Episode:07-4 The Only Neat Thing to Do

 ジグ選別機に繋がっているケーぺ式捲揚機。

 それらが備えられた巨大な立坑。

 グラップルを装着した油圧式の作業用人型重機ワークロイドが立坑の周囲に並んでいる。

 既に救助隊が入ってるのか、数台の救助工作車や強化外骨格パワードスーツも置いてあった。


『Hey!! メカビートル2号、待機成分分析! 主に窒素が77%、酸素が約20%、メタンが1.3%。……既に危険域だ、急いでくれ!』

 ステラと睦月むつきはサーフェスコロイドジェネレーターを起動させ、下層へと向かっていく。


 電灯が暗い坑道を照らす。

 坑木によって支えられ、大きな大人であればしゃがまないと満足に通ることも出来ない程の狭さ。

 隅にはダイナマイトやツルハシ、コールピックが雑に放置されていた。

 そこに、軽快な連続空間跳躍ジャンプの風切り音と岩を踏み砕く音が坑道に響く。

 時折、失神した炭鉱作業員を抱えた強化外骨格パワードスーツの救助隊が駆け抜けていく。


「ムツキさん、どうして目的地にバビューンって飛ぶのは駄目なの?」

「いや~~~、ここまで入り組んだ坑道だとこういう力は使いづらいのよ。こんな場所で いしのなかにいる! なんて状態になったら目も当てられないでしょ?」

 睦月むつき空間跳躍ジャンプしながら答える。

島風しまかぜさんもあまり土埃を上げないようにしてくれ。この坑内での塵の舞い上がりは炭塵爆発に繋がりかねない』

 そこにみさおからの忠告がはいった。

「は~い」


 坑道内を走っていると、メカビートル2号がめいの信号をキャッチした。

 それをエデン本部の女性オペレーターが伝える。

『スタービジョン1号、この奥です!』

 長く続いている通路から繋がっている縦坑の下。

 強化外骨格パワードスーツに見を包んだ救助隊員が三名程そこに集まっていた。

 その穴を覗くと電灯がなく、遥か底に微かな光が見えた。

 ヘルメットのヘッドライトや懐中電灯の光だろう。

 おそらく何らかが原因で崩落してしまったのか。


 その穴の中に赤い光を点滅させながら潜り込んだメカビートル2号の触覚に備えられた大気計測器が異常数値を伝えた。

『バカな、メタンが4.7%!? いつ貧酸素になってもおかしくないじゃないか。それにこの濃度、爆発の危険性が高い!』

「ちょっ、何がどうしたのかわからないけど、どうしてそんな事になってるのよ!? メタンってたしか可燃性で聞いたことあるけど、それってまずいんじゃ!?」

 睦月むつきも深刻な声音だ。

『コールベッドメタン。石炭層にはメタンガスが含まれているんだ。恐らくそれがなんらかの原因で漏れ出たんだろう』

「あーしの発火能力パイロキネシスは使えないってことか……地上までの長距離の縮地は無理ってことね。ひとまずこの下に閉じ込められた人々をこの坑道に退避させるよ!」

『それが無難な判断だな。大宮おおみやさんはその通りでお願い。島風しまかぜさんは近くにトロッコがあるはず。それを傍まで持ってきてくれ。長距離空間跳躍ジャンプについてはいい考えがある』

 そうして、睦月むつきが縦坑の下へと降りていった。


――空間認識能力をフル活用。


 暗い場所では正確とはいかないものの、それでも自分の持つ軍用懐中電灯と下にある僅かな光を頼りに空間跳躍ジャンプで華麗に着地した。


 ステラが近くまで古びた手押しトロッコを押してくる間に、睦月むつきは救助者十二名とめいを電灯が照らす坑道へと転移させた。

『あのバカ、SCGも使わずにここに飛び込んだのか。どれだけ無鉄砲というか……はぁ、足ばっかり引っ張りやがって。スタービジョン1号のSCG、及びカウンターショック起動!』

 隅に寝かせためいの胸辺りが浮き上がり、胸部に圧力を与え、肺へと空気を送り込む。

「げほっげほっ、何……?」

 むせ返りながら身体を起こすめい。しかし、酸欠の状態だったからか、まだ頭がぼーっとしている。

『やっと起きたか。全く、何してくれてんだよ! 要救助者を一人増やすなよ』

 みさおの厳しい叱咤にステラがフォローを入れた。

「そこまで言う事ないと思うよ~。たしかに良くないことだけど彼女なりにグッダストな事をシンクして行った結果だから……」


 突然、ステラの後ろの岩に貼り付けられた鉄板が震えだした。

 ガスの噴射とともに外れ、勢いよくステラの足元を飛んでいった。

「あうっ!!」

 ステラの白い脚から、血がどくどくと流れ始める。

島風しまかぜさん!?』

「大丈夫、ちょっとアキレス腱を切ったけど、まだ力は使えるから!」

 ステラは痛々しい声で答えながら、包帯を足に巻いた。



 救助隊員達は空圧を利用して、六名を抱えて脱出した。

「ムツキさん、リターン疲れがあるとは思うけどこれで仕上げだよ!」

 息を切らし、胸の星を点滅させる睦月むつきに最後の仕事だ。

『加速にはそのトロッコと島風しまかぜさんを使うんだ』

「ボクの全力を使ってスピードフルの状態に持っていけば長距離空間跳躍ジャンプ出来るでしょ?」

「うん……でも、ステラっち、その怪我……」

「あはは、さっきちょっとね……。大丈夫! ボクの力はこの程度じゃ止まらないよ!」

 ステラが怪力で要救助者達を抱えトロッコへと乗せていく。

 めい睦月むつきを含めて八名。


 ステラは最後に人が残っていないか確認すると、トロッコに目を向ける。

「……PK正拳突き!」

 筋力を込めた強力な正拳突きがトロッコの後部に命中し、急加速した。

 重心移動により、ステラのアキレス腱が痛む。

「ッ!」

 ものすごい速度で走り始めたトロッコ。

 ステラは姿勢を低くし、脚部が赤くなるほど筋肉を膨張させる。

 地面を蹴り、走るトロッコに追いつき、トロッコ後部を押しながら走り続けた。

 かなりの快速。しかし、長距離空間跳躍ジャンプには時速88マイルが必要だ。

『現在、時速70マイル』

 エデン本部の女性オペレーターが残酷な現実を知らせる。

 ステラは痛みを堪えて走り続ける。

 そこで、何を思ったのか、めいが立ち上がった。

「そんなに速度が出したいなら私だって出来るわよ!」

 めいは前髪から赤黒い火花を散らし、トロッコに電磁加速を与える。

『おい、このバカ!』

 車輪から散った電磁誘導により発生した火花が、空気中に充満していたメタンや炭塵に着火する。

 やや遅れてそれは炎へと変わり、坑道を包んでいく。

 轟!! とトロッコに迫る炎の壁。

 めいの電磁加速にも限界はあり、めいは途中で疲れ果てて胸の星が点滅しながらその場に倒れ込んだ。

『現在、時速76マイル』

 後ろから炎の熱気に当てられながらトロッコを押し続けるステラは焦りを見せた。

 ステラの足に巻かれた包帯に血が滲む。

「さっきの傷もあって、速度が出ない……!! 炎に追いつかれちゃう……!」


――疾くスピードワイズ……疾くスピードワイズ……。


『八名分の重みで速度が出ないんだ……』

 エデン本部にいる副長が静かに呟く。


 その時、一人の炭鉱作業員がトロッコから身を乗り出す。

「……仲間たちを頼む。俺のことは構わないでくれ」

『バカっ! 早まるな!』

「後輩に未来を託すのが俺の役目だからな」

 思わず止めるみさおだったが、声から伝わる仲間を思うその決意と覚悟に押され、受け止める。

『ごめん……』

 その一言に、その炭鉱作業員は涙を流し、手を離して火の中へと飛び込む。


 瞬間、彼は堰を切ったように叫んだ。

「いやだああぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ、死にたくないいいいぃ!! 俺にもやりたい事が!」

 誰もがその声に目を瞑る。

 もう一人、飛び出した者がいた。

 ステラが驚愕する。


「タイチョー!?」


 めいは胸の星を点滅させたまま死力を尽くして立ち上がり、その炭鉱作業員を助けるためにトロッコから飛び出したのだ。

 そんなめいに対し、みさおは思わず叫んだ。

『あのバカは! 自己犠牲だから美しいんじゃない、これはただの無駄死にだ……あのバカはこの期に及んで履き違えてるのかよ!』

 ステラはその時、赤ん坊を抱えているないはずの記憶が想起されていた。


――この感情は……?


 ステラは衝動的にトロッコを離し、めいの方へと走った。

 炎の壁が刻一刻と迫る。

 間一髪でめいの襟元を掴み、炎の前の地面を蹴ってトロッコへとめいを投げ入れて元の位置に戻った。

『現在、時速80マイル』

 徐々にトロッコの温度が上がっていく。

「間に合わない……! あうっ」

 包帯が真っ赤になり、包帯の許容範囲を超えた血が吹き出し始めた。

 睦月むつきが飛び出し、ステラの隣につく。

「あーしに任せて。ここからは反動推進による補助を行うから!」

 睦月むつきの背後から青白い炎が噴射した。

 トロッコは急加速するが、それとともに睦月むつきの胸の星は点滅を早めていく。

『現在、時速88マイル!』

「……今だ!」

 トロッコの車輪に火花が散り始め、前方に光が生じ始める。

 激しい閃光と共に、トロッコは青白い炎の轍を残したまま姿を消した。

 その後、激しい炎が坑道を包んだ。



 地上で帰りを待つみさおは手汗をかき、蒼白な表情で待っていた。

 極度の緊張で呼吸を荒らげ、動悸に乱れが生じていた。

 すると、立坑から激しい炎が吹き出した。

「おわぁぁっ」

 周囲の人々が驚く中、みさおの表情は絶望に変わっていく。

「皆……」


 そこに、閃光が三回生じ、三回目の閃光と同時にトロッコと睦月むつき達が現れた。

 みさおは思わず駆け出して、煤で顔を黒くした睦月むつきやステラに抱きついた。

 睦月むつきの胸の星の光が消えている……PSIサイパワーを使い果たした、奇跡であった事をみさおは理解した。

「よかった……無事で……」

 涙を流しながら彼女らも再開を喜ぶ。

 そこに、トロッコの中から出てきためいが声をかけた。

「あの……」

 その姿に苛立ちを覚えたみさおは、その頬に思い切りビンタを食らわした。

「いい加減にしろよ!」



 エデン本部の独房。

 そこでみさおは淡々と端末に記載された内容を読み上げる。

「独断専行、命令違反。これらは全部重大処罰ものだ」

 いつものような元気を失っためいは静かに言った。

「アンタもそうやって周りの大人みたいなこと言うんだ」

 みさおはあくまでも理性的に接しようとしていたが、その声から伝わる無責任さに感情が溢れ出る。

「違う、天城あまぎさんがいつまでも子供なだけだ!」

 めいは高圧的な態度にトラウマを抉られ、怒りで返した。

「うるさい! じゃあどうしろって言うのよ!」

「他の仲間に頼ればよかったんだよ」

「聞きたくない! そんな言葉、要らない!」

 どこまでも感情的で非論理的なめいの言葉に呆れ、みさおは淡々と返した。

天城あまぎさん、その身体と精神状態で無理して出るのもどうかしてるよ。君一人が居なくても他でカバーできた。今回の事は君が足を引っ張った。それで救えるはずの命は犠牲になった。違うか?」

 その言葉にめいは涙を浮かべる。

「私は不要ってわけ? 要らないんだ」

「そうは言ってない!」

「嘘つき! 普段からめんどくさい女、足手まといって思ってるくせに!」

 めいは感情を爆発させた。



 二日後の日曜日。

 雨降る早朝6時。

 いつも通り皆を起こすルーティーンが始まる。

 それぞれの部屋をノックして巡回する。

 しかし、めいの部屋が中途半端に開いていた。

「もう出たのか? 珍しく早いな……」


――否、これは……。


 心に胸騒ぎを感じ、リビングへと出た。

『魔法少女トゥインクル! プリンセス! リリー! アリサ! 悪の怪人め、許さない! 星の裁きで天誅を下す!』

 テレビがつけっぱなしでニチアサの魔法少女アニメをやっていた。

 キッチンでは所長が朝のコーヒーを嗜んでいる。

「おはよう」

「おはようございます、所長」

 雨という事もあり、いまいち気分が乗らない。

「ああ、冷蔵庫にピザが入ってるぞ」

 気がかりな事を所長に尋ねた。

天城あまぎさんは?」

めいか? めいならさっきコンビニに行ってくるって言って出ていったぞ」

 めいに厳しく当たってしまった事に対し、自責の念に囚われていたみさおは呟く。

「家出か……本当に……バカ……」



 雨の中、キハ283系気動車が俯いためいを乗せて遠くへと行く。

『次は~望来もうらい望来もうらい~』

 その駅で下車した彼女は、石狩ウォーターフロントへ目的もないままただ歩く……。



 次回予告


 めいはエデンからも逃げ出し、夜の繁華街に去ろうとする。

 しかし、彼らはそんな彼女をあっさりと見つけ出す。

 果たして彼女にとっての居場所とは……。


 次回、夜明けの街で

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