Episode:11-3 5 Leagues Under the Sea
海中にあるドーム型都市。
都市というよりは小さな研究所や化学工場が密集した施設だ。
電気が消えており、真っ暗で静寂の空間と化していた。
「危なかったわね!」
「はぁ……ぜぇ……」
「制服の生命維持装置はバッテリーからして6時間は大丈夫だ、あまり動かなければの話だが……。問題は僕の方だけど……」
いつもの白いカットシャツと黒いズボンに簡素な救命胴衣。
衣服には
そこまで予算が回っていないのが現状なのだ。
もっとも、メカビートル4号の開発に宛てたのが影響している。
所長の個人資産が火の車という事もあり、今のエデンに余裕はないのだ。
「大丈夫! 指揮官はボクが温めるからねーっ! はい、アンクールでしょ?」
ステラはその場に体育座りをする
「じゃ、あーしもーっ」
「こんな事してる場合じゃないって、
その様子を見て
「ちょっ……!?」
「わお……」
その予想外の行動に
「恐らく敵はまだこちらを狙っている。ここに潜んでいてもすぐに気づかれるだろう。迎撃するしか道はないはずだ」
「
その時だった。
壁が爆発を起こし、白い冷気が立ち込める。
妙に化粧が濃い女性的な顔立ち。
黒いウェットスーツに首元に巻かれたマフラー。
忍者ともダイバーとも言える男が冷気の中から姿を表した。
「ア~ラ、アイサツがまだだったわ。まったく、アタシったら、スゴク=シツレイな事をしていたわネ☆」
男にしては妙に高い声で言った後、丁寧なお辞儀をした。
「アタシは
そのオカマ忍者という奇妙な響きに、皆は目を細める。
「オカマ……忍者……」
「ヲホホホ、そうヨ~。オカマ忍者☆」
オカマ忍者は口に手を当てて笑った。
「なんか文句ある!?」
低い怒りの声で圧を効かせた。
オカマ忍者の両腕に水が集中する。
それは徐々に手裏剣の形になっていき、高速回転した。
「ウフッ☆チョット本気出すでござるヨ☆」
足元から水流ジェットを放出させて跳躍し、そこから水手裏剣投げる。
頭上に張り巡らされている電線がいともたやすく切断された。
「地上戦なら、これも使えるッ!」
しかし、オカマ忍者は余裕の笑みを浮かべていた。
「たわけ……周りをよく見るでござるヨ☆」
鬼火で照らされ、ジュリアケミカルと書かれた看板が見える。
液体のタンクには火気厳禁、可燃物注意の文字が……。
「しまっ! 縮地!!」
大爆発を引き起こした。
寸前で
これ以上は
水手裏剣が
否、
「ボクを忘れちゃ困るよ!!」
ステラは
「このままだとジリ貧よ。本気を出せば一発で消し飛ばせるのに……」
「駄目だ、
歯痒い思いをしている
「僕にいい考えがある」
地面を凍らせ、スケートのように滑走して追いかけてくるオカマ忍者。
ステラは
しかし、前者は
ステラは考える事が苦手だが、彼女なりに戦いの運び方を考えていた。
「
そこに、
『遅れた! 君達、これから反撃に出る』
それは極限状態の二人にとって微かな希望の兆しに感じた。
「指揮官!」
「
『そこから二つ目の通路を右、突き当たりまで敵を誘導してくれ!』
「アイアイサー!」
ステラは脱兎のごとく細い通路を駆け抜けていく。
「無駄でござるヨ☆アンタ達はもう袋のネズミーランド。あの世の年パスを差し上げるワ!」
徐々に距離を詰めるオカマ忍者。
Sクラスの
『……敵は挑発に乗りやすいタイプと見た。その角を出た先で立ち止まれ!』
そして、ゆっくりとオカマ忍者の方を振り向いた。
オカマ忍者は建物の上へ軽快に降り立つ。
「あら、もう逃げないのかしら☆それとも……今すぐここで死にたいか、オンナ!!」
オカマ忍者は
「ここに穴を開けて入ってきたこと、そして
ステラは横に跳躍することで水の龍を回避する。
水の龍は床に着弾しても形を崩さず、ステラを再び狙う。
そこに
「条件は完全に整ったわね」
そう、その場はオカマ忍者が穴を開け、今も海水が流れ込んでくる場所だった。
流れ出た海水は巨大な水たまりとなり、広範囲に広がっている。
「……海水は電気をよく通す!!」
電流は海水……そして、オカマ忍者の放った水流を伝っていく。
それは、オカマ忍者本体への通電を意味していた。
しかし、オカマ忍者は感電しなかった。
「間一髪で!? なんて覚悟に反射神経……違う、あれは!」
しかし、切り離された右腕からは本来あるはずの血はなく、火花が断続的に散っていた。
その技術は人体改造の極みともされ、2030年にある程度の発展を遂げたもの……。
「――
オカマ忍者は口に指を当てて笑う。
「ウフフ、アタシは忍者の里出身よ」
そして、彼は身の上話を始めた。
「
一拍を置いて続けた。
「そう、特務機関エデンでござるヨ☆」
――動揺を誘うための罠だ。……今
言い返そうとした
「それで、気に入らないから女の子のケツ追いかけ回して満足したいってわけ? その戦闘技術、
「ア~~~ラ、アタシはオンナに興味なんてないノ☆興味あるのは、いい体でイケメンなオ・ト・コ」
その言葉に
その悪寒は当たり、オカマ忍者は
「アラ、アナタは中々いい顔してるわヨ? そうネ、あと6年もしたら食べ頃かしら?」
「16歳に手を出すって……もう、言い逃れできないわよ」
「そうネ☆アタシ、趣味が趣味だからそれくらい小さな事ヨ☆だって……」
一体を包む冷気が強まる。
「――いい男の氷像を保管するのが趣味だからなァ!」
ドスの利いた声と共に、周囲に光が差し込んだ。
照らし出されたのは無数の物言わぬ氷像となった研究者達。
その惨状に
そして、
オカマ忍者はそれを自慢気に見せびらかした。
「氷像は永遠、腐らないしその時の美しさを保ち続けるのよ」
オカマ忍者は一人の男の氷像に触れ、顔を舐め回す。
それから、傍にいた女性研究員の氷像眺める。
「ブサイク、オンナ、ガキ、ジジィの氷像は問答無用で破壊するしかないけどネ☆」
そう言って、凍った女の氷像を破壊した。
氷像のどれもに生命反応はない。
間に合わなかった、目の前のオカマ忍者に殺されたのだ。
「……コイツ、狂ってる!!」
その怒号に、オカマ忍者は飄々と答えた。
「そうかしら? エデン、アナタ達も同じ穴のムジナなのヨ☆」
ふざけた空気を消し、再び真面目なオーラで語り始める。
「
ニュースを耳にしていれば頻繁に聞くワード。
非人道的という事で国でも賛否の分かれるものとして扱われている代物で、昨今の国際問題として有名だ。
「脳を始め、必要な神経系だけを人間から剥ぎ取り、生命維持装置で生かされながら機械と融合する技術」
オカマ忍者は前提の話を終えると、静かに続けた。
「それを
そして、オカマ忍者が指差す先には巨大な竜の背骨らしきものがあった。
「その集大成があの巨大な骨格よ」
背骨からはただならぬ敵意が溢れ出していた。
「一体何人の
オカマ忍者の声には悲壮の感情が込められていた。
「ったく、自分達だけが潔白で綺麗だと思い上がってるんじゃねえぞ……」
その嘆きには確かな憎悪があった。
彼の目の前がふらつく。
――僕は、何も知らないんだ!!
それを支えたのは
「でも、アンタみたいに人を趣味でいたぶるような真似はしないわ! それに、こんな方法、これからは使わないって約束もできるじゃない! 昔酷い事をしてたからってそれを今も悪事を続ける奴に責められる筋合いはないわ!」
「必要なら殺しも許される……か。まるでカルトじみた思想だな。自由意志での快楽殺人と必要悪の殺し、そこに違いなどありはしない……それにな」
オカマ忍者は真面目な声色で反駁し、一拍を置く。
「綺麗事で世界が救えるほど世界は優れちゃいない。エデンはこうした技術に頼らざるをえない、多くの生活を豊かにするために少数を犠牲にし続ける。肉を取るために家畜を殺すようにな!」
オカマ忍者は堰を切ったように感情を露わにした。
それには
「大丈夫、あーし達がやることはただ一つ!」
「あの人にオシオキをするだけ!」
オカマ忍者を強く睨むも、彼は余裕の笑みを浮かべた。
「悪いでござるネ☆アタシ、7時からアメフトを見る予定なの☆」
瞬間、
オカマ忍者は水流ジェットによる跳躍でそれを避け、天井に張り付いて言う。
「もうアンタ達はこのまま放置しておけば勝手に凍死するわネ☆エデンの船が救助に来るからそっちを潰したほうが確実かしら! それじゃ、失礼でござるヨ!」
そして、外側を凍らせて水の体積を膨張させ、天井に穴を開けた。
白い粒子が光り、冷気と海水が流れ込む。
「クソ……もう打てる手がなくなった……」
生命維持装置のバッテリーもかなり浪費してしまった。
ステラと
「彼は挑発に乗りやすいが根にあるのは慎重で堅実な性格だ。この状況に陥ってるのも彼の術中に落ちているって事だろう」
「もう、私の主任なのに何やってるのよ!」
「すまない……僕は戦闘指揮に慣れてるわけじゃない。対して彼の足運びや
「忍者……だったっけ。何か知ってるの?」
「ああ、真偽は定かではないが2015年以前……遥か古い時代から天然
「ふ~~~ん」
「ねえ、
「わ、悪いか」
「別に?」
それから、
「何も彼は完全に僕達を殺しに来た訳じゃない。試しているんだろう」
「どうしてそう言えるの?」
「殺しに来るなら最初から姿を消せば良かった。なのに彼はそうしなかった。そこには何か意味があるはず……」
「意味なんて……」
彼女達にとって、敵は敵、相容れない価値観の存在。そういう認識だったから。
「エデンの闇、仕組まれたかのような運命。僕達は知らない事が多すぎる!」
それから、しばらく時間が経つ。
資材は湿って火種にできず、食料はほとんど流されていた。
バッテリーもほぼ限界が迫っている。
「ねえ、
隣で座る
「……
「ふうん、今でも親とわかり合いたいと思ってるんだね。やっぱり私と違うね」
そこが
どうしてもそれが我慢ならない
「私は……いつの日か言われたように、逃げてるだけだもん。
「私は自分を探られるのが何よりも嫌だった。心の奥底にあるものは醜いから」
「誰も私の本当の姿を愛さない、上っ面だけね。それくらいならいっそ嫌ってくれた方がいい。でも孤独は怖いの」
「エデンは、夢も希望も理想も絆もある。綺麗事に囲まれていて、それが心地よいから。……幻滅した? でも、こんなときくらい弱音は許して」
いつの日の夜のように否定されることに
「それならそれでいい。今の僕は、今の
「なになに、何の話してるの?」
二人がひっそりと盛り上がってる所に
「大して面白くない話よ。お互いにエデンに所属する理由」
それに付け加えるように、
「そういえば
「あーしは、あーしみたいな悪い子でも誰かを救えればそれでいいかなってカンジ。誰かの幸せがあーしの幸せ、ってね」
スタービジョンの制服のアクセントとして首から下げられている青色の宝石のペンダントが意味深に輝いた。
ステラは飛び跳ねて
「ボクはタイチョーも指揮官も
ある単語に反応した
「す、す、す、好き!?」
ステラは
「だって、ボクにとっては初めて道具以外の価値を見てくれたから。ボクに向けて色々な表情を見せてくれてるんだもん。それって今が幸せってことでしょ?」
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