Episode:07-3 The Only Neat Thing to Do

 エデン本部の中央広場。

 女神像が置いてある噴水。

 そしてその周囲に円形に広がり、ベンチが並んでいる。


「チッ……はぁ……」

「どったの」

 ベンチに座りながら舌打ちとため息を続けるめいに、睦月むつきは声をかけた。

 俯いていためいの表情はこの世の終わりのようなげっそりしたものだった。

「今日は重い日だから食欲ないのに、学食のおばちゃんに若いんだから食べなさいって大量に盛られて……」

 睦月むつきは横に座り、彼女を労った。

「ふぅん、道理で朝からイライラしてると思ったわけねー」

「私、別に子供とか要らないのに……」

 落ち込むめい睦月むつきは明るく応じる。

「そんな事言われてもな~」

 そこに、みさおがドクターペパーを飲みながらやってきた。

「……昼間のエデン本部中央広場でなんて会話してんだよ」

 今のめいにはいつものように羞恥の表情を浮かべる余裕もない。

「今イライラしてるからそれ以上喋ったら口を縫い合わすわよ」

「はいはい、そうかい」

 手を振りながら去るみさおに、睦月むつきは苦笑いしながら手を振り返した。

「ま、そういう日もあるよね~」



 エデン本部の司令室に野球ボールが飛ぶ。

「フライだ、取れ取れ取れ取れ」

 エデンの職員達が普段は使わない司令室最下層の広い空間を使って野球をしていた。

「ナイスキャッチ! はい、アウトー」

「ハイターッチ!イエイ!」

 次の打球は三塁打、と思った瞬間。

 無数の紙飛行機がボールを包み、金髪の軽薄そうなオペレーター、伊吹 翔いぶき しょうの手元へと戻る。

操紙能力ペーパーハンド使うのは反則だぞ!」

「そんな事言われても野球のルールにはそんな事書いてなかったぜ~~」

 しょうは大人気なく踊りながら相手を煽る。

 そこにみさおが入ってくる。

「なんで皆、司令室で野球してるの?」

 もっともな疑問である。

「いや、そりゃ暇だからな……」

「中々いい運動になるぞ」

 所長も参加していた。

 副長は……というと、上部の階層に居り、一人で一手一手立ち位置を変えながら囲碁らしきものをやっていた。

 よく見ると時折碁石と将棋の駒が混ざっている。

「副長は暇だから将棋と囲碁を戦わせているんだってさ」

 みさおは「最上もがみさんや僕が忙しく仕事してるのに何をしているんだよ」というツッコミが出る前に、情報処理量をオーバーしてしまった。

「ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」

「あ、フリーズした」

 イライラを募らせためいが司令室に入ってきた。

「……」

 そして、無言で壁に張り紙をしてすぐに出ていった。

『司令室で野球、テーブルゲームをしてはいけません by冥』


 そこにまた新しい人が入ってきた。

「なんだ、随分静かだな」

 紺色のスーツを着たキッチリした男。

 その姿は見覚えのあるものだった。

「あっ、岩松いわまつさん!? どうしてここに!」

 みさおはフリーズから解け、驚いた反応を見せた。

 ジェットスターのハイジャック事件の時に一緒に活躍してくれた内務省直属警察の人だ。

 みさおは一つの懸念が頭に浮かぶ。

「もしかしてここも監査対象に……?」

 慌てて岩松いわまつはそれを否定した。

「いやいや違う違う、今日から君達の仲間になるのさ」

「本当~?」

 内務省直属警察……スパイということでみさおは疑惑の目で見つめる。

「いやいや、彼が言ってることは真実だ。思わずティンと来たんでな、引き抜きってわけだ。本日付で彼はエデン札幌支部の保安部所属だよ」

 所長が野球グローブを外しながら言った。

「よろしくな」

 岩松いわまつは笑顔で挨拶する。


――こんなバカな組織なら一回真面目に監査されて処罰されてくれ。


 みさおはそう思った。



 青空のもと、銀色にそびえ立つ鉄塔。

 無数の電線が架かる。

 道路標識。

 割れた道路、廃棄された線路と朽ちた鉱車。

 周囲に広がる東丘炭鉱住宅街。

 歯車や蒸気機関に溢れ、札幌とは違った街並み。

 オセアニア戦役による石油の価格上昇により石炭の需要が上がり、五大都市開発によるエネルギー問題も生じ、急ピッチな開発が進められた。


 その炭鉱都市の中から、水泡が勢いよく上空へと飛び出す。

 空中で水飛沫とともに弾け、水泡に包まれていたカプセルも割れて消えていく。

 カプセルの中からはスタービジョンの超能力者サイキック達が飛び出し、電磁浮遊、反動推進、筋力強化による着地と各々の方法で落下の衝撃を抑える。

 一人、重力に身を任せたみさお睦月むつきが受け止めた。

「ナイスキャッチ! やーりぃ!」


 数分前に炭鉱での事故の予知をソロモンⅢは確認。

 予知の時間までは猶予がなく、長距離空間跳躍ジャンプを使うか検討したが、炭鉱事故という情報から睦月むつきの体力を温存するために214番ケルビムを利用してここまで来たのだ。

 不機嫌そうなめいの様子を見る。

「……」

 本来は連れていく予定などなかったものの、どうしても行くという一点張りで聞く耳を持たなかった。

天城あまぎさん、本当に大丈夫か?」

 心配そうに優しく声をかける。

「なんでもない。それより予知の場所は!?」

 めいはそんな彼の心配も知らず、ただひたすらに急かした。

 彼はめいのバイタルデータ、メンタルグラフを表示する。

「……バイタルデータを見たら明らかに無茶だ」

 右上に表示されているデジタル時計が目に入った。

「あぁ、時間がない、大宮おおみやさん、島風しまかぜさん、北炭夕張炭鉱第四砿へ……バカッ行くな!」

 めいは場所を知った途端、すぐにピロロロロロロと音をたてながら飛び上がり、電線に電磁力を飛ばしてワイヤーアクションのように目的地へと軽快に飛んでいった。

「うるさい、黙れ! 私はァ!」

 慌てて走り出すみさお

 しかし、彼では追いつけない。

大宮おおみやさん、島風しまかぜさん、あのバカを止めてくれ! 単独では無茶だ!」

 睦月むつきは連続した空間跳躍ジャンプで、ステラは強靭な筋力を活かした跳躍で同じ場所へと飛んでいった。



 みさおは走って追いかける。

 しかし、道路封鎖をしている警察官に止められた。

「ここから先は通行規制がかかっている。大人しくかえんな、小僧」

「通してくれ! 通行止めでギネス挑戦してる場合じゃないんだ!」

 それでもみさおを通さない警察。

 そこへ睦月むつきが後ろからやってきた。

「ごめんね~、ほら、ボク、帰るよ!」

 姉のフリをして警察に会釈をしながら走り去る。


 死角にたどり着くと、すぐに空間跳躍ジャンプをし始めた。

「どうして戻ってきたんだ」

 みさおは連続空間跳躍ジャンプの最中に聞いた。

「いや~~~、どうもめいちゃんには追いつけなくて、参ったよ。にはは。ほら、あの子の機動って直線じゃなくて曲線でしょ?」

 睦月むつきは頭をかきながら照れながら言った。

「ステラっちが先行してるから、とりあえずは大丈夫っしょ!」

「あの道路封鎖を見るに炭鉱事故はもう発生しているかもしれん、炭塵爆発? ガス漏れ? それとも落盤か……見極めなければ!」



 目的の入り口へとたどり着いた。

 ホイールローダーやモータースクレーパー、ダンプトラックやモーターグレーダーなどの作業用重機がいたるところにある。

 周囲にはボタ山が点在していた。

 要所要所に鉱山鉄道用の路線が敷かれており、そこに隣接するようにホッパーと呼ばれる貯炭槽があった。


 ステラは待機していたが、めいの姿はなかった。

「あのバカ……!」

 みさおは最悪の状況に思わず毒づいた。

「ステラは意外とお利口なんだな」

 そう言ってステラを撫でる。

「でへへ~。命令されてないから駄目かなって!」

 みさおは一呼吸すると、真面目な口調で命じる。

「よし、スタービジョン、緊急出動ディスパッチ! 坑道内の状況は逐一報告、些細な事でもな。あのバカを見つけたらすぐに連れ出せ」

「イエス・サー!」

「らじゃ!」


 そして、胸ポケットから小型の何かを取り出した。

「行け、メカビートル2号!」

 カサカサと銀色の何かがうごめいた。

「いやあああああああああっ!」

 時速30kmはあるであろうそれの動きとフォルムは、本州で皆から嫌われているあの害虫そっくりだった。

「カミキリムシ型の偵察機さ。カミキリムシのように、口部の圧縮空気カッターを使って扉をこじ開ける機能もあるぞ」

 睦月むつきはそれが機械であることに安堵するも、生理的に受け付けないフォルムに距離を取りながら言った。

「どう見てもメタリック・アレだけど。あの……ゴッキーは甲虫ビートルじゃないでしょ……」

「だからカミキリムシだっつーの!」

 みさおはその機械を坑道に解き放つ。

「頼んだぞ、メカビ」

「メタリック・アレ!」

 睦月むつきはその呼びかけに被せ、最悪な名前で叫んだ。

「その名前で呼ぶな!」

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