第8話-2 夜明けの街で

 点滅するネオンライトで示された水銀屋の文字。

 ネズミや害虫が闊歩する汚い地面。

 雑居ビルがひしめきあう光景は廃墟を複雑に組み合わせたようなものだ。


 そんな悪臭漂う場所でも自分の臭いが気になるほどになっていた。

 髪だってボサボサだ。

「何日も風呂に入ってないし洗濯もしてないからからニオイも酷いわね……あははは……」

 カップ麺をすすりながら歩く。

 肉がぶら下がっている露店、ボロボロの看板が掲げられた歯医者、エビの殻が周囲に散乱しているエビ剥き屋。

 ブラウン管や蛍光灯、ニキシー管が大量に積まれたゴミの廃棄所。

 そしてそこで眠るのは痩せ細った老人。

 赤々と光る龍門棟と書かれたネオン。

 鏡屋に差し掛かると、合わせ鏡の形で姿見が置かれていた。

 雨の音が徐々に近づいてくる。

 やがて、廃墟のマンション街を抜け、川沿いの繁華街へと出た。


 降り続ける雨、鼠色の空。

 簡体字で書かれたネオンの看板。

 廃棄物が垂れ流される川。


 めいは橋の下に目をやる。

 鼻歌を歌いながらホームレスをリンチする男達が居た。

 前までのめいであれば止めに入ったものの、今の彼女にとってはどうでもいい些事だった。

 フードを深々と被り、立ち去ろうとすると後ろから声をかけられた。

「お、そこのねぇちゃん激マブだねぇ~~~~~どう? 俺達とこれからお茶しな~~~~い~~~~~?」

 肩を掴まれる。

 めいは自分の身体に触れられた事に対し、怒気を込めた睨みの目線を向けた。

「あ? 何ガンつけてんだコラァ!」

 その男は顔を殴ろうとした。

 しかし、それよりも先に肩に触れた手から流れる高圧電流が彼の身体を駆け巡る。

 そして、肩を掴んで手を持って土手へと投げ飛ばした。


「おい、ヤス、どうした!」

 不良の一人が突然失神した仲間を心配して駆け寄る。

 他の不良達は一斉に武器を構えてめいの方へと走った。

「てめぇこの野郎!」


 スタンガンを持った男がめいにスタンガンを押し当て、電気を放つ。

 しかし、めいは微動だにしなかった。

「スタンガンが効かねえ、どうなってる!?」

 メイスを持った男が先程の状況からめい超能力者サイキックである事を察した。

「そうか、超能力者サイキックのガキか、ならアレでやっちまおう!」

「ボコボコにした後はマワしてお楽しみと行こうぜぇ!」

 土手の上に停まっている黒いワゴンからスピーカーのような装置が出てきた。

 めいにとっては見覚えのあるもの、PSIサイジャマー。

 超能力者サイキックPSIサイを無力化する装置だ。

「これでてめぇもただのガキ同然だ!」

 バール、金属バット、鎖鎌、メイスを持った男達が一斉に襲いかかる。

 しかし、前髪から赤黒い火花が散り、周囲へと放たれた。

 それを浴びた男が失神する。

「バカな……くそ……PSIサイジャマーが効かねえぇ!?」

 深く被っていたフードが取れ、テレビや雑誌で見る赤い目と黒い髪が現れた。

 その時に見たほどの艶やかさはないにせよ、PSIサイと顔つきで本人であることを疑う余地はなかった。

「バカな! 天城 冥あまぎ めいがどうしてここに!?」

 不良はナイフを構え、めいの顔めがけて投擲する。

 しかし、命中寸前の所でナイフは弾かれ、めいが自身を電磁投射して勢いよく迫る。

 至近距離から電気ショックを浴びて気絶させ、そして倒れた不良をめいは容赦なく蹴り飛ばす。

「この! どうだ、思い知ったかしら! へへへぇ」

 雨の中、めいが不敵な笑みを浮かべた。

「このぉっ!」

 残った不良が鉄パイプを振りかざし、めいの頭部を狙う。

 しかし、不可視のバリアに阻まれた。

 めいはその鉄パイプを掴む手首を握る。

 生体電気を操作し、リミッターを外した強い力でその手首の骨をへし折った。

「ぎゃあああああああっ」

 そして、腹に何度も蹴りを入れる。



 それから、めいは蹴散らした不良の仲間、友人などに何度も襲われ、その全てを返り討ちにしていく。

 木刀を持つスケバンを、メリケンサックを嵌めたバンカラの高校生を、特攻服に身を包んだ暴走族を、緑の服装に身を包んだカラーギャングを、警棒を持つチンピラを、騒ぎで駆けつけた警官すらもその圧倒的な力で蹴散らした。

 しかし、自分の強さへの実感は得られても自己肯定感が得られたわけじゃなかった。

 力を振るえば振るうほどに感じるのは自分が父親に言われた通りの化け物であるという事。

「強い力を振るっても得られるのは金と虚しさだけね……」


 そして、暴力はより強い暴力を呼ぶ。

 めいの元に来るのは拳銃で武装した暴力団や武装警察軍と大きくなっていった。

 しかし、誰であろうと、今のめいを止められる者は居ない。


 ヘルメットやハチマキを巻いて、旗を掲げた人々が集う夜の廃工場。

 扉の向こうで鈍い音が響いた。めいはトマトケチャップを飲み干すと、ボロボロになった見張りの男を工場に投げ込んだ。

「……アイツは……!」

 一斉に襲いかかるも、全て返り討ち。

 パワーショベルに乗り、アームでめいを攻撃しようとするも、パワーショベルが磁力で持ち上げられ、遠くへと放り投げられた。

 ガンゴンバキンとひしゃげる音。

「私ってこんなに強かったんだ……あははは」

 虚しい表情で涙を流しながら笑う。


 めいは倒れている男の胸ポケットからはみ出ているビニール袋のようなものが目に入った。

「これは……?」

 取り上げると、それは小さなビニール袋に入った白い粉だった。

 それを取り上げられた男は震えながら手を伸ばした。

「返せ……それは俺の……生き甲斐……なんだ……」

 焦点の定まらないギラギラした目、震える手足、腕には無数の注射の跡。

 みさおが家庭教師として教えていた授業の一つを思い出した。

「……ふ~~~ん、そういう事ね」

 めいは彼の服を物色すると注射器を見つけ出し、用済みとなった男性の横っ腹を踏んで去っていった。



 男性から奪い取った注射器と白い粉。

 虚ろな目でそれを見つめる。

「……もう、いいや」

 そこに人影が現れる。


「それを使えばもう戻れなくなるよ。本当に廃人になりたいのか?」


 その声はみさおのものだった。

 無数の軍用懐中電灯が小汚いめいの姿を照らし出した。

 周囲には黒服とフェドラハットにサングラスをかけたエデン諜報部の男が数名。

 忠告に返事はない。

 みさおは容赦なく彼女の顔面を蹴り飛ばした。

 めいは反応も抵抗もせず、痛む頬を抑えた。

「これより本部に連行する。連れて行け」

 みさおは冷酷に淡々とした口調で続ける。

「冷たいね。アンタは」

「今の天城あまぎさんに優しく出来るだけの余裕なんか無いって事だよ」



 真船 操まふね みさおのヒミツ②


 カレーにはグリンピースや人参を入れないらしい。

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