第8話-1 夜明けの街で

 石狩ウォーターフロントへと続く長い斜張橋。

 雨の中を、めいは俯いて歩く。

 横を通る自動車が水飛沫をはねて、空色の雨合羽をバシャリと濡らしても、気にもとめずに歩み進める。

 ひたすら歩き続けてすべて忘れることが、今の彼女の現実逃避の手段だった。


 

 円形に広がる要塞都市、石狩ウォーターフロント。

 対ソ連の名目で開発された陽電子砲ビッグ・ブラザー・レイは、外壁からでも見上げれば視界に入るほど巨大だった。

 その周囲には、太陽炉と呼ばれる新型の発電施設が八基立ち並んでいる。



 第二高射砲建造予定地と書かれ封鎖された区画。

 壱と書かれた太陽炉にはタワークレーンが入っており、現在も建造中である事を知らせる。

 めいは停まっていた電車に乗り込み、石狩ウォーターフロントの市内へと入った。


 市街区画の雰囲気は札幌都心とそこまで変わらない。

 双海クリニックの看板。

 トラックのクラクション。

 灯りの付いた水晶ゼミナール。

 雨に打たれる信号機。


 アンドロイド専門店の大型ディスプレイがめいを感知して映像を写した。

『シリウム310の完成のお陰で、より進化した自立人工知能搭載家庭用アンドロイド、ミズキ型、ツムギ型が新登場。警備等にもってこいの秩序インターフェースを搭載したモデルはシホ型がラインナップされています。専門家であるES工業大学教授のキサラギ博士にお越しいただきました。先生、このような人工知能の開発状況について意見をお聞かせください』

『おそらく人工知能のベースで言えば前期量産モデルのセリカ型を改良したものでしょう。基本理論はあのバーチャルシンガー、ハル・アイカに用いられているものや日本空軍の無人戦闘機などに使用されているもののコピーにすぎないのですが、セリカ型の部分で優れているのは自己保存本能を持ったバイオニューロチップ……動物的な本能すら持っている状態ですね。言ってしまえばもはや彼らはロボット三原則に従っている部分以外は我々人間と同じなのです。機体化インプラントを行う人間もいますし、最近話題の完全融合ニューロプラスパワードって技術からも察する通り、案外機械と人間の境目ってないのかもしれませんね。人間には魂がある、機械には魂がない、事くらいでしょうか』


――きっと、私は人間じゃないんだろうな。


 そう心の中で嘆くと、その場を走り去る。



 昼頃、みさおは十七回目の電話だ。

「電話が通じない……。着信拒否されてるかもな……。あんなに傷つけてしまうくらいなら、このまま僕とは離れたほうがいいのかもしれないな、お互いに」

 副長がコーヒーを飲みながら意気消沈するみさおに声をかける。

「ヤマアラシのジレンマね。親しくしたいのに、心のどこかでお互いに傷つけ合うことを気にして、距離を取ってしまう」

「わかってるさ。でも、僕は結局こうでしか彼女と接することが出来なかった。僕の落ち度だよ」

 どこまでも自分を責めるみさおに副長は呟く。

「不器用なのね、お互いに」



 雨も上がり、綺麗な夕日に染まる夕暮れ。

 電線に無数のカラスが止まる。

 カラーコーンとコーンバーで区切られた工事現場。

 子供たちの笑い声が響く北極星幼稚園。

 そして、心地よい潮風。

 札幌方面を見ると、夕日に照らされたビル群が見える。



 すっかりと日が落ちた頃。

 第九地区と書かれた看板の上に、出来損ないのグラフィティがシンナー塗料で吹き付けられている。

 その向こうには、五番太陽炉 高圧電流注意と書かれた警告と有刺鉄線がある。

 入り乱れた迷路のような雑多な袋小路。

 薄暗く、ネオンが怪しげに光る。


「も~~~っ、カレったら女に浮気しちゃったのよ~~~~~、結局ノンケだったのよぉ~~~酷いわ!」

「男なんてそういう生き物よ、次行きましょ」

 ゲイバーの前でのやり取り。

「俺だ、ああ、忍者部隊を派遣して若頭を始末した」

 高級車を止めて電話するヤクザ。

「あん見てんだコラァ」

 ガラの悪いチンピラが裏路地から睨みを利かせる。


「……」

 カラフルなネオンに照らされながら、俯いて歩くめい

 大きな電光掲示板に目を引かれ、「タポロシアター」なる映画館へと入る。



 スクリーンには、白黒でノイズ混じりの昔の映画が上映されている。

 反応弾の実験で誕生した怪獣が新幹線を掴んでいるシーンだ。

『ギャオオオオオオオオオオッ』

 場面が大きく切り替わる。

『博士、例のアレは出来たんですか!?』

『よし、この酸素を破壊するカプセルでこの怪獣を倒してやる!』

 倒される怪獣に自分を重ね合わせ、映画館を抜け出した。




 めいはカプセルホテルに泊まった。

 コンビニで買ってきたトマトケチャップを飲み干して投げ捨て、カップ麺をすする。


――私は人を傷つけることしかできないんだ。だから傷つけるくらいなら離れた方がいい。


 めいは意味もなくソーシャルゲーム エト戦記の周回を行っていた。


――虚しい。きっと一人は嫌なんだろうな。私。


 備え付けの小型テレビを見ながら寝転がる。

 無意味にチャンネルを切り替え続ける。

『ゲストはサンダァ☆めいでんです! どうぞ!!』

『今日のオリビアの泉は、雑学スペシャ』

『今週はジャングルのUMA、ウンババを探しに行こ』

『合言葉はヴィーナスのV!』

 PSIサイヴィーナスが写った瞬間、今までの出来事を想起した。

 彼女への憧れ、それからのエデンでの日々。

 みさおとの出会い。

 第三艦隊での出来事。

 PSIサイヴィーナスに対して、知らないはずの自分の母親を重ねていたこと。

 胃に流し込んだ食べ物が逆流する。

 ゴミ箱にそれらを全部吐き出した。



 めいは平日の朝から学校にも行かず家にも帰らず、ゲーセンに入り浸っていた。

 アイドルをプロデュースするゲームの筐体、流行りの機動騎士アルビオンの格闘ゲーム、昆虫のじゃんけんゲームなどなどが並んでいる。

 めいはずっと侵略者を撃つ昔のゲームをやっていた。

 虚ろな目には画面の光が反射している。

「お客様、連コでのプレイは他のお客様のご迷惑になるのでご遠慮ください」



 正午過ぎになると、今度はネカフェに長時間滞在した。

 協力してモンスターを倒すMMORPGだ。

 そこでもパーティをめいは居場所を作れず、組んでは別れを繰り返していた。


May:vivi_rabbiさん、lilyさん。今日はよろしくお願いします

lily:はい、よろしくお願いします~!

vivi_rabbi:ビビッとよろしく~(*>△<)

lily:あのー失礼かもしれませんが学生ですか?

May:関係ないでしょ

vivi_rabbi:こんな時間からネカフェでinってお金持ちなんだね


「チッ、アンタにはそんな事関係ないでしょ……!」

 怒っためいはネカフェのPCを蹴り飛ばした。



 近くにあった大きめの公園。

 日が暮れてくると、街灯が点き始める。

 めいは自販機を蹴って手に入れた大量の缶ジュースを抱えて歩く。

 そしてベンチに座り、噴水の周りで遊ぶ子供たちを眺めていた。

 そこには仲のいい姉弟。

「まってよ~~~りっく~~~ん」

 ヒーローごっこをしていた。


――今の私は正義のヒーローなんて名乗れるほど高尚じゃないわよね。


――私の居場所って結局何処なんだろう。


――気丈に振る舞っているけど、本当は他人にどう見られているか気になって仕方ない。


――本当は強くない。


――他人に縋るといつか反動がくるんだ、こうやって。


――私の未来なんて誰も保証しない、そのくせに責任ばかり押し付けてくるから……。


「皆皆皆皆皆皆、だいっきらい!!」

 その声は公園に響いた。

 遊んでいた子供たちがめいの方を向いた。

 そして我に返っためいは走って立ち去る。

 公園の中央に立っている時計台から、子供たちが帰る時間を知らせる音楽が流れ始める。


 予報通り、17時35分22秒で雨が降り始め、12分7秒後には土砂降りになった。

 再びスラム街へと戻ってきた。

 廃墟のようなマンションが立ち並ぶ。

 それはまるでブロックを何重にも重ねたようないびつさ。

 コンクリートの壁には105638、イロトリドリ等と落書きがされている。

 迷路のようなスラムの中は一日中光がなく、常に夜の繁華街のようだ。

 ストリップや賭博場、暴力団の事務所等も多くあり、非常に治安の悪い地域になっている。


 本来であれば女性が一人で歩くのは危険な場所なのだが、めいはそこをお構いなしに突き進んでいった。

 奥へ、奥へと進むと湿った空気がより強まり、悪臭や悪寒がめいを襲う。

 狭い路地の端に目をやると、ボロボロの布に身を纏ったストリートチルドレンが体育座りしていた。

 彼らには痣や切り傷が大量にある。

 何よりも、彼らは何日も何も食べていないのか、痩せ細っている。

 口をパクパクさせて何かを紡ぐ。

「あ……たう……けて……おな……す……いた……」

 その後、ハッキリした声が脳内に直接響く。


『たすけて、おなかすいた』


 精神感応テレパス

 親は恐らく超能力者サイキックを嫌い、ここに捨てたのだろう。

 この一帯は無法地帯だ。

 捨て子の一人や二人、行方不明者として処理される。

「っ!」

 その現実にめいは走って逃げる。

 しかし、何処に逃げてもストリートチルドレンがいる。

 念動力サイコキネシスでゴミを漁る子供、発火能力パイロキネシスで弱い火を起こして身体を温め合う子供。


――私は今まで見て見ぬふりをしてただけだったんだ。


「この子達と同じように、私の居場所なんて何処にもないんだ」

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