Episode:08-3 Stand by Mei

 エデンの所有する軽装甲機動車が雨の中を走る。

 後部座席に座るみさおめい


「久しぶりだね」

 猫撫で声のようでありながらどこか怒りを込めたみさおの言葉。

「そうですね」

 淡々と返すだけのめい

「全部影で見てたよ。君の愚行は」

 みさおはバングルフォンを起動して写真を表示し見せた。

 カプセルホテルの監視カメラ、ゲーセンに入り浸る姿をドローンによる空撮、川沿いで不良と喧嘩している所の衛星写真。

「そうですか」

 その後、めいは抑揚のない喋り方で続けた。

「監視カメラや諜報部は使いたくないとか、人に管理される生活に同情したとか、全部ウソだったんですね」

 その姿勢に苛立ちを覚えたみさおは舌打ちをしてから強い口調で言った。

「今の君にはそういう手段が必要だっただけだっての!」


 それから、汚い雨合羽やボサボサの髪を見て言った。

「非行を繰り返してほっつき歩いて気は晴れた?」

 しばらくの無言の後に小さい声で返した。

「……わからない」

 みさおは彼女のはっきりしない態度にため息をついた。

「スラム街での出来事は権力と最上もがみさんの記憶操作アムネシアを使ってもみ消した。苦労ばっかりかけるね、君は」

 それから、みさおは彼女を責めるように言葉を続ける。

「で、スタービジョンは続けるの? やめるの? どっち」

 俯くめいみさおは二択を迫った。

「わかってるわよ……やればいいんでしょ、やれば!」

 めいは諦めたようにふてぶてしく、強く言った。

「そういう気持ちでやってるのが一番嫌なんだって。居直ればいいとでも思ってるその逃げようとしてる思考がね。嫌ならまた元の生活に戻れよ……。僕は天城あまぎさんがどんな人生を送ってきたかなんて知らない、けどな……今のままやっていくなんてそれこそ無駄だ……。スタービジョンの事も僕の事も全部全部忘れて! もう憧れも理想も夢もないんでしょ? なら無気力なまま勝手に生きてろよ!!」

 はじめは冷静になっていたものの、堰を切ったように感情的になるみさお

「でも、私がやるしかないんでしょ? 私がSクラスの超能力者サイキックだから……いいですよ。災害派遣でも事件解決でもなんでもやりますよ。だから、命令ください。今度は従いますよ。命令。私達超能力者サイキックは下僕ですから」

 どこまでもヘーコラする態度はみさおの逆鱗に触れた。

「何かあれば超能力者サイキックを言い訳に逃げるの? 他の超能力者サイキックにも失礼だな。か弱いシンデレラ気取ってりゃ白馬の王子様が救いに来てくれると思ってるのかよ、甘ったれるな!」

「君は最初からそうだろ、現実から、親から、状況から逃げて、逃げ続けて、それで仕方なく特務超能力者サイキックやってるんだろ? だったらやめちまえって言ってんだよ」

 めいはその説教に耳を傾けず、ただ呟いた。

「やっぱりアンタじゃ私と分かりあえなかったね。さよなら」

「そうやって他罰的な所が気に入らないんだよ……」



 エデン本部。

『EDEN ID CARD NAME:天城 冥アマギ メイ DATE OF BIRTH:5/22/2019 GENDER:F ADDRESS:北海道札幌市中央区南19条西16丁目A-18 十六夜寮 101号室 CLASS:一等超兵』

 そう記されたカードが細かく十字に刻まれ、破壊される。

「これで貴方はこの組織の人間ではなくなった、荷物をまとめて出て行くがいい」

 黒服の人がめいに命じる。

 めいは立ち上がり、エレベーターで地上へと向かった。



 副長がエデン本部の噴水広場にやってきて思い悩む。

「本当に良かったのかしらね。あのままじゃ何処へ行っても嫌われるか利用されるしかないわ」

「しかし、この件は上にどう報告するんです?」

 副長の率直な疑問に、所長は答える。

「まさか、上がこの程度の事態予想してなかったわけもないだろう」

「代案もあるさ。恐らくな」

「恐らくって……」

 どこまでも計画性のない所長に副長は呆れの声を漏らした。

 端末を操作しながら去っていく所長は副長に一言伝えた。

「ソ連にトリプルのSクラス超能力者サイキックがいるさ。いざとなったらそのルートで行く」

 その回答に副長は絶句する。

「ソ連って……それに、まるで使い捨ての道具みたいに……所長の今の言葉は超能力者サイキックは運命の奴隷だって言ってるようなものよ?」

 所長はその言葉に少し時間を置いてから重苦しく答えた。

「運命の奴隷……か……。それは我々も含めてじゃないのかね、麗華れいか

「それはどういう」

 意味深な言葉だけを残し、所長は地上へと向かった。



 バータイムの喫茶店アルカディア。

 外には激しい雷が鳴る。

 みさおはカウンター席に座り、肘を突いて指でカウンターをトントンと叩く。

 見かねた店長がみさおに声をかける。

「どうだ、ドクターペパーでも」

 みさおは即答した。

「要らない」

 それから、少し悩み、現状を言葉に変えていく。

「変だな、始めのうちはうまくやっていけそうだと思ったのに。お互いに似た境遇に同情してだったか。でも、彼女と僕は違ったんだ」

 今までの出来事を思い出す。


――ねえ、アンタはどうして監視カメラや諜報部を使わなかったの?


――アンタの見せてくれた外の世界がすごく綺麗だったから、少しでもいたいって思っただけ。別に他意はないわ。


――ねぇ、アンタとなら、特務超能力者サイキックやってもいいわよ。その、現場指揮官とか……。それなら続けられそうだから。


 みさおは思えば彼女を理解できなかったと今になって考える。

 店長はその問いに至極真っ当な答えを返した。

「そりゃそうだろう、お前はお前であの子はあの子だ。同じはずがない」

 みさおは自分の未熟さにため息をついた。

 店長はそこから続ける。

「一種のポリアンナ症候群みたいなもんだな」

「最初の内なんてお互いのいい部分しか見えないもんだ。それが人間関係って奴だよ」

「長く一緒にいる内に本質や嫌な部分が目に入る。それを乗り越えた時に本当の絆が生まれるんじゃないかな」

「わかってる!」

 みさおは店長の言葉を遮り、大声で叫んだ。

「人は誰もが仮面を被って生きている。彼女だって"ホントウノワタシ"を殺して、特務超能力者サイキックとして強い自分を演じてただけなんだろうな。僕と同じで」

 それから、火災現場での救出作業の後の事を思い出した。

 あの日の夜、彼女は弱音を吐いた。


――私ね、精神的に弱い部分があるってわかってるの。だから、力強く生きるライオンに憧れてる。


 みさおはその言葉に強い苛立ちを覚えていたのは確かだった。

 あの時は無理やり話を断ち切った。

 弱い彼女を見たくなかったから。

「僕はそれに気付いてやれなかった。でも、僕の理想は強い特務超能力者サイキックなんだろうな、そこで行き違いが生じてる。あの子が僕の隣に潜り込んできた時がある。その時は強い忌避感を感じたよ。その正体はこれだったんだなって」

 カウンターに拳を叩きつけ、俯くみさお

 店長はそんな彼に優しく声をかけた。

「だったら本当のあの子も認めてやりゃいい話じゃないか」

 しかし、みさおは下を向いたままだ。

「そんなの……あの子のパーソナルスペースに踏み入るのは怖い」

 変な所で怯えるみさおに、店長はため息をついて、答えた。

「無理とは言わないだろ? あの子はまだ高校生なんだぞ。お前だって小学生だけどな。子供達同士ってのは未熟故に何度もすれ違うさ。否、大人でもすれ違う……だからこそ何かきっかけが必要だと思うんだ」

 店長の言葉を聞いても、みさおは諦めの表情だ。

「もう遅いよ。あの子はエデンとはもう無関係、民間人だ」

「本当にそう思ってるなら今更そこまで気を掛ける必要もあるまい、お前自身の気持ちはどうなんだ」

 店長の問いにみさおの答えはない。

 店長は構わず続ける。

「まー、なんだ、飯でも作ってやればいい。困った時はそれが一番よ。同じ釜の飯を食えばなんとかなるさ」

 みさおは俯いたまま手を振る。

「……それでなんとかなったら苦労しないよ。ほっといてくれ」

 言われた通りに彼から距離を取り、グラスを洗い始めた。


「デリカシー皆無の割に変な所で繊細なんだよな。いや、お互い様か」

 みさおはメモ用紙に何かを書きなぐるも、頭をぐしゃぐしゃとかきながら紙を丸めてその場に放置する。

「おい、ゴミくらいは持っていけ。ここは一応店なんだ。汚くするな」

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