Episode:11-4 5 Leagues Under the Sea
それから数時間が経過する。
広大な研究都市では浸水してもそこまで水位に影響はなかった。
ただ、その海水の流れは物凄い勢いで温度を奪っていく。
「ダブルプラスコールドだよ……」
ステラは身体を震わせる。
バッテリーは限界を向かえ、次第に冷えゆく身体。
「生命維持装置のバッテリーは切れた。保温機能はもうない……」
「私達、このまま死ぬのかな……」
その時、
「やだ、私から離れないで」
袖を掴む
そこに掛けられたのは、
「駄目、毛布なんて貸してもらったら、
「アンクールだね……」
「
「僕の体温は君達より冷え切ってる、見ての通り指先や耳は凍傷状態……君達を凍えさせてしまうから」
スタービジョンの制服を着ていない
「私達に優しくするのは、私達がスタービジョンのメンバーだから? それとも、
間を開けて
「ちがう、
「なにそれ、ずるいよ。そんな答え」
「
「……名前で呼んで。私達の事。もう、他人行儀で嫌なの」
「あーしからもお願い」
そこに
「……いいのか、
お互いにここまで人を求めあったことはなかった。
否、あったとしても、それは上っ面のものだった。
本当の意味での絆が結ばれ、極限状況を耐え忍ぶために身を寄せ合った。
動く訳にも行かないので、
「ウチの学校に来てた
それには
この極限状況で動き回るのは死を意味する。
そして、自分の知らないことを知ることで答えに近づくかもしれない。
「部分的には……だな。かのブルカニロ・モローのESP関連の論文で、精神分析学との関連が示唆されていたんだ」
人間と体の作りが違うからか、細菌の実験では発現確率120億分の1。
恐らく何らかの研究施設があの札幌にはあるのだろう。
「人間の意識というのはエスという衝動を根底に秘めているんだ」
そして、
「エスってのはちょうど今
「むーっ、これって何よ! こういう時だからこそそういう事考えたって言いじゃん!!」
「性衝動、破壊衝動、こういった反社会的な側面を秘めているそれは超自我という型枠……無意識下で社会的な規範に抑制される」
「動物は
「本能的な生き物であればあるほど、
その説明に対し、
「男性より女性の方が強い
その完璧な回答に対して、
「大正解。はなまるあげるよ」
「要らない……」
「超自我の形成には男女差があるとフロイトは言った。それはエディプス・コンプレックスに由来するという話だ」
「エディ……なんだって?」
「エディプス・コンプレックスよ。アンタ達、倫理の時間寝てるでしょ」
「エヘヘ、だってよくわかんないんだも~ん」
「ほんと~。難しいで~~~~~す。指揮官~~~~」
そんなおバカ二人に
「男の子は母親を愛するし、母親の隣りにいる父親を嫌悪する傾向にあるんだ」
「うんうん」
二人は頷く。
「女の子の場合でも同じような状況に陥るが、父親と同じそ、その……アレがないわけだ」
その後の
察した
「アレ?」
「……ごほん、ち……」
説明しようとする
「いや、言わなくていいから!」
「……うん、まあ、そうした経緯で女性は気ままで周囲によって超自我が変化しやすい形質を持つんだ。これによって、強い
「それに対して男性は母親によって超自我が形成されるが、父親という存在を理想の存在として同一化して内在化させる。それによって形成された超自我は強固で
「ってことはつまり、
突然の事に
「ち、違う!」
「ま、男なんて元来マザコンなのよ」
無言で頷くステラ。
「ちょ……」
「そこまで気にする? 私だってそれを言ったらファザコン拗らせてるようなものよ? 嫌い嫌いって言っても、それだけ執着するってのはやっぱり裏返しじゃない。好きと嫌いは表裏一体だと思うもの。自分の父はロクデナシだけど、なんだかんだ私は彼を忘れられない。それが悔しいって事だもの」
彼女の言葉に
「そうだね。親に対する愛って簡単には語れないものだ」
「エス……デストルドー、リビドー……か……後は生きたいって感情……ね……」
「生きたい……か……」
八つのメロディーから成る子守唄のような優しい鼻歌。
「その歌は?」
「どうして……今、この歌を歌ったんだろう」
「これは幼い頃、よく母さんが歌ってた気がする。僕を嫌って暴力を振るったり暴言を吐きかけてきて、いい思い出はないけど、この歌だけは大切なんだ」
再び歌い出す
「誰よ、音痴なのは!」
――まだ、こうして笑っていたい。
――まだ、生きていたい!
その願いは四人の心を束ね、一つの"道"となった。
四人が身を寄せ合う海底研究都市のはるか上。
オカマ忍者は海面に立ち、周囲を巨大な渦潮に変えていた。
上空には氷の粒が飛び、海中には渦によって高速で飛ぶ氷の刃が地獄を形成している。
パシフィック・Vと書かれた小型クルーザーが、その様子を渦の範囲外から眺めていた。
既にヘリや船舶が何度か撃破されている。
『クソ、スタービジョンが潜航してから4時間は経つというのに一向に連絡取れないと思ったら目標が顔を出すなんてな……』
『奴の体力は底なしか!? 一向に疲労する気配がない!』
『右腕を見ろ、
『クソ……このままではスタービジョンを回収できない!!』
エデンの人々はスタービジョンと連絡が取れず、敵性であるオカマ忍者が水面に顔を出したことにただならぬ危機感を覚えていた。
「ウフフ、アンタ方もこれでオシマイでござるヨ☆」
オカマ忍者は更に渦を巨大化させ、小型クルーザーを巻き込もうとしていた。
エデン仮設指揮車両の中、所長は一人の名を叫んでいた。
「
その時だった。
海の中から眩い光の柱が突き出し、それは周囲の空を金色に染め上げた。
渦が消え、波は静寂。
「なんなのかしら!?」
オカマ忍者のうわずった声。
その光の先を見上げると、光り輝く
三人は
そして、
『アレは……』
『計測不能です……ですが、恐らく!』
『周囲で異常なパウリ効果検出!! 機器が機能停止しています!』
それは、彼女の力が人智を超えた事を意味していた。
恐れおののくオカマ忍者はその脅威を倒そうと、水流ジェット噴射で跳躍、わずか数秒足らずで
オカマ忍者の氷の忍者刀が
それだけでオカマ忍者は海面へと叩きつけられた。
強力な斥力場……。
「あれは、ラムダ・フィールドか!?」
所長は車両の中で呟く。
「アインシュタイン方程式の斥力を表す宇宙定数Λ。その名前を関した現象。まさか二十年ぶりに見ることになろうとは……なるほど、
所長の言葉に、副長は苛立ちを見せた。
そして、
激しい閃光と共に、不可思議なエネルギーの奔流が放たれ、オカマ忍者を覆った。
「ごわぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁああぁああぁぁぁぁぁぁぁぁす!!」
光が収まると、
そして四人は気を失って海へと落下する。
そこに、パシフィック・Vが直進し、海面と衝突する前に四人とも掴まえた。
オカマ忍者は全裸の黒焦げアフロになり、海の上に浮いている所を巡視船に回収された。
所長は重苦しく呟く。
「ミスカトニックの連中は何かを隠しているわけだ。もはや一刻の猶予もない!」
夕刻。スタービジョン一同は定山渓温泉へと来ていた。
『本日 特務機関エデン 様貸し切り』
近未来と古風な造りが入り乱れた脱衣所。
カポーーーーーン。
富士山の絵が描かれた大浴場。
しかし、そのどれもが天然の温泉だ。
「どうだ、湯加減は」
そう声をかけてきたのは角刈りに筋骨隆々の大柄な体格の男、
「ジャグジーや水風呂、薬湯、電気風呂まで色々揃っているな。露天風呂ってのもあるらしいぞ」
「所長は楽しそうですね」
「まあな、昔の友人と銭湯に来たことを思い出してな、その友人はとんでもないバカで風呂で潜水の自慢したり泳いだりして大目玉を食らったんだ。挙げ句、俺まで巻き込まれて……」
「今の所長がそこまで言うなんてとんでもないトラブルメーカーだったんですね」
「おお、言うようになったな。アイツはトラブルメーカーなんてもんじゃ断じてねえ。でも、アイツがいない人生ってのは花のない庭園みたいなもんだと気づいたさ」
どこか楽しげに、どこか暗い顔を浮かべる所長に、
――そんな人がいたら、どんなに面白い人生だったんだろうなぁ……。
大きな壁を隔てた先の女湯。
「ねえ、
突然、
「ん~? どうしたのいきなり」
「
「……失礼しちゃう、あーしだって愛してる人は……ううん、なんでもない」
――あーしの想いはきっと形にしたらこの友情を壊しちゃうんだろうな。
――それは、できないから……心に秘めておく。
「れえれえ、おふたりぃ」
千鳥足で呂律の回らないステラに、
「ステラっちぃ!?」
横にはベロンベロンになった副長。
彼女が酒を飲ませたのだと
「このかへのむこうからぁ、しきかんのこえがしたよぉ」
フラフラと壁の方へと向かっていくステラ。
そして、バランスを崩しながら拳を構える。
「ちょっ、ここ公共施設だから!」
激しい破壊音とともに男女の壁が取っ払われ、お互いに隠すものはなくなった。
衝撃をモロに受けた
「ううん……なに……一体……!?」
起き上がった
興奮したことにより、鼻血を勢いよく吹き出して再び倒れた。
それに気づいた
「見るなって、言ってるでしょうがあああああああああああ!!」
それによりお湯を伝って所長や
「ぐわわわわわこれが本当の電気風呂ぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉおぉ!」
所長が電撃で骨が透けるように激しく点滅した。
脱衣所で目を覚ますと、所長が心配そうに声をかけてきた。
「大丈夫か? 彼女らと居ると飽きないな」
「ああ、本当にな」
着替えて戻ろうとする
「海水浴で思い出したことがあるんだ。ある重要な予知がでている」
その言葉で
「何分後だ」
所長は一拍置いて、静かに言った。
「遥かな未来の話だ」
『ハルカナミライ』
そう書かれたバインダーファイルを手渡す。
それを開いた
「これは……一体!?」
すっかり日も落ちて満天の星が煌めいていた。
「星が綺麗~~~~」
スタービジョンの三人も思わず感激する。
「わぁ~……さすが星空、めっちゃ綺麗だよね~」
「ねえねえ、あーしの山羊座ってどこかな」
興奮する
「まだ見頃じゃないさ。たしか秋だな。それに結構見ずらい星座だったはずだぞ」
子供らしく手を振り回す
「え~~~ぶ~~ぶ~~。じゃあ操君の星座探してあげるねーっ」
「水瓶座も秋後半だ。見たかったらプラネタリウムだな」
「むすっ。でもさ~こんな綺麗な景色、星空のアリエスって映画の中だけだと思ってたな~~~」
それでも感動が収まらない
「あの星達にも名前ってあるのかな」
そこに、
「あの明るい三つの星が夏の大三角」
「こと座のベガ、わし座のアルタイル、はくちょう座のデネブ」
「アルタイルとデネブは一等星で、ベガがそれよりも明るい零等星」
「よく知ってるな」
「父が、星……好きだったから。いい思い出はないけど、父と見た星空はよく覚えてる」
「いつの日か、星を差して言ったんだ。夢はあそこにあるって」
「だから
「実はね、スタービジョンの三つの星はイメージは最初から決まってたの。よく所長が夏の大三角の話をしてたんだ」
「あの星よりも輝こう。そして、僕は星を繋ぎ止める観測者として君達を支えて行く」
「――星に願いを託して、未来を作ろう。全てを越えた先に、明日はあるから」
星空を見上げる三人の少女と一人の少年は、明日へと羽ばたくのだった。
次回予告
特務
それは何故なのか。
衝撃的な結末は如何に。
次回、恋の原子核
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