Episode:02-4 Childhood's End

「しかし……」

 協力を申し出るみさおの言葉に、返ってきたのは困惑だった。

 さっきめいと言い争っていた消防隊員が後ろからやってきて、みさおに高圧的な態度をとった。

「子供に何が出来るっていうんだ。いいからあのガキを早く連れ戻せ」

「彼女はSクラス超能力者サイキックだ。彼女の力があれば突入経路の確保ができる。破壊する箇所は僕が計算で導き出す。これで救出が」

 みさおが言葉を終える前に遮られた。

「そんなもの誰が信用しろと。いいから大人の言葉に従っておけ」

 そんな傲慢な言葉にみさおは内心腹を立てつつ、大人しく引き下がった。


 けれど、みさおは諦めるわけではない。

天城あまぎさん、天城あまぎさん、聞こえる?」

 こっそりバングルフォンで現在位置と立体構造図を表示しながら通信した。

『うん』

「そこから二階に、北北西に向かって!」

 めいの位置を示すマーカーが中央エントランスから二階へと跳んで移動する。

 恐らく磁力を操作して自分自身を宙へと投射したのだろう。

『黒煙で何も見えない。そっちからは?』

 不安げなめいの声。

 それに対し、みさおは的確に指示を下す。

「落ち着いて。目じゃなくて電磁波を使って周囲を見るんだ」


 黒煙に包まれる建物の中。

 めいは電磁波による空間認識を頼りに目標地点へと向かう。

『突き当りを右だ!』

 その通信を聞いている時、一気に周囲が炎で包まれた。

 天井の材木が焼け落ちる。

「駄目、ここにも炎が、一瞬で燃え広がった!」

『気化した可燃物に一気に引火する現象、フラッシュオーバーだな』

 みさおめいの電磁波の情報から構造を把握、瞬時に構造力学の計算を終え、すぐに命じる。

『時間がない、そこから左斜前方の柱を角度62で切り倒せ!』

 前方の柱を見る。

 広告が崩れ落ち、中にあるポスターは消し炭になっていた。

 脳内でPSIサイの演算式を組み立てる。

「PKスラッシュ!」

 電子ビームをチャクラム状に形成し、それをフリスビーのように投げつけた。

 それは柱を貫通する。

 柱が真っ二つに切れ、斜めに滑りながらずれ落ちる。

 それによって瓦礫の階段ができ、上階と繋がった。



 建物が崩れ始める。

 みさおは気が気でなかった。

「A棟が崩れたぞ!」

 先程までめいがいた場所が音を立てて崩壊した。

 大規模な土埃が舞う。



 内部ではもっと大変なことが起きていた。

 その崩壊により空気が循環され、火災現場で生じていた不完全燃焼に新鮮な空気が入り込んだ。

 それにより、バックドラフトが生じ、更に火の勢いが増した。

 轟!!

 その炎は、めいを襲う。

「きゃあああああぁぁぁぁぁっ」

天城あまぎさん!』

 みさおは思わず叫ぶ。

「耐熱服だから大丈夫……でも……」

 スタービジョン制服に傷一つ無い。

『スタービジョン1号のSCGに異常発生!』

 しかし、衝撃で機械の方がやられた。

 それをオペレーターが知らせる。

 周囲に纏っていた空気のバリアがなくなり、有害ガスがめいに牙をむいた。

 めいは途端に息苦しく咳き込む。

天城あまぎさん、まだ髪が濡れているはずだ。その水分を電気分解して酸素を取り込むんだ』

 みさおは即座に、以前公園で水を被った事を思い出して緊急手段を編み出し、それを伝える。



 めいは辛うじて呼吸を続け、髪から赤い火花を散らしながら目的地の近くへとたどり着いた。

 熱気により、めいは全身から汗を流していた。

 銀色の強化外骨格パワードスーツに身を包み、人を抱えた消防隊員達が四方を瓦礫で塞がれ身動きができない状況に陥っていた。

「ちょっと、今の状況見えてる?」

『ああ、問題ないよ。左斜上方38度の瓦礫を退けて』

 めいは磁力を操作し、瓦礫を浮かせて後方へと吹き飛ばす。

『そこの右に5度、下に7度の位置にPKスラッシュを撃ち込んで!』

「了……解」

 めいは息を切らしながら電子ビームのチャクラムを投げつける。

 消防隊員たちの前に道が現れ、脱出経路を確保できた。

「君は……一体……」

「ありがとう! 早く君も避難してくれ!」

 めいは消防隊員達から労いの言葉をかけられる。

 しかし、彼女の髪はもう乾ききっており、PSIサイの力も出せない。

 めいの胸の星が点滅し始める。

『スタービジョン1号のバイタルに異常発生』

『生命維持に支障をきたしております!』

 めいにはもうオペレーターの声も聞こえない。

「はぁ……はぁ……。もう……駄目……」

 一人の消防隊員が抱えている人を他の隊員に任せ、めいの所へと向かった。

 しかし、目の前から炎の壁が噴き出し、行く手を阻まれる。

 天井からは激しい火花が散り、瓦礫が更に落下する。

 この時既にめいは諦めていた。


――そっか……ここまでなのね。


――でも、最期に人助けできてよかった……。


天城あまぎさん、天城あまぎさん! 天城あまぎさん、応答して!』

 みさおは泣きながら叫ぶ。



「彼女のマーカーは火災現場のど真ん中、バイタルも危険域。こうなったら……」

 みさおめいと言い争っていた消防隊員に駆け寄った。

「これを貸してくれ!」

「お前は、さっきの!!」

 止める声も聞かず、強化外骨格パワードスーツに乗り込んだ。

 銀色で寸胴の見た目をしており、軽量で耐熱仕様。

 高所作業タイプのため、背中には圧縮空気を搭載しており、空圧推進で飛行も可能。

 みさおが直感でコントローラーを操作すると、内部のタコメーターが七色に発光した。

 サイズが合っておらず、圧倒的にブカブカだが、自分の手を動かすと強化外骨格パワードスーツの手も同じ動きをした。


――マスタースレーブ方式……これなら行ける!


「この中にまだ一人残っているんだ!」

 みさおは操縦桿を握り、空圧推進で勢いよく跳躍していった。

 取り残された消防隊員は、小さくなっていく銀色の姿を見ながら、自らの非礼や過ちを振り返った。



――圧縮空気は熱されれば膨張し破裂する。


――この高所作業タイプでは突入は不向きだ。


――だが、タンク内の空気が熱される前に突入できれば問題ないはず。


――勝負は一瞬、この強化外骨格パワードスーツの電磁レーダーで構造は把握した。


――構造力学計算、完了。ショートカットできる場所は見つけ出した。


――後は覚悟だ。


 みさおは三階に着地すると、前傾姿勢を取り、勢いよく推進した。

 壊せる壁や柱はそのまま突き抜ける。

 強化外骨格パワードスーツの装甲は瓦礫の直撃に耐えられるようにできており、容易には傷つかない。

 炎をかき分け、目的地へと突入する。

 圧縮空気の残量は空。後は歩きのみだ。


天城あまぎさん!」

 ぐったりと倒れているめいを抱える。

 すかさず本部へ連絡した。

「こちらスタービジョン2号、スタービジョン1号を回収した。これより帰還します!」

 ゆっくりと歩き出す。

 周囲をレーダーで探知。

 徐々に炎が迫ってくる。

 そして、強化外骨格パワードスーツの重さが災いし、足元が崩れ始めた。

「なっ!? こんな時にイレギュラー!?」

 きつい傾斜により、下層の炎の地獄へと滑り落ちる。

「せめて……」

 めいだけでも助けようと投げ飛ばそうとするも、消防用強化外骨格パワードスーツにはその出力はなかった。


――ごめん。


 そんな時、新たに飛び出してきた強化外骨格パワードスーツみさおめいを抱えて跳躍した。

『ははは、間一髪だったな! ルートを切り開いてくれたおかげで楽に来れたぜ!』

 その声は、めいと言い争っていたあの嫌味な消防隊員だった。



 建物に放水するも、火は一向に止まない。

 そして、勢いよく崩れ始めた。

 火花が散り、建物の至る所から爆炎が噴き出す。

「うわぁっ!」

 野次馬達は揃って慌てふためく。

 崩れた瓦礫、黒煙と炎、土埃。

 その中から、二機の強化外骨格パワードスーツと抱えられためいが歩いてきた。



「……さん! ……天城あまぎさん! 天城あまぎさん! 天城あまぎさん!!」

 めいはかすかに誰かの声を聞いた。

 それは、自分の主任、みさおの声だった。

 目を開けると、涙目のみさおが自分を見ていた。

「あれ、私、生きてる……」

 その掠れた声に、みさおの目から涙がこぼれ、担架の上のめいに飛びついた。

「うわああああああん!」



 夕暮れの空に立ち上る黒煙。

 瓦礫の山。

 あれほどの大火事にも関わらず死者0名という結果は、消防隊員からは奇跡と呼ばれた。

 遠隔新聞記事取材ドローンが飛び、彼女達は翌朝のニュースでは英雄となるのだろう。



 すっかり日が暮れ、月が空に浮かぶ。

 喫茶店アルカディア……否、今夜はビール・イートにて。

 昼間とは違い、掃除が行き届き、お客さんも数人見受けられる。

 もっとも、先程まで共に現場で救助にあたっていた者達がほとんどだ。


 この店はボタン一つでコーヒーの棚がどんでん返しのように回ってワインラックになるように出来ており、無粋な照明は消え、間接照明がアダルトな雰囲気を醸し出す。

 所長が消防隊員達にビールを振る舞っていた。

 みさおもカウンターに座って、客として所長を呼んだ。

「所長……」

「よせ、今は店長だ」

 みさおは一瞬だけ頭を抱えて呼び直す。

「店長、ハンバーガーとドクターペパーってありますか?」

 沈黙。

 流石にないだろうと思っていた矢先、店長は静かに言った。

「あるぞ」

 できたてのハンバーガーとドクターペパーの缶を載せたトレイが出てきた。

 みさおは一瞬思考停止するも、すぐに状況を受け入れてハンバーガーを頬張り、ドクターペパーを喉に流し込む。

「なあ、ドクターペパーって美味しいのか?」

 店長は率直な感想を聞く。

「これは選ばれし者のみが飲む知的飲料ですよ」

 みさおは飲みながら答える。

「今日はご苦労だったな。色々と」

 店長は優しい目でみさおを労った後、真面目な顔つきになる。

「いいニュースと悪いニュースがある」

「いいニュースからで」

「今日の火災現場の人命救助、先日の強盗事件の解決でエデンに対する協力者が増えた。今後の活動にもプラスだろう」

 みさおは頷く。

「じゃあ、悪いニュースは」

 店長は少し考えてから話し始めた。

「現在市内の公立高校全てを当たったが、行かせられる学校が見つからない。なまじニュースになってしまったから、有名税ってやつだ。こういう場合は超法規的措置も取れないしな」

 店長の声色が変わる。

「私立高校であれば、ツテはあるが……厄介なことが一つあるんだよな……」



 自分達の新しい住居、十六夜寮。

 メゾネットタイプのマンションで、二階には個室が六つある。


「しかしすごく広い家だよね……」

 みさおは思わず感心する。

「ええ、所長の趣味で満載ですけどね」

 広いリビングには旧式の薄型液晶テレビがあり、所長の趣味なのか、ソファの後ろにはプロジェクターがある。

 食器棚には昔のスーパーカーの模型が置いてあり、壁には考古学者が活躍する冒険映画のポスターが飾られている。


 みさおは歯を磨き終わり、寝る前にトイレに向かった。

 そして何気なく扉を開けると、衝撃を受けた。

 そこには、便座に座る艶やかな黒髪の少女……そう、めいがいた。

 彼女は眉をピクピク動かし、肩を震わせ、前髪から赤い火花を散らす。

「アンタさぁ……」

「わ、わざとじゃないから、あの、これは」

 慌てて弁明するも、その途中で赤黒い稲光が迸り、勢いよく吹き飛ばされた。

「出て行けぇぇぇぇぇっ!」

 みさおは体勢を立て直すと慌てて言い返した。

「さ、流石に今のは鍵閉めないほうが悪いだろ! あの後入院してると思ったのに」

 そう、彼女は本来であればいないはずだったのだ。

「あのくらいの負傷、3時間あれば治せるわよ! ……というか、いつまで見てるのよ、この変態!!」

 赤黒い火花が廊下を黒く照らす。

 そのいつものやり取りを見ていた副長は呆れた。

「先が思いやられるわ」



 この一日で酷く疲れ、みさおはベッドへと倒れ込む。

 暗い部屋の中、廊下の光が差し込んだ。

 扉に鍵なんてかけてなかった。

「誰?」

 俯いたまま見る気力もないみさおは聞いた。

 返事はない。

 そして、みさおのベッドの横に何かが乗る感覚がした。

「今日だけ一緒に眠らせて……」

 声の主はめいだった。

「こっち見たら殺すわよ」


――じゃあなんでこっちに来るんだ。


 相変わらず理解が出来ない彼女の行動に困惑するみさお

 一つだけある心当たりを聞いた。

「もしかして、さっきのことまだ怒ってる?」

「別に」

 その答えは淡白なものだった。

「そうか、よかった。殺されるかと思ってた」

 ちょっと軽い口調でそう言っていると、少し不機嫌そうにめいが返した。

「別に、ってのは気にするほどじゃないけどかなり怒ってるって意味よ。ホントに人の心知らないのね。呆れた」

「僕は読心能力者サイコメトラーじゃないんだ、無茶言うな」

 めいはその面白みもない答えに苛つく。

「ばか、そういう意味じゃない」


 カーテン越しの月明かりが二人を照らす。

「私ね、精神的に弱い部分があるってわかってるの。だから、力強く生きるライオンに憧れてる」

 突然、めいは語りだした。

「何の話だ」

 みさおにはまったく理解できない。

 しかし、こんなにしおらしいめいは見たことがない。

「私ね、父が嫌いなんだ」


 めいは記憶を思い出すように、ぽつぽつと語る。

「アイツは私を化け物、悪魔の子って呼んで突き放したんだ」


――おい、近寄るんじゃねえ、化け物にゃ、俺の腕は百年はええっての。


 その記憶は忌々しいもの。

 めいは咄嗟に嘔吐しそうになるのを抑えた。

「まあ、私が生まれた時に電撃で母を殺してしまったから、ある意味仕方ないと思うんだけどね」

 めいは母親の顔を見たことがない。

 彼女が産声を上げた時、母親は悲惨な状態だったそうだ。

 父はそれをずっと責め続けたとめいは語った。

「それに、アイツはオセアニア戦役の戦犯で、世界を滅ぼしかけたの」

 オセアニア戦役。それは二十年前、世界を恐怖に陥れた大戦争、そして東京には反応弾が投下され、1000万人の尊い生命が犠牲になった。

 21世紀最悪の時代。

 その爪痕はオセアニア国家共同体やソ連、中国や東南アジア諸国との睨み合い、日本軍や武装警察軍の組織、そして壊滅した首都にその後の政権争いと未だに根強く残っている。

「その癖、勝手に行方不明になった。卑怯な人……」

 めいは起き上がり、笑って言った。

「本当の悪魔はどっちだよって話よね。周りもそう、みんな、みんな、卑怯者。だから嫌いなの」

 けれど、その声色は震えているし、きっと泣いているのだろう。


 みさおめいの方を向かず、そのまま応えた。

「僕も同じだ……」

 みさおめいに同情する。

 しかし、同意はしなかった。

「でも僕は天城あまぎさんみたいに人と関わることを拒絶はしない。必要な事から逃げると後々ツケを払わされるからね」

「親とだっていつかわかり合いたい。どうして僕を突き放したのかだって理由があるはず」

 その言葉はめいが求めてるものではない。

 めいは震えた声のまま不機嫌そうに言う。

「うるさい。アンタもやっぱり他の大人達と一緒なの?」

「……違う、僕は」

 みさおは慌てて弁明しようとするも、めいはそれを遮った。

「そうやって、自分と重ねてるけど私の事を何もわかってないじゃない、綺麗事ばっかり、アンタもさ」


「寝よう」

 無理やり話を断ち切った。

「おやすみ!」

 それに対し、めいは怒気を込めた声でそう言って横になった。


――天城あまぎさん、ライオンはネコ科の中でも唯一群れを作るんだよ。


――君は一人では生きていけない。深層心理ではそうわかってるはずだ。


――だから……。


 そんな言葉を胸に秘め、微睡みへと落ちていった。



 次回予告


 他人と深く関わろうとすることを拒絶するめい

 みさおはそんな彼女と共に学校へと向かった。

 はたしてそれがどんな結末を迎えるのか……。


 次回、学校へ行こう

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