第12話-2 恋の原子核
遅くまでの合唱練習を終えて帰宅した
「なんだ、珍しいな」
店長は物珍しそうな顔で
「所長、ホットコーヒーのブラック。それとトマトケチャップ」
「あいよ、後ここでは店長と呼びな」
店長は慣れた手付きでマグカップにコーヒーを淹れ、冷蔵庫からトマトケチャップを取り出す。
「あつっ、カップ、あっつ!」
おしぼりを出して手渡すと、
「言わんこっちゃない」
慌ててコーヒーをフーフーと冷ます
「それで、今日は何かあったのか」
店長は
「あの、
「でも……幸せ、なのかも」
店長は目を瞑り、静かに答える。
「それは、ラブだな」
「らぶですか……。ら、ラブ!? なんで、アタシが、アイツに!?」
思わずコーヒーを溢しかけた
「ま、きっと彼からは可愛げのない生意気な子に写ってるだろうな」
包み隠さずストレートに言う店長に、
「そう……ですね……」
店長は、更に包み隠さず聞く。
「素直になりたいんだろう?」
どこまでも真っ直ぐな所長に
「うん……でも……」
どこか奥手で引っ込み思案な
「もしもピサの斜塔が真っ直ぐだったらピサの斜塔じゃなくなる。パラダイムシフトって奴だ。コペルニクス的転回だな。自分の考えを覆してみると良い」
「俺も奥手だからな。でも、奥手ってやっぱり損するんだ。切り札は、いざという時に切れるようにしとくんだな。大人としてのアドバイスだ」
「急がばまっすぐ進め、一石二鳥じゃ物足りないと言うだろ?」
「信号で止まるなら高速道路、スピード制限で悩むならジェット機……て具合でな」
「……考え方を変える……か……」
彼女にとってそれは
例えば、自分の正体不明の力。
そう、六枚羽。
思考を張り巡らせていると、唇が乾き、コーヒーを飲み始めた。
その味は夏の味……否、恋の味だろうか。
「……あ、おいしい」
暗い空間の中、赤いローブを身に纏い、ペストマスクをつけた長身の者達が円卓を囲んでいた。
「やはり奴は引き渡しを拒否したか。止むを得ない、多少の犠牲を払ってでもスタービジョン1号の刻印を行うぞ」
「そうだな、計画は絶対。しかし相手はSクラスの
「毒には毒を持って制す、か……全くもってその通りよ」
「これより、スティグマ作戦を決行する!」
マスクの中に見える赤い眼光が周囲を照らした。
航空障害灯や窓の灯によって彩られる夜の札幌市。
一つのビルの屋上にヘリが降り立った。
「よう、我が盟友、古の邪神戦争以来か?」
指抜きグローブを手にはめ、鎖で過度に装飾した黒衣に見を包む眼帯の少年は大仰な仕草でヘリから顔を覗かせた。
ノートパソコンを弄るHARAPEKOと書かれたTシャツを着た気だるげな少年が彼を待っていた。
「相変わらずのようやな、タフガイはんは」
「宵闇に生じる天使と悪魔の最終戦争。此れこそ冥界より呼び寄せられし我らに課せられた使命と受け取ったが如何か」
眼帯少年が指を指す先、貯水タンクの影からナース姿の少女が月間JERYを読みながら姿を表す。
「……アナタを殺して処せって話なら無報酬のタダでもやりたいくらいね」
「リライアブルはんは手厳しいな~。ほな、そろそろやりますかいな」
気だるげな少年がそう言うと、眼帯少年とナース少女がビルの縁に立った。
「そうね、ウーマナイザー! 軍隊を意のままに使いこなせるように掌握、任せて託すわ」
ナース少女に命じられた気だるげな少年はノートパソコンに金属板を差し込む。
「承ったで。ほんじゃ、めっちゃ真剣に、いっくで~~~~」
そして、ナース少女は試験管から銀色の液体を地面へと垂らして笑う。
特務
彼らが居るビルの周囲には黒い軍用トラックが出始めていた。
十六夜寮。
あまりの疲労で水の音も耳に入らず、風呂の扉を開けてしまう。
そこにあったのは、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている、一糸まとわぬ
「え……?」
「これがまさに頭隠して尻隠さず……って奴か……なんて」
「Die!」
「これじゃいつまで経っても進展しないわよ……」
そのやり取りを聞いたいた副長はため息を漏らす。
エデン本部の司令室。
所長も副長も居ない状況で、非常事態に陥っていた。
『警告、三十八番メインフレームまでの書き換えを確認』
「クソっ、こんな時に……ソロモンⅢのバックアップはアルターエゴに退避しろ」
「ソロモンⅢのシスエレメントを開放、マイクロサテライトを形成し防壁を展開!」
「プログラムコードのノタリコン化で応戦だ!」
『ソロモンⅢ、高効率演算モードに移行……』
「侵入者のプロトコル解析はまだか……逆探急げ!」
「20、30、40……リプレッサーとプロモーターがやられました!」
「こりゃ人間業じゃないぞ……」
前方の大型モニターにはエデン本部のシステムに対する侵入状況がモニタリングされていた。
「このシステムをハッキングするなんて一体誰が!?」
「副長と所長に連絡だ、このままだとイコノクラスムシステムで本部が纏めて消し飛ぶぞ!?」
「それだけはなんとしてでも阻止せねば、I/Oシステムをダウン、非常電源に切り替えろ!」
本部のオペレーター達の奮闘で、なんとかソロモンⅢの掌握を防いだ。
灯りが消え、非常灯のみが照らす司令室で所長達に状況を伝えた。
店長はバーを眺めながら、静かに、心のなかで自問自答していた。
――俺は本当にこのまま運命の奴隷でいいのか。
――スタービジョンは若い者達に託すために作ったのか。
――否、違う……俺は……。俺は……。
その時浮かんだ心象風景はキティホーク級航空母艦の4番艦。
そこに立つ美形男性。
目の前には札幌をも遥かに上回る大都会。
かつて栄えていた繁栄の象徴、東京だった。
「わかってるさ、俺が男好きであれば付き合ってただろうな。お前みたいなイイヤツは中々居ないからな」
そう笑う影は、炎に消えていく。
「俺は、なんて無力なんだ!」
店長はカウンターを叩き、自分の虚しさに嘆いた。
厨房の傍らにある店長のレトロフォン……スマホが着信アリを知らせていた。
知恵の輪が得意(物理)らしい。
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