第12話-1 恋の原子核

 所長は一人、閉めた後の喫茶店のカウンター席で悩んでいた。

「スタービジョン1号の引き渡しか……」

 渡された書類を読み通し、こめかみに手を当てた。

「俺はどうしたいんだろうな……」

 その書類にはラムダ・フィールドの事が記されている。

天命の書版トゥプシマティ、千年王国計画、運命の奴隷から脱却できないのは俺の方なんだろうな」

「彼らの背中を支えてやるのが大人の役割だなんて大言吐くのはいいが、どうしたらいいかなんてわからないぞ。見角みかど……」



 みさおめい達は、放課後まで合唱コンクールの練習に勤しんでいた。

「アンタ達は本番まで死ぬ気で練習するのよ! 口答えは禁止、何か言われたら口からクソを垂れる前にサーと返せ! その後にイエス・サーをつけなさい!」

 めいは異様に張り切っていた。

「サー・イエス・サー」

「声が小さい! それでも誇り高き私立星見学園 高等部2-A!? ちょっと男子、真面目にやりなさい! 夏休みのナイトプールでタマでも落としてきたかしら!?」

「サー・イエス・サー!!」


 竜蛇りゅうじ達はパイを頬張りながら細めで苛烈なしごきを見ていた。

「何あの米軍式は……俺達は海兵隊志願者じゃないんだぞ」

 本瀬ほんせは冷や汗を流してメガネをくいっと持ち上げる。

「まさに鬼軍曹でありますな……」

 そこに、めいがズカズカとやってきて竜蛇りゅうじのパイを取り上げて顔にぶつけた。

「パイなんて食べてるヒマじゃないわよ!」

 竜蛇りゅうじは顔についたパイを舐めながら言った。

「そう言うな、この店のパイはおすすめなんだ」

 めいは呆れ顔でため息を漏らし、机を叩いて活を入れた。

「はぁ……後で2時間コース延長よ?」

 めいが男子生徒たちに説教をしていると、破壊音波のようなアポカリプティック・サウンドが響き、教室の窓ガラスが一斉に割れた。

「ぼえ~~~~~~~~~~ほげほげ~~~~~~」

 その歌……とも言えない音響兵器はステラが奏でているものだった。

「ボォ~~~~~ク~~~~~はステ~~~ラ~~~~~~~~」

 あまりにも酷い殺人的な芸術の冒涜に、周囲の生徒は耳を塞ぐ。

 めいは手刀を繰り出してステラを眠らせた。

 担任の女教師は苦笑いして肩をすくめる。

「先が思いやられるわね」



「いっち・にっ・さん・し、高・等・部!」

「私の!」

「貴様の!」

「我らの!」

「先生の!」

「合唱コン・優勝!」

 皆は基礎体力づくりのために、校舎の周囲を走っている。

 追いつくのがやっとな睦月むつきは汗だくになりながらめいを見つめる。

「張り切ってんなー……」

 後ろから、物凄いスピードでステラが通り過ぎた。

「やったー、八周目!」

 睦月むつきは立ち止まり、肩で息をした。

「うへぇ、まだあーし達三周目だよ!? ステラっち、よく疲れないよねぇ。コツとか教えてくれない?」

 睦月むつきの問いに、ステラは少し考えた後、自分の走法を語り始める。

「……んーっと、まず最初に全力疾走で飛び出す」

「うんうん」

 ステラは手を振り回して身振り手振りで説明した。

「中盤から更に加速してスピードフルに走る!」

「うん……?」

 雲行きが怪しくなった事に睦月むつきは怪訝そうな表情を浮かべ始めた。

「ラストスパートでダメ押し!」

 ステラが満足げな顔で説明すると睦月むつきは目を細めた。

「……完璧な走法ね。不可能という点を除けばだけど」



 みさおは息を切らしながら二週目に差し掛かっていた。

「はぁ……ぜぇ……」

 そして、水飲み場の前に立ち止まり、水分補給した。

「隣失礼するわね」

 隣にめいがやって来ると、みさおは顔を背けて走り去る。

「な、何よ。別に怒ったりしないっての」


 みさおは木陰に座り、一人で顔の火照りを沈めていた。


――僕……やっぱり変なんだ、スタービジョンの三人といると、おかしくなるというか、冥と一緒にいると……特に。


――わからない。感情? 僕は彼女達の上司だ。こんな不完全な感情を捨てて大人にならなきゃいけないのに……。


 そこに竜蛇りゅうじがやってきた。

「どうしたんだ。サボってると学級委員長にドヤされるぞ」

「なんでもない、なんでもないんだ」

 みさおは顔の火照りを沈めて平静を装った。

「そうか……」

「キャーーーッ、誰か倒れたぞ!」

 声の先では、三つ編みにそばかすが特徴的なメガネの図書委員が倒れていた。

 みさおが立ち上がるよりも先に竜蛇りゅうじが駆けていく。

「大丈夫か? ……俺の水筒だ、木陰で休んどけ」


――竜蛇りゅうじ君、本当に優しいんだな。僕よりもヒーローっぽいや……。


 みさおは自嘲気味に笑った。



 竜蛇りゅうじは図書委員の子が倒れた事に腹を立て、めいに抗議した。

「学級委員長、そろそろ休憩にしたらどうだ!? 人が倒れてんだぞ」

 その反発には周りの多くも賛同した。

「こんなの無茶だよ!」

「虐待と何が違うんだ!」

 めいは自分が空回っている事を認めて、大人しく走り込みを切り上げた。

「そうね……私、異常に張り切ってるみたい、ちょっと頭冷やすわ……30分、休憩しましょ」



 校庭で汗を拭う女生徒、体育館にもたれ掛かって肩で息をする男子生徒、行列のできる水飲み場。

 めいは体力のないみさおを心配に思って探していた。

 木陰からそんなめいを見るみさお

 そんな視線に気づいためいは思わず顔を背けた。


――私の方を見てた……!?


――いや……自意識過剰……よね?


 そこに、数人の女生徒がやってきた。

 まだまだ体力が有り余っている合唱部の子達だ。

「ね、ね、彼とはもう寝たの?」

 めいに対し、みさおの方を向きながらそんな事を聞いたのだ。

 ストレートな質問をされためいは慌てて否定した。

「誰があんなやつと!」

「貴方たちを見てるとじれったくなるのよ……」

 もう一人の女生徒がしかめっ面で言う。


 視線を感じたみさおはしびれを切らして、めいへの感情を押し切り、近くに来ていた。

「なんの話だ?」

 めいは耳まで真っ赤にするくらい羞恥して叫ぶ。

「な、なんでもないっ!」

「お、おう……」

 予想以上の大声にみさおは戸惑った。

めい……ちょっと……気になって来ただけだから……邪魔だったら去るよ」

 その言葉に真っ先に反応したのは周りの女生徒だった。

「え~~~~~っ、名前を呼び捨てしてる~~~~~~~っ」

「なっ!?」

 みさおは言われて気付いて顔を背ける。

 更に追求する二人の女生徒。

「ばかぁ……」

 めいはただへたり込んでそう呟くしか出来なかった。


「やっぱり二人ってデキてるじゃん!」

 女生徒の放ったその言葉はめいにとどめを刺した。

「はにゃ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん」

 可愛らしい声を漏らしながら、同時に体中に赤い電撃を放ち始めた。

「ちょ、マジでやばくね!?」

 女生徒二人が戸惑う中、みさおは慌ててめいの肩に手を載せた。

「はにゃーーんじゃないって、電気、電気漏れてる!」

 その行動が余計に放電を強め、みさおを黒焦げにした。

「ぎゃあああああああああああああああああっ」



 しばらくして、みさおが目を覚ます。

 みさおの目の前には、夕日に照らされるめいの顔があった。

 そう、めいの膝の上だった。

「え、えぇっ!?」

「バッ、これは、その、そういうつもりじゃないから! 私が悪かったから、ちょっと罪悪感あるだけ、それだけ!」

 めいは慌ててそう言って顔を背けた。

「そうか……」

 みさおは起き上がる。

 耳まで赤いめいの姿に、みさおは見惚れていた。

「見ないでよ、恋するわよ!」

 視線を感じて滅茶苦茶な事を言い始めるめいに、みさおは静かに言った。

めい、疲れてるだろ、休んどけ」


――疲れてるのは僕のほうかもな……。

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