Episode:03-4 Avatar

 みさおめいは次々と仕掛けられた爆弾を解除していた。

 しかし、時間が足りなかった。

 本部にいる副長が通信で叫ぶ。

『伏せて!』

 予知の時間、みさおはプラットホームに立っていた。

 丁度、青色の塗装が施された地下鉄車両が警笛を鳴らしながら走ってきた。

 線路に赤い光が見える。

「まさか!」


 車体の側面から爆炎と火花を散らし、大きく線路から逸脱する。

 そして、プラットフォームの柱を破壊しながら乗り上げた。

 他にも多数の場所で爆発が生じているのか、天井から細かい瓦礫が落下する。

 電灯が点滅し、一瞬で真っ暗になった。

 その後、赤い非常用電源へと切り替わる。


 みさおは立ち上がると、すぐに通信機を起動させた。

 圏外の二文字。

 しかしこの通信機は非常事態に備え500m地中でも機能するはずだ。

 めいが感じていたノイズと解析結果の正体、その最悪の予想が当たってしまった。


――チャフ・フィールド……やはり通信妨害か。本部どころか天城あまぎさんとも通信を取れないとは……。


――明らかに組織的な犯罪だ。犯人は恐らく日本への攻撃が目的……? 今はそんな事を考えている場合じゃない。


 そして、USE THIS MASTER KEYと書かれた壁に備え付けられている赤い斧を手に取り、赤い非常灯が照らす薄暗い瓦礫の中を歩く。

 大勢の人が倒れ、中には落下した瓦礫によって即死した者もいた。


――まずは生存者の確認と天城あまぎさんとの合流だ。合流できればPSIサイの出力でこの通信妨害もなんとか出来る!



 めいは崩れ落ちた天井を磁力操作で防ぎ、周りの人間を守っていた。

「今のうちに逃げて!」

 めいが天井を支えている間に、民間人がその場から立ち去っていく。


PSIサイパワー、全開!」


 エラ状器官が限界まで開き、内部から黒い液体が溢れ、それが空気と反応して赤黒い火花と化した。

 そして、背中から黒い砂鉄が翼のようなものを形成し、周囲に磁界を纏う。

 足から赤い火花が散る。


――保って……!


 次の瞬間、破裂した水道管から水が噴き出し、めいに直撃した。

 超撥水ちょうはっすいの施されたスタービジョン制服には何の影響も無い。


 しかし、めい自身の精神には影響があった。

 トイレで浴びせられた水を想起させたのだ。

 鮮明で嫌な記憶。

「う……うげぇええぇぇぇ」

 めいはいじめの記憶が蘇り、胃から物を逆流させてしまった。

 その場にうずくまり、内容物を吐き出す。

 そのせいで磁力操作が途絶え、周囲の天井が落下した。



 みさおは角度を定めて斧を振るう。

 非力な小学生の力でも瓦礫を確実に破壊するように、彼は衝撃を与える角度を計算していた。

 彼に言わせればこの程度の計算は朝飯前という事で、容易に瓦礫を崩しながら進む。

「さっきから嫌な揺れが続いているな……」

 みさおはプラットフォームだった場所の瓦礫を崩しながら進む。

 断続的に天井から小石が落ちてくる。

「……急がないと……」



竜蛇りゅうじ殿、大丈夫でありますか!?」

 本瀬ほんせは割れたメガネを仕舞い込み、胸ポケットから新しいメガネを取り出してかけた。

「ああ、なんとかな……旬世しゅんせは?」

「大丈夫だ。竜蛇りゅうじ様もご無事で何よりです」

 竜蛇りゅうじ旬世しゅんせの脂肪に満ちた身体が動く気配を感じた。

 本瀬ほんせが軍用の懐中電灯で前方を照らし、竜蛇りゅうじは二人の手を取り、前に進む。

 二人は竜蛇りゅうじが若干震えているのを感じていた。

竜蛇りゅうじ様……?」

 その気遣いを察して竜蛇りゅうじは静かに呟いた。

「ああ、俺、本当は怖がりなんだ……でも、本気で怖がればお前達が安心できないだろう」

 竜蛇りゅうじは二人を案じていた。

「そんな事なら、大丈夫であります。竜蛇りゅうじ殿、弱みも受け入れてこそ本当の友であります!」

「だが、であれば余計に怖がるわけにはいかんな。この場を他の者が見ているやもしれぬ。強き者にはそれ相応の分がある。ノブリス・オブリージュ。分を弁えねば卑怯者のエデンの奴らや超能力者サイキック共と一緒だ」

 その言葉に疑問を抱いた本瀬ほんせ、先程とは違い、きちんと問いかけた。

「それは……こういう場で救助活動を行う特務超能力者サイキックであっても……でありますか?」

 竜蛇りゅうじは驚く。

 本瀬ほんせは彼の行動に怯えつつも、回答を待った。

「ああ。所詮あんなのは偽善だろ。本音は超能力者サイキックがいなければ普遍人類ノーマルは生きてすらいけないと知らしめるためのプロパガンダだ。そんなものに善意などない。そして、彼らに敵意を持つ俺達は助けてはくれんさ、奴らの考えならな」



 みさおは崩れた柱を破壊し、瓦礫の山で倒れている人を発見した。

 気を失った天城 冥あまぎ めいの姿だった。

 間一髪で電磁バリアを展開したらしく、辛うじて致命傷は避けたようだが気を失っていた。

天城あまぎさん! 天城あまぎさん!」

 みさおは彼女の手を握る。



 めいはクリスタルで出来た街に立っていた。

 手に何かの感触を抱く。


――エデンの職員達に何度も手を引っ張られ実験室や訓練所に連れて行かれた記憶。


 めいは手を振りほどこうとした。

 しかし、その光景は次第に変わっていく。

 小さな少年が手を引くものに……。

 そして不快感は……。



天城あまぎさん……」

 みさおの声と手でめいは目を覚ました。

「私……ここで気絶してたみたいね」

 めいは周囲を見回す。

天城あまぎさん、大丈夫か!?」

 めいは胸元のリボンにあしらわれた大きい星を操作し、その場にバイタルデータを表示した。

 無数の切り傷ができていたが、制服に内蔵されている簡易包帯で応急処置を施した。

「よし、僕達にはこの窮地を脱する方法がある」

 みさおはそう言ってラジコンのリモコンを取り出した。

天城あまぎさん、このリモコンから出ている電磁波を増幅して地下に飛ばして欲しいんだ」

 その言葉を聞いためいは、リモコンに手を触れ、PSIサイの出力を全開にする。

 髪が白く光り、周囲に赤黒い火花が散る。

「ん……」



 エデン本部の格納庫。

 そこで何かがひとりでに動き出す。

 地響きは司令室にまで伝わり、スタービジョンとの通信を試みている職員達は困惑していた。

「この揺れは……?」



 それは地上まで一直線に突き進む。

 使われていない駐車場を出て、再び地中へと掘り進む。



 次第にその揺れがみさお達に伝わる。

 轟音、土埃、そして眩い地上の光と共に姿を表した。

「これは……一体……?」

 青く丸い甲虫みたいなボディに八輪の車輪。

 先端には角の代わりに巨大なドリルが備わっている。

「備えあれば憂いなしってね。こいつは僕が作った地中救助用のマシン、名前はメカビートル。先端の超振動波発生シールドマシンを使って時速20kmで地中を進む装甲車両だよ。基本は有人想定なんだけど、さっきのように遠隔操縦も出来て、油冷直列6気筒サイドバルブエンジン搭載でボディには硬質セラミック、ホイールは水陸両用ケミ……」

 みさおはメガネをくいっと上げて自慢話を始める。

 めいはその長くなりそうな話を切り上げ、彼に任務を思い出させた。

「もういい、すごいのはわかったから、早く皆を回収して地上に出るわよ!」

 めいに急かされ、怪我人や高齢者、幼児等を優先して乗せていった。

「収容人数ギリギリだな……あ、後ろにエンジンがあるから火傷に注意してね……」

 みさおは残った人々を見て不安がる。

「大丈夫、掘り進んだ通路を使って救助隊も来てるから!」

 電磁波で救助隊の接近を察知しためいはそれだけをみさおに伝えた。

 メカビートルはスキール音を鳴らし、背面から補助ブースターを点火。新しい通路を作りながら地上へと進み始めた。


 掘り進んでいる途中、めいは電磁波で何かを捉えた。

「……ねえ、アンタ。さっきのところとは別に、まだ生存者が三人残ってるわ。ここから北北西の位置。彼らを下ろしたらすぐに向かって!」

 みさおはメカビートルの操縦をしながら黙って頷いた。



 竜蛇りゅうじ達の居る区画が崩れ始めた。

 一際大きな瓦礫がバウンドし、竜蛇りゅうじ達の方へと転がる。

「誰か、誰かいないのか!」

 その恐怖に竜蛇りゅうじは思わず叫ぶ。

「も、もうダメでありますな……う、うわぁぁぁぁぁっ」

 本瀬ほんせは涙目になりながら蹲る。

「バカっ、怯えるんじゃない、俺が、俺が……うわあああああああ、ママアァァァァァ!」

 竜蛇りゅうじは生命の危機に際し、周りの誰よりも大声で泣き叫んだ。


 そんな時、轟音が一帯を支配した。

 さっきまであった瓦礫は粉々に砕け散り、代わりに目の前にはドリルのついた青く丸い甲虫みたいな八輪車両、メカビートルがあった。

「な、なんだ……?」

「早く乗って!」

 メカビートルのハッチからめいが姿を表した。

「転校生!?」

 予想外の姿に旬世しゅんせは目を丸くする。

 そうしていると、旬世しゅんせの頭上に瓦礫が降ってきた。

「うわっ!」

 彼は思わず蹲る。

 めいはそれを赤黒い電撃で吹き飛ばした。

「早く!」

「助かった、ありがとう!」

 旬世しゅんせは頭を抱えたまま感謝を述べた。

「ママアアアァァァァァァァ」

 泣き叫ぶ竜蛇りゅうじを二人で抱え、メカビートルの中へと入った。

「行くよ!」

 みさおの号令で地上へと戻る。

 先程まで竜蛇りゅうじ達がいた空間が崩れた。

「間一髪、ね……」

 竜蛇りゅうじが泣き止むと、二人に視線を向けた。

「……どうして俺達を助けたんだ。俺達はお前をいじめたんだぞ……」

 その言葉に車内の空気が重くなる。

「いじめって自覚あったのね」

 めいは呆れながら言った。

 そして続ける。

「でも、アンタ達に死なれるのだってごめんよ。私は人に嫌われる程強い力を持つ超能力者サイキック。だからこそ、その力で助けられる命は助けたいってだけよ」

 それは形は違えど竜蛇りゅうじの精神と同じものだった。

「あ、ありがとう……」

 竜蛇りゅうじは小声でそう呟いた。

「ん、何かしら」

 めいにはその言葉は届いていなかった。

 その事に、竜蛇りゅうじは顔を染めてそっぽを向く。

「な、なんでもねえ!」



 地上に戻ると、電波通信が回復して本部と繋がった。

『死者12、重軽傷者48……か……』

 副長はその結果に唖然とする。

「僕達はよくやりました。この予知介入がなければもっと酷い惨事になっています」

 みさおは淡々とそれに返した。

『わかってるわ。でも大人っていうのは結果が大事なの。よく覚えておいて。報道管制だって無敵じゃないのよ』

 副長はそれだけ言うと通信を一方的に切った。



 二日後。

 私立星見学園、高等部2-A教室。


「俺を殴ってくれ、すまなかったと思ってる! 俺はパパやママが言ってた事を鵜呑みにしてエデンや超能力者サイキックを毛嫌いしていた。すまない!」

 竜蛇りゅうじめいの前で頭を下げた。

 その声があまりにも大きく、周囲も動揺していた。

 そして、めいもその状況に困惑している。

竜蛇りゅうじ様、あの後に死者を出したことを責めるマスコミや野次馬にも果敢に立ち向かって、君達が救った人達の話をしてたんだよ」

 旬世しゅんせはすかさず彼にフォローをいれた。

 めいは少し考えた後、拳を構える。

「ううん、私は無抵抗の相手を殴るのは嫌いよ、私の美学に反する。だから。全力でかかってこい!」

「はい?」

 呆然とする竜蛇りゅうじに、めいは手で挑発した。

「そういう事か!」

 竜蛇りゅうじは爽やかな笑みを浮かべ拳を振り抜く。

 めいもそれと同時にパンチを繰り出した。

 それはお互いに頬を打ち合った。

「クロスカウンターだ!」

 周りの生徒達が熱狂しながら実況し始める。

 そして、みさおはその様子に微笑みつつ内職を始めた。



 青き春が 風の音と共に訪れて

 出会いと別れで 彩らるる


 諍いは絆と成り 友情は尊きを学ばさる

 過ちを赦し 恩師の声に耳を傾けやう


 あゝ この時はなんと美しきかな


山田才太郎やまださいたろう東西花鳥真伝とうざいかちょうしんでん」(竜鳴書房出版)より引用



「アンタ……なかなかやるわね。こっちは準軍事組織で鍛えてるっていうのに」

「そっちこそ、俺は丸本まるもと財閥で護身術と日本軍から軍隊格闘術を学んでるんだ。それでここまでやるとは、女だてらに見上げた根性だ」

 あざを作りながらも倒れないお互いを称賛しながら、殴り合いを続ける。

「決まったぁ! 転校生のアッパーカットだ! が……まだ倒れないぃぃ!」

 めいの一撃で竜蛇りゅうじが吹っ飛び、周りを巻き込む。

 次第に騒ぎは大きくなり、応援する者同士でも争い始めた。

 そして、チョークや定規、筆箱や植木鉢、バケツに金ダライまで飛び交い始める。


 みさおがノートにメカビートルの改良案を書いてると、そこにマヨネーズが飛んできた。

「……」

 みさおはメガネを外し、顔が般若のようになる。

 修羅モードだ。

 そして、静かに乱闘騒ぎへと入っていった。

「はーい、ホームルームを始めるから席につけー……って何だこりゃぁ!」

 担任の女性教師が、教鞭と出席名簿を持ちながら入ってくると、そこは酷い状態だった。

 あちこちに物が飛び交い、殴り続ける者達。般若の顔と化したみさお。元の教室の姿はなかった。

「貴方達ぃ……?」

 担任は笑みを浮かべながら青筋を立てるも、次の瞬間にパイが飛んできた。



 やがて乱闘騒ぎが落ち着くと、渦中にあっためい竜蛇りゅうじは疲れ果てて教室の中央で大の字になって倒れていた。

「いい喧嘩だったわ、掛け値なしに……」

 めいはボロボロになり、息を切らしながらも爽やかな笑顔で言った。

「はは、本当におもしれー女だな……」

 二人はこの下らない喧嘩を経て、友情を結んだのだった。



 次回予告


 スタービジョン3号として紹介された大宮 睦月おおみや むつき

 めいにとっては初となる超能力者サイキック同士の共同作戦となった。

 果たして、その行く末は……。


 次回、新たなる少女

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