむ。


――私にはこんな強い力があるのに、結局嫌われることしかないんだ……。


――誰も救えなかった。


「どけ、ここは消防の仕事だ。まだ避難しきれていない客が大勢いるんだ!」

 消防隊員に手で押し退けられる。

 所詮今の彼女はただの民間人だ。


――でも、まだ諦めてたまるものか。


――私は皆に認められたい。


――この力だって、人を救えるって……。


 めいは決意した。

 近くの公園に走り、置いてあったバケツを掴み、水を汲む。

 そして、それを頭から浴びた。



「無茶だ。と僕が言っても説得力ないよね……」

 みさおは止めようとするも、意味がないと感じ、彼女を行かせた。

 そして、一つ命じる。

「中にはまだ人がいる。天城あまぎさんの力はフルパワーだと建物ごと潰しかねないから抑えるんだ。やるなとは言わない。思い切り行ってこい!」

「うん!」


「民間人が入っていったぞ!」

 消防隊員たちは慌ただしくなる。

 広がり続ける炎、突入困難で入り組んだ現場。これでは混乱する一方だ。

みさお君、止めなさい、これは命令よ!』

 慌てて副長がめいの退却を命じる。

 しかし、みさおは毅然とした態度で拒否した。

「ううん、これが最善の方法だ。予知に出た以上、結果は変えられない。だからこそSクラス超能力者サイキックである彼女の力を信じてくれ」



 中央エントランスはまだ火の手が回っていない。

 しかし、エスカレーターやエレベーターはすべて止まっている。

 めいみさおから通信が入った。

天城あまぎさん、聞こえる? 胸の星の裏にあるSCGと書かれたスイッチを押すんだ』

 指示通りに押すと、周囲に薄い青色のオーラのようなものが現れた。

『それはサーフェスコロイドジェネレーター。バッテリーが持つ限り天城あまぎさんの周囲を薄い空気の層で覆い、熱や有毒ガスから保護してくれる。対流や爆発にさえ気をつければ火災現場の中でも問題ないはずだ』

 感心しつつ、通信の内容に気を配る。

『これから消防の人達に連絡をつける。共同で救助に当たるんだ』

「了解!」

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