Episode:02-4 Childhood's End
「しかし……」
協力を申し出る
さっき
「子供に何が出来るっていうんだ。いいからあのガキを早く連れ戻せ」
「彼女はSクラス
「そんなもの誰が信用しろと。いいから大人の言葉に従っておけ」
そんな傲慢な言葉に
けれど、
「
こっそりバングルフォンで現在位置と立体構造図を表示しながら通信した。
『うん』
「そこから二階に、北北西に向かって!」
恐らく磁力を操作して自分自身を宙へと投射したのだろう。
『黒煙で何も見えない。そっちからは?』
不安げな
それに対し、
「落ち着いて。目じゃなくて電磁波を使って周囲を見るんだ」
黒煙に包まれる建物の中。
『突き当りを右だ!』
その通信を聞いている時、一気に周囲が炎で包まれた。
天井の材木が焼け落ちる。
「駄目、ここにも炎が、一瞬で燃え広がった!」
『気化した可燃物に一気に引火する現象、フラッシュオーバーだな』
『時間がない、そこから左斜前方の柱を角度62で切り倒せ!』
前方の柱を見る。
広告が崩れ落ち、中にあるポスターは消し炭になっていた。
脳内で
「PKスラッシュ!」
電子ビームをチャクラム状に形成し、それをフリスビーのように投げつけた。
それは柱を貫通する。
柱が真っ二つに切れ、斜めに滑りながらずれ落ちる。
それによって瓦礫の階段ができ、上階と繋がった。
建物が崩れ始める。
「A棟が崩れたぞ!」
先程まで
大規模な土埃が舞う。
内部ではもっと大変なことが起きていた。
その崩壊により空気が循環され、火災現場で生じていた不完全燃焼に新鮮な空気が入り込んだ。
それにより、バックドラフトが生じ、更に火の勢いが増した。
轟!!
その炎は、
「きゃあああああぁぁぁぁぁっ」
『
「耐熱服だから大丈夫……でも……」
スタービジョン制服に傷一つ無い。
『スタービジョン1号のSCGに異常発生!』
しかし、衝撃で機械の方がやられた。
それをオペレーターが知らせる。
周囲に纏っていた空気のバリアがなくなり、有害ガスが
『
熱気により、
銀色の
「ちょっと、今の状況見えてる?」
『ああ、問題ないよ。左斜上方38度の瓦礫を退けて』
『そこの右に5度、下に7度の位置にPKスラッシュを撃ち込んで!』
「了……解」
消防隊員たちの前に道が現れ、脱出経路を確保できた。
「君は……一体……」
「ありがとう! 早く君も避難してくれ!」
しかし、彼女の髪はもう乾ききっており、
『スタービジョン1号のバイタルに異常発生』
『生命維持に支障をきたしております!』
「はぁ……はぁ……。もう……駄目……」
一人の消防隊員が抱えている人を他の隊員に任せ、
しかし、目の前から炎の壁が噴き出し、行く手を阻まれる。
天井からは激しい火花が散り、瓦礫が更に落下する。
この時既に
――そっか……ここまでなのね。
――でも、最期に人助けできてよかった……。
『
「彼女のマーカーは火災現場のど真ん中、バイタルも危険域。こうなったら……」
「これを貸してくれ!」
「お前は、さっきの!!」
止める声も聞かず、
銀色で寸胴の見た目をしており、軽量で耐熱仕様。
高所作業タイプのため、背中には圧縮空気を搭載しており、空圧推進で飛行も可能。
サイズが合っておらず、圧倒的にブカブカだが、自分の手を動かすと
――マスタースレーブ方式……これなら行ける!
「この中にまだ一人残っているんだ!」
取り残された消防隊員は、小さくなっていく銀色の姿を見ながら、自らの非礼や過ちを振り返った。
――圧縮空気は熱されれば膨張し破裂する。
――この高所作業タイプでは突入は不向きだ。
――だが、タンク内の空気が熱される前に突入できれば問題ないはず。
――勝負は一瞬、この
――構造力学計算、完了。ショートカットできる場所は見つけ出した。
――後は覚悟だ。
壊せる壁や柱はそのまま突き抜ける。
炎をかき分け、目的地へと突入する。
圧縮空気の残量は空。後は歩きのみだ。
「
ぐったりと倒れている
すかさず本部へ連絡した。
「こちらスタービジョン2号、スタービジョン1号を回収した。これより帰還します!」
ゆっくりと歩き出す。
周囲をレーダーで探知。
徐々に炎が迫ってくる。
そして、
「なっ!? こんな時にイレギュラー!?」
きつい傾斜により、下層の炎の地獄へと滑り落ちる。
「せめて……」
――ごめん。
そんな時、新たに飛び出してきた
『ははは、間一髪だったな! ルートを切り開いてくれたおかげで楽に来れたぜ!』
その声は、
建物に放水するも、火は一向に止まない。
そして、勢いよく崩れ始めた。
火花が散り、建物の至る所から爆炎が噴き出す。
「うわぁっ!」
野次馬達は揃って慌てふためく。
崩れた瓦礫、黒煙と炎、土埃。
その中から、二機の
「……さん! ……
それは、自分の主任、
目を開けると、涙目の
「あれ、私、生きてる……」
その掠れた声に、
「うわああああああん!」
夕暮れの空に立ち上る黒煙。
瓦礫の山。
あれほどの大火事にも関わらず死者0名という結果は、消防隊員からは奇跡と呼ばれた。
遠隔新聞記事取材ドローンが飛び、彼女達は翌朝のニュースでは英雄となるのだろう。
すっかり日が暮れ、月が空に浮かぶ。
喫茶店アルカディア……否、今夜はビール・イートにて。
昼間とは違い、掃除が行き届き、お客さんも数人見受けられる。
もっとも、先程まで共に現場で救助にあたっていた者達がほとんどだ。
この店はボタン一つでコーヒーの棚がどんでん返しのように回ってワインラックになるように出来ており、無粋な照明は消え、間接照明がアダルトな雰囲気を醸し出す。
所長が消防隊員達にビールを振る舞っていた。
「所長……」
「よせ、今は店長だ」
「店長、ハンバーガーとドクターペパーってありますか?」
沈黙。
流石にないだろうと思っていた矢先、店長は静かに言った。
「あるぞ」
できたてのハンバーガーとドクターペパーの缶を載せたトレイが出てきた。
「なあ、ドクターペパーって美味しいのか?」
店長は率直な感想を聞く。
「これは選ばれし者のみが飲む知的飲料ですよ」
「今日はご苦労だったな。色々と」
店長は優しい目で
「いいニュースと悪いニュースがある」
「いいニュースからで」
「今日の火災現場の人命救助、先日の強盗事件の解決でエデンに対する協力者が増えた。今後の活動にもプラスだろう」
「じゃあ、悪いニュースは」
店長は少し考えてから話し始めた。
「現在市内の公立高校全てを当たったが、行かせられる学校が見つからない。なまじニュースになってしまったから、有名税ってやつだ。こういう場合は超法規的措置も取れないしな」
店長の声色が変わる。
「私立高校であれば、ツテはあるが……厄介なことが一つあるんだよな……」
自分達の新しい住居、十六夜寮。
メゾネットタイプのマンションで、二階には個室が六つある。
「しかしすごく広い家だよね……」
「ええ、所長の趣味で満載ですけどね」
広いリビングには旧式の薄型液晶テレビがあり、所長の趣味なのか、ソファの後ろにはプロジェクターがある。
食器棚には昔のスーパーカーの模型が置いてあり、壁には考古学者が活躍する冒険映画のポスターが飾られている。
そして何気なく扉を開けると、衝撃を受けた。
そこには、便座に座る艶やかな黒髪の少女……そう、
彼女は眉をピクピク動かし、肩を震わせ、前髪から赤い火花を散らす。
「アンタさぁ……」
「わ、わざとじゃないから、あの、これは」
慌てて弁明するも、その途中で赤黒い稲光が迸り、勢いよく吹き飛ばされた。
「出て行けぇぇぇぇぇっ!」
「さ、流石に今のは鍵閉めないほうが悪いだろ! あの後入院してると思ったのに」
そう、彼女は本来であればいないはずだったのだ。
「あのくらいの負傷、3時間あれば治せるわよ! ……というか、いつまで見てるのよ、この変態!!」
赤黒い火花が廊下を黒く照らす。
そのいつものやり取りを見ていた副長は呆れた。
「先が思いやられるわ」
この一日で酷く疲れ、
暗い部屋の中、廊下の光が差し込んだ。
扉に鍵なんてかけてなかった。
「誰?」
俯いたまま見る気力もない
返事はない。
そして、
「今日だけ一緒に眠らせて……」
声の主は
「こっち見たら殺すわよ」
――じゃあなんでこっちに来るんだ。
相変わらず理解が出来ない彼女の行動に困惑する
一つだけある心当たりを聞いた。
「もしかして、さっきのことまだ怒ってる?」
「別に」
その答えは淡白なものだった。
「そうか、よかった。殺されるかと思ってた」
ちょっと軽い口調でそう言っていると、少し不機嫌そうに
「別に、ってのは気にするほどじゃないけどかなり怒ってるって意味よ。ホントに人の心知らないのね。呆れた」
「僕は
「ばか、そういう意味じゃない」
カーテン越しの月明かりが二人を照らす。
「私ね、精神的に弱い部分があるってわかってるの。だから、力強く生きるライオンに憧れてる」
突然、
「何の話だ」
しかし、こんなにしおらしい
「私ね、父が嫌いなんだ」
「アイツは私を化け物、悪魔の子って呼んで突き放したんだ」
――おい、近寄るんじゃねえ、化け物にゃ、俺の腕は百年はええっての。
その記憶は忌々しいもの。
「まあ、私が生まれた時に電撃で母を殺してしまったから、ある意味仕方ないと思うんだけどね」
彼女が産声を上げた時、母親は悲惨な状態だったそうだ。
父はそれをずっと責め続けたと
「それに、アイツはオセアニア戦役の戦犯で、世界を滅ぼしかけたの」
オセアニア戦役。それは二十年前、世界を恐怖に陥れた大戦争、そして東京には反応弾が投下され、1000万人の尊い生命が犠牲になった。
21世紀最悪の時代。
その爪痕はオセアニア国家共同体やソ連、中国や東南アジア諸国との睨み合い、日本軍や武装警察軍の組織、そして壊滅した首都にその後の政権争いと未だに根強く残っている。
「その癖、勝手に行方不明になった。卑怯な人……」
「本当の悪魔はどっちだよって話よね。周りもそう、みんな、みんな、卑怯者。だから嫌いなの」
けれど、その声色は震えているし、きっと泣いているのだろう。
「僕も同じだ……」
しかし、同意はしなかった。
「でも僕は
「親とだっていつかわかり合いたい。どうして僕を突き放したのかだって理由があるはず」
その言葉は
「うるさい。アンタもやっぱり他の大人達と一緒なの?」
「……違う、僕は」
「そうやって、自分と重ねてるけど私の事を何もわかってないじゃない、綺麗事ばっかり、アンタもさ」
「寝よう」
無理やり話を断ち切った。
「おやすみ!」
それに対し、
――
――君は一人では生きていけない。深層心理ではそうわかってるはずだ。
――だから……。
そんな言葉を胸に秘め、微睡みへと落ちていった。
次回予告
他人と深く関わろうとすることを拒絶する
はたしてそれがどんな結末を迎えるのか……。
次回、学校へ行こう
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