Episode:08-4 Stand by Mei

 夕食後の十六夜寮。

 ご飯もロクに食べず、荷造りを進めるめい

 ラップを掛けた焼鮭とキャベツの千切りにはラップがかけられていた。

 キッチンで皿洗いするみさお

 みさおの背中に睦月むつきは何かを感じ取った。

「ねえ、本当はめいちゃんの事が心配なんでしょ?」

 みさおは皿を洗いながら、淡々と返事した。

「余計なことしないでくれ」

 睦月むつきは寂しそうな背中を見て、彼に身体を密着させ、後ろから手を回す。

「身体を重ねればきっとわかりあえるから、あーしがやり方教えてあげる」

 みさおはそれに対し、悪寒を感じて睦月むつきの手を払い除けた。

「やめろよ、気持ち悪い」


 外で雷が鳴る。


 睦月むつきの手を払い除けた事で、皿を落とし、地面に激突した時の衝撃で割れた。

 睦月むつきはショックを受けた表情をする。

「……そんな言い方ないでしょ」

 睦月むつきは涙を浮かべている。

「ごめん、わるかった。でも、そんな気持ちで抱きたくない。今君を抱いたらきっと、君じゃなくて天城あまぎさんのことしか考えられないから」

 みさおの謝罪に、睦月むつきは余計に気分を悪くする。

「本当に酷いね。あーしは誰かのためになりたいだけなのに」

 彼女の言葉にみさおめいとは違った精神のいびつさを感じ、不快感を吐露した。

「そうやって皆としてるんだな」

 みさお睦月むつきが不特定多数の男子生徒と関係を持っていることを知っている。

 だから今この場で、それに対しての嫌悪感を吐き出した。


――他者を救うとか他者の為になる事をするという形で他者を見下して、自分には価値があると認めたいだけだろ。


 しかし、スタービジョンの関係性を壊したくない以上、それを言葉にするわけにはいかなかった。

 何より、先程所長に言われた通り、睦月むつきとだって表層だけじゃなく裏も含めて理解し合わないと話にならないんだと。

「女の人が嫌いなんだ?」

 睦月むつきが下を向いたまま呟く言葉にみさおは答えなかった。


 気まずい空気が流れる中、睦月むつきは作り笑いを浮かべて割れた皿に手を伸ばした。

「皿、あーしが拾うよ」

 みさおは速攻で拒否した。

「いい、そういうのが余計なお世話で気味悪いって言ってんだよ」

 睦月むつきはそれでも笑顔を保つ。

 彼女は繋がりを欲してるから。


 みさおは行き場のない苛立ちをここには居ないめいにぶつけ始めた。

天城あまぎさんのせいで超能力者サイキックに対する世論は最悪だよ」

 睦月むつきはその呟きに返した。

「ねえ、みさお君は彼女のために今主任をやってるの? それとも超能力者サイキックに対する世論のため? もし後者なら考えてあげてほしいな」

 あまりにも鬱陶しく感じたみさおはシンクに拳を叩きつけて怒鳴り散らす。

「うるさい! そういうお節介をやめろって言ってんだよ、土足で人の心にズカズカと踏み込んできてさぁ」

 その怒りの圧に押され、睦月むつきは謝罪だけを述べた。

「……ごめんね」


 そこにステラが下着姿でリビングにやってきた。

 ゴミ箱に奇妙な紙くずが入ってるのを見て、それを拾い上げた。

 その衝撃的な姿を見た睦月むつきは慌ててステラの肩を掴んで部屋の方へと押していく。

「こら、ステラっち、そんな格好で徘徊しないの! みさお君もいるんだよ!」

「え~~~。涼しいのに……ぶーぶー!」

 駄々をこねるステラを宥めながらリビングから去っていった。

「ほら、部屋に戻って!」


 誰も居なくなると、みさおは一人で呟いた。

「どうせ、僕には主任なんてできないよ……」



 翌日、雨が上がり、綺麗な朝日が登る。

「お世話になりました」

 めいが軽くお辞儀して別れを告げる。

 背後にある段ボールは後日引越し業者が来てめいの新居へと運ばれていくらしい。

 最後にみさおは別れの言葉を述べた。

「いいか。ここから出ても監視の目は光ってる。自由なんて何処にもないんだ。そのつもりで。じゃあ、元気で。君といた時間は楽しかった」

 返事はない。

 ドアが閉まり、お互いにもう会うことはないだろうと思っていた。


 十六夜寮を出て、バス停へと向かった。

 雨上がりの水たまりができた道路。

 近くにある二階堂精肉店の看板からは雫が滴っていた。


 めいは振り返ろうとしたが、首を左右に振り、がむしゃらに走り出す。

 帝国女学院の横を通り過ぎる。

 雨に濡れたCCCヘアサロンのサインポール。

 左にある車道には少ないものの車通りがある。


――もう、私には関係ないんだ!


 ふと、ラベンダーの香りが立ち込める。

 目を開くと、見渡す限りのラベンダー畑だった。

 振り返ると、白いワンピースを着た金髪の女性が立っていた。

「母……?」

 瞬きをすると、その姿はステラに変わっていた。

「えっと、ボク、こういう時なんて言えばいいかわからないけど。これから新しい場所で元気でやってね! さようなら!」

 その言葉だけを聞いてめいは立ち去ろうとした。

 バスの時間に遅れてしまう。

「あ、待って!」

 ステラが引き止めつつ、駆け寄ってきた。

 何かを手渡した。

 一枚のくしゃくしゃになったメモ用紙。

「えっと、昨日リビングで見つけたんだ。えっと、とにかく読んでほしい! それじゃ!」

 それだけを言い残してステラは走り去っていく。

 涙の跡が滲んだ紙には、書いてる時は手が震えていたのだろうと思うほど汚い、しかし確かにみさおの字でこう書かれていた。

『ちゃんとしたもの食べてなかった●だろうし。天城さんの分、冷蔵庫にあるよ。また一緒に食べよう。●●●ごめんなさい』

 何度も書き直した形跡、黒く塗りつぶした場所。自分と同じでコミュニケーションが苦手なんだとめいは感じた。


――不器用なやつ……。


 めいは彼との記憶を思い起こす。


――アイツはいつも破廉恥な事してきて、世間が天才少年とか言う割には普遍人類ノーマルの立場を弁えないほど無鉄砲なところもあって。


――でも、どこか似てるけど違ってて。


――違う……。


――違うから……何?


――この気持ちはなんなの……。


 啓明ターミナル行きのバスが横を通り過ぎる。


――お互いにすれ違ってるのは、違いを知ることに怯えてるから?


――何に怯えているの。


――変化する事?


――違う、傷つく事。


――でも、それじゃ私はいつまで経っても変わらないのかも。


 めいは走り出した。

 思いを胸に秘め、行くべきだったバス停とは反対方向に。

 十六夜寮の方角に。


 泥濘ぬかるみに足を取られて転ぶ。

 それでも立ち上がり、泥だらけのまま、十六夜寮へ走る。


 インターホンを押した。

 ドアを開けたのはみさおだった。

「忘れ物?」

 その言葉に、思わずめいは言葉が出なくなる。

 謝罪、言い訳、怒り、あらゆる感情が入り乱れ、何を話せばいいかわからなくなった。

「ただいま」

 一言。

 それだけがめいに口から出た言葉だった。

 めいが手に持つメモ。

 それがみさおの目に映った。

 みさおはその手に持ったメモとめいの言葉に微笑んだ。

「おかえり。先に風呂に入ろう」

 わずかで小さな一歩だけれど、不器用な二人の距離は一つ縮まる。

 夜になると、十六夜寮の一部屋に再び灯りがついた。



――カンペキじゃない僕達だからこそ、これから始まる物語があるんだ。



 次回予告


 めい達がリニア鉄道に乗ると、微睡みに誘われる。

 それは超能力者サイキックの仕業だった。

 夢の世界で自らのトラウマと立ち向かう彼女達。

 勝負の行方は!?


 次回、夢幻列車

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