Episode:12-3 Dead End

「――何も言わずめいを連れてついてこい」


 みさおがリビングで夕食を作ろうか悩んでいた所、いきなりの所長の発言に驚きを隠せなかった。

 みさおめいは支度を手短に済ませて所長の元へと向かった。

「……所長、いきなりどうして……」

 みさおの問いに答えはなかった。

 睦月むつきが玄関前まで走って問い詰める。

「ちょっと、こんな夜にどこへ行くつもり!?」

 所長は黙って二人を連れ出した。

「ちょっと!?」

 睦月むつきを振り切り、車で走り去って行く。



 赤色のフォーゴ・マスタンズが夜間の高速道路を往く。

 みさおめいを乗せて、新さっぽろ方面へと向かっていた。


 ネオンが輝く中華街の一角にある中華料理店 佐武さたけ

 壁には和本胃ワッホイと書かれている大きな文字。

「おかわりいいいいいいいいい!」

 周囲の客の話し声、麻辣醤やXO醤の香り。


 チャイナ服に身を包んだ店員が席まで料理を運んでいた。

 回転テーブルの上には色とりどりの中華料理が置かれている。

 そして、テーブル中央にある人形が喋りだした。

『注文は以上でよろしいアルか?』

 めいが脇目も振らず出された料理にがっつき始めた。

 みさおはチャーハンを口に運びながら所長に問う。

「いきなりこんな中華屋に喚び出してなんなんですか?」

「本日付でめいはある組織に引き取られる。これは運命だ。運命は絶対なんだ……」

 その要領の得ない答えに、みさおは机を叩いて怒り出した。

「運命、運命って、僕達の未来が決まってるように言わないでくれ! 未来は変えられるって今まで散々やってきたじゃないか!!」

 所長は俯いたまま答える。

「……ああ、そうだ」

 めいは食事の手を止めて叫んだ。

「ちょっと、それじゃ私達の今までは全部無駄ってこと!? 冗談じゃないわよ!」

 そこに、チャイナ服の給仕が止めの声を入れる。

「お客様、店内では静かにしてください」

「うるさいわね!」

 めいが振り向いたその時、入り口に不審な目線を感じた。

「危ないっ、伏せて!」

 回転テーブルを磁力操作で浮かせ、即席の盾を作り出す。

 それによって上に乗っていた料理は全て地面に落ちた。

 同時に、店の外にいた不審な軍服の男達が機銃掃射を行った。

 店の中に飛ぶ銃声や跳弾。

 辺り一面がパニックに陥る。

「うわーーーーっ、なんだ!?」

「なんなのなの!?」

「うぎゃーーーー、何が起こってるさーーー!?」

 回転テーブルで銃弾を防ぎ、めいはタイミングを見計らって銃弾を転がってかわし、カウンターの後ろへと移動する。

 そして、物陰から飛び出した後は前へ前へと跳躍した。

「PK10億ボルト!!」

 距離を詰めるとエラ状器官を開いて髪を白く発光、赤雷レッドスプライトを放った。

 その一瞬で周囲の軍服は気絶した。


 そして、めいみさお達の所に戻ってくる。

「早く、厨房を通って裏口から逃げるわよ!!」

 呆気を取られたみさおは口をパクパクしながら答える。

「ああ……」

 驚くのも無理はない。

 本物の軍隊が攻撃を仕掛けてきたのだから。

 しかし、一番豹変していたのは所長だった。

 普段からは想像もできない程青ざめた表情で魂が抜けたかのように座ったまま俯いていた。

「所長、逃げるって、車を出して!」

 みさおは肩を揺さぶるも、反応はない。

「……無意味だ」

 そう呟いたことに対して、みさおは腹を立てた。

めいは何をされるって言うんだ! あの子たちはエデンの道具なのか!?」

「そうだ。だから今までこうしてきた」

 そして、所長は堰を切ったように感情を爆発させた。

「黙って従えば我々は殺されない! それがわからないのか。逆らえば死ぬのは彼女じゃなくて周りなんだ。それで罪に囚われるのは他でもない彼女、天城 冥あまぎ めいだ。仮初の楽園なんかに居場所なんかどこにもなかったんだよ!」

 その言い草に、みさおは所長の胸ぐらをつかんだ。

「だからって、このまま流されろと? 従ったとしても周りが殺されない保証はどこにあるんだ。未来の保証なんて誰もしてくれないんだよ! 居場所や未来は誰かが用意してくれる物じゃない、自分で切り開く物だ! そのために所長は今まで戦ってきたんじゃないのか!?」

 どこか諦めたような所長の目。

「無理だ、結局運命なんて変えられない……力不足なんだよ」

 みさおはそれでも熱を込めて言い続ける。

「初めから運命は変わらないって諦めないでくれ! 未来ってのは暗いからこそたとえ定められてたとしても手探りで歩む物だ! 人間は機械じゃない!」

 みさおの何気なく投げた言葉に、所長はハッとなって前を見据える。

「……フッ、それもそうだな。ありがとう。みさお君、戦うぞ!」



 厨房を走るめい達。

 ブロブフィッシュがまな板の上に置かれている。

 大きな鍋やフライパン、炎が舞う厨房。

 先程銃撃があったのにも関わらず、調理を続けていた。

「コラ、お客様、ここは立入禁止アルよ!」

「ホールに戻るヨロシ!!」

 コック達が部外者であるめい達を止めようとするも、それを軽くくぐり抜けた。

めい、急ぎすぎだ!」

 みさおと所長はコック達に囲まれる。

 裏口の扉の前で振り向いためい


 そこに、銀色の光が奔る。

「何!?」

 ティキーン!

 めいは咄嗟の直感でそれを察知し、横へと跳躍して回避した。

 そこにやってきたのはナース少女。

 無機質な顔でただめいを見つめる。

「アリャリャ、最初の初撃に外して失敗しちゃったよ……」

 どこか反響するような声でそう言った。

超能力者サイキック!」

 みさおはただならぬ気配、先程の正体不明の攻撃から超能力者サイキックである事を見破り、めいに警戒を促した。

 めいとナース少女はお互いに睨み合う。



 コックの一人が皿を落とした。

 その皿が地面に衝突して割れるのと同時に、めいとナース少女は走り出す。

 めいは後ろに跳びながら赤い電撃を放った。

 しかし、直撃しても尚走ってくるナース少女に、めいは驚きを露わにした。

「電撃が効かない!?」


――それなら!


 めいは厨房にあった包丁を磁力操作で一斉に飛ばす。

 狙いは致命傷にならないような部位。

 しかし、痛みを感じないのかそのまま走ってきた。


――この身体、液体金属!?


 めいがその事実に気づく頃には、ナース少女は目の前だった。

 ナース少女の右腕が振るわれる。

 銀色の刃となって振るわれる腕。

 間一髪でめいはしゃがみ、それを避けた。

 その後ろにある扉が真っ二つにされ、めいは後方へ跳躍する。

「大丈夫、私は後で合流するから! 先に逃げて!」

 みさお達の足元に夜想冷蔵グレイシャノクターンと書かれた冷凍庫の扉が地面を転がり滑る。

「所長、今のうちに車を!」

「ああ!」

 みさおめいを信じて、逃げ出す道を選択した。



 めいとナース少女が戦っている隙に、みさおと所長は裏口から抜け出す。

 路地裏を抜け、近くの駐車場へとたどり着いた。

 しかし、所長があることに気づく。

「くそ……鍵を落としちまった!」

 みさおは爪先で地面に叩いて焦る。

「こういう時は……」

 そんな時、所長は肘を構える。

「破ァ!」

 その放たれた肘はドアウィンドウを用意に破壊する。

 そして、ドアのレバーを引いた。

「これで開いたぞ」



 冷気が漂う冷凍室。

 ぶら下がる肉の間で、めいとナース少女は攻防を繰り広げていた。


――この子、恐らく液体金属を操るPSIサイよね。水銀操作クイックシルバーって所かしら。


――しかし、傀儡くぐつ人形の精密動作性から見て、かなりの高レベルね。


――それに、この躊躇の無さ、やはり暗殺者かしら……。


 銀色の一閃。

 目の前の肉が切断される。

 めいはお返しと言わんばかりに強力な赤雷レッドスプライトを放った。

 周囲の肉が焼け、ナース少女……水銀で作られた傀儡くぐつ人形が爆発した。

 弾けた水銀は再び一点に集中し、銀色の球体になっていった。

 その球体から、再び色付いたナース少女が姿を表し始める。

「本体を倒さない限り、撃破は不可能のようね!」

 めいはその間に荷電粒子砲で天井を打ち抜き、磁力をワイヤーのように射出して屋根の上へと飛び出した。


 中華街の建物の上をワイヤーアクションさながら飛んでいくめい

 走ってめいの後ろから追いかけてくるナース少女。

 めいは落ちている看板を電磁力で投げつける。

 ナース少女は腕を銀色の刃に変えてそれを切断した。

 めいは目の前を見た。

 無数のドラム缶が並ぶビルの屋上。

 そして、ビルの下に走る赤色の車を見た。


――これなら!


 横に磁力操作で跳び、ビルから落下する。

 唖然とするナース少女。

 彼女の前に並ぶドラム缶。

 めいは落下したまま、赤い電撃を放った。


 ビルの屋上が爆炎に包まれる。

 そして、めいは路地裏のゴミの上に落下した。

「よっと……」

 そこに丁度良く赤色のフォーゴ・マスタンズ……所長の車が止まっていた。

 急いで車に乗り込むめい

「出して!」

 所長はアクセルを勢いよく踏む。

 車はスキール音を鳴らしながら走り始めた。



 爆発により騒然とする中華街。

 燃える屋上から、銀色の球体が落下してきた。

 それが再び、ナース少女の姿になる。

『リライアブルはん、東区までの監視カメラを全て掌握したで~。目標の位置も送信済みや』

「オーケー了解。それじゃこれより撃滅殲滅、追跡チェイサーを行い実行する」

 ナース少女は車道を走り出した。



 国道に入り、走って追いかけてくるナース少女を振り切ろうと急加速させた。

 強烈なGでめいみさおはバランスを崩す。

 みさおが姿勢を立て直しつつサイドミラーを確認すると、そこには交通量の多い車道を堂々と走ってくるナース少女の姿があった。

「所長、まだ追って来てる!」

 時速50kmを超えているのにも関わらず、徐々に距離を詰めるナース少女。

 彼女は腕を前に突き出した。


 刹那、鋭い水銀の刃物が伸びてきた。


「危ねぇ!」

 所長が叫ぶと、急ブレーキから横滑りさせて、すぐに再度アクセルを踏んで立て直し、ナース少女を逆に吹き飛ばした。

 車への被害はテールランプの破壊だけに留まった。

「さすがはアメ車だ。馬力とボディの丈夫さが違うな。日本車やドイツ車じゃぺしゃんこだったぜ」

 所長は過激なドライビングテクニックを披露した際にかいた冷や汗を拭った。



 吹き飛ばされて溶けた水銀は再び人の形を形成する。

 そこに通りかかった一台の大型トレーラー。

「おい、すごい音がしたけどオタク、大丈夫か?」

 ナース少女は首を傾げる。

 ドスリ、と鈍い音がした後、トレーラーの運転席からは血が流れ出た。



 所長達の車は停止していた。

 目の前の信号のない横断歩道に老婆がゆっくりと歩いている。

「くそ……このままじゃ追いつかれるぞ」

 所長はハンドルを爪でコツコツと叩きながらイライラを表す。

「……来た!!」

 めいが指をさすと、大型トレーラーが迫ってくる。

 フロントガラスには血が付着しており、ナース少女が真顔で運転している。

 所長はハンドルを切って対向車線に移動し、アクセルを全開にする。

「やむを得ん、しっかり掴まってろ!」

 向かいから走ってくる車を避けながらトレーラーとの距離を開ける。

 トレーラーも対向車線に乗り出し、向かいから来る車は衝突し爆発するも、トレーラーはお構いなしに突き進む。



 町中に入り、所長の車が果物屋に突っ込んだ。

 大量のミカンやパイナップルが転がる。

 所長は急いで体勢を立て直す。

 アクセルを踏むも、果汁でタイヤが滑り、全く進まない。

「クソっ、いい子だから動け……」

 所長がそう唱えると、ようやく走り出した。

 車が去った後、店主が飛び出してくる。

「この野郎! なんてことしてくれやがんだ!」

 その後、店主の後ろから大型トレーラーが突っ込んで来て慌てて逃げ出した。

「うわああああああっ!?」

 トレーラーの通過により、果物屋は全壊した。

「なんなんだよ……」



「私の力で迎撃しちゃだめかしら?」

 めいの提案はみさおは取り下げた。

「あの子の狙いはめいだ。それにあの戦闘慣れしている感じは嫌な予感がする。敵が不死身であり、軍隊も動員している以上、PSIサイパワーの消耗は得策ではない」

 その時、突然前の信号が青から赤に切り替わり、キャリアカーが横切った。

「危ねえ!」

 所長が荒っぽい運転を行い、車を横滑りさせる。

 速度を落としたことで、後ろから大型トレーラーが迫ってきた。

 めいの後ろで金属の擦過音と激しい揺れ。

 火花が散り、所長の車の後部が思い切り破壊されてしまった。

「野郎……俺のフォーゴに傷をつけやがって」

 所長は怒りを露わにした。

 トレーラーは前方の交差点を大きく曲がる。

 それを見た所長はみさおに運転を託す。

「少し運転変わってくれ」

「ちょっと、何する気だ!?」

 そして、困惑するみさおを尻目に、後部座席からトランクルームを漁る。

 出てきたのはM202 ロケットランチャーとM1887 レバーアクションショットガン。

「へっ、備えあれば憂いなしってな」

「なんでそんな物があるのよ!」

 明らかに場違いなそれにめいは声を荒げる。

 所長がドアウィンドウを開いて身を乗り出してロケットランチャーを構える。

「所長、それ使えるんですか?」

 みさおの問いに所長は簡単に答えた。

「簡単だ。敵に向けけて撃てと書かれている」

 そして、川に架かる巨大な橋に差し掛かった時、引き金を引いた。

 爆音とともにロケット弾が放たれ、大型トレーラーの正面に命中した。

 トレーラーは大きく行き先を変え、炎上しながら川へと落下した。


 ナース少女はトレーラーから抜け出し、橋の車道に降り立った。

「あれは傀儡くぐつ人形よ、本体を倒さない限り奴は不死身なの!」

 めいは当たり前の事を叫ぶ。

 みさおは不敵に笑った。

めい、今までただ闇雲に逃げていたと思う?」

 意図を察しためいはカーナビを見る。

「まさか!」

 カーナビに描かれているラインが曲線を描いていた。

 それは、まるで一定範囲外から出さまいと何者かによる圧力を掛けられているような感じだ。

 みさおが話し始める。

「エデン本部のシステムが掌握された。つまりそれはハッカー……それも電子操網ダイレクトハック……超能力者サイキックによる仕業。そして、不自然な信号の操作。恐らく僕達は誘導されていた」

「しかし、あの水銀操作クイックシルバーによる傀儡くぐつ人形は遠隔操縦タイプ。Aクラスであると推測してもあの制度だとせいぜい半径5キロといったところが限界。範囲外に出ないように誘導されるという事は、逆にこの円の中心部に本体がいるということ。遠隔操縦タイプの超能力者サイキックは思考のリソースの大半を演算に使うため、不用意に移動できないという弱点がある」

 その説明にめいは疑問を抱いた。

「ねえ、それじゃヘリや車を使って移動してるってことは?」

 みさおは即答した。

「ヘリが飛んでいればすぐにバレるはずだ。そして車だが、電子操網ダイレクトハックはネットワークを介したPSIサイである以上、安定したサーバーの完備された高層ビルが必要だ。それに本体は無防備だ。だから、水銀操作クイックシルバー電子操網ダイレクトハックは一緒にいる……!」

 めいが「じゃあ」といいかけた時、みさおは付け加えた。

「無論、ブラフの可能性もある。だから非常無線で睦月むつきとステラに伝えておいた。二人の捜索……空間認識能力に長けた睦月むつき、直感に優れたステラから逃げられるとは思わない!」

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