第4話-2 新たなる少女

 翌日、正午過ぎ。

 晴れ渡る青空。

 ペット散歩ドローンがトイプードルのリードを引いている。

 横には帝産の電気駆動バスが走る。

 そして、銀色のボディに赤いラインの入ったモノレールが頭上を通過していった。



 みさおめいは少し遅れて待ち合わせの白石駅前に着く。

「す、すまん、遅れた……」

 みさおめいに引っ張られ、息を切らしていた。

 睦月むつきの服装はユニセックス風のラフな格好だった。

 斜めにかけた黒いバケットハット、厚底ブーツ。

 そして、制服の時も、私服の時も欠かさず付けていた宝石のペンダントがあった。

 サングラスを外して二人を見つめる。

「そ、その格好で来たの……?」

 みさおは赤いチェックのTシャツに迷彩柄のズボン、めいは何とも言えないヘンテコなキモカワ系キャラクターが大きくプリントされたシャツという、コメントのし辛いファッションだった。

「……よし、まずは服だね!」

 睦月むつきは困った笑顔で、二人を連れて行った。


 近くにある大型商店街ディエス・白石。

 その中にあるアパレルショップ、RINGNIRリングへ立ち寄った。

 ホログラフによる試着、動くマネキンの展示。

 色々な服の他、腕時計やアクセサリーなどの小物類まで揃っている。

「ケルバン・クラウスか、バングルフォンがあると言ってもこういうのがあると大人って感じするよなぁ」

 みさおは銀色のアナログ時計を見て目を輝かせている。

「チョットー、大事な事忘れてない? 今日一日その格好で過ごす気?」

 睦月むつきがそんな彼を睨んでいた。

「わかってるって、僕は別に気にしないんだけどなぁ……」

 みさおは頭をかきながらトボトボと彼女についていく。

「あーしは気にするの! 少なくてもそのダサダサコーデは禁止!」


「まずはめいちゃんから! どうぞ!」

 試着室のカーテンが開くと、青い肩出しキャミソールに麦わら帽子、白いフレアスカート。

 普段の制服姿では思いもよらないような、爽やかな印象だ。

「地が良いからやっぱり似合うねぇ! じゃ、次これどうぞ」

 次はシックなイメージの黒いジャケットに白地のシャツ。

 長い黒ズボンが男性的なイメージを強めていた。

「やっぱりこういうのもチョーかっこいい! いいよ、いい!」

 続いては上と下をピンクで揃え、可愛い系に。

 完全に愉しんでいる睦月むつき

「ちょっと、これはないでしょ!」

 めいは思わず否定するも、睦月むつきはサムズアップをした。

「今のトレンドはこういうのだよ? 若い女子たるものトレンドも着こなせなきゃ!」

 そして、睦月むつきは更に銀色のタイツや過激な水着のような服まで持ってきた。


 めいは一通り着せ替え人形として遊ばれた後、ベージュのTシャツにチェックのプリーツスカートに落ち着いた。

「流石に疲れたわ……もう、なんなのよぉ……」

 くたびれためいの様子を見て、みさおは抜き足で去ろうとしていた。

「……待ちなさい」

 めいの手が伸びる。

「待って、僕は……」

 慌てて弁明する間に、睦月むつきがやってきた。

「これからが本番に決まってるじゃない。あーしは男の子のコーデってしたことないから楽しみだけどなー」

 片手に抱えきれないほどの服を持った睦月むつきが笑みを浮かべる。

「た、助けてぇぇぇぇぇぇぇ!」


 オレンジ色のレザージャケットに青いジーンズ。

 何よりも特徴的なのはジーンズのポケットを出している事だ。

「これって本当に今の流行りなんですか!?」

「うん、うん、こういうのだよ!」

 みさおは「流行りってわからないなぁ」と言っていると、次が手渡される。

 緑のTシャツに茶色のロングスカート。

「ってスカート!? 僕、男ですけど!」

「わかってないなぁ、今のメンズトレンドはスカートなんだよ!」

 みさおはますます混乱する。

 革ジャンに黒シャツ、腰に赤いチェックのアウターを腰で巻いていた。

「絶対これ僕に合ってないでしょ! 合ってないでしょ! ねぇ!」

 睦月むつきは大爆笑する。

 めいもそのインパクト大な姿に吹き出した。

「ちょっと!?」


 みさおも一通り着せ替え人形として遊ばれて疲労困憊となっていた。

 最終的に、緑と白の横縞Tシャツに小学生らしさのあるベージュの短パンとなった。

 支払いは全額みさお持ち。

 バングルフォンを操作してNIPO-POINTという非接触型決済アプリを立ち上げた。

 目の前にある衣類に埋め込まれたICタグを自動スキャンし、情報を取得し、合計金額を読み上げた。

『お会計は56240円になります』

 こんなにするのかと思いつつ、支払いボタンをタップした。



 試着室を借りて着替えてから、商店街を歩く。

 みさおは普段なら気にもしなかった店内の音楽に耳を傾けた。

「この店内BGMは……ドヴォルザーク? 交響曲……」

 言おうとしていた所に、予想外の人物が反応した。

「そ、ドヴォルザークの交響曲第九 新世界よりのEDMアレンジかな。あ、今のところはタンホイザー序曲かな? リヒャルト・ワーグナーの」

 睦月むつきはスラスラと曲名を挙げる。

「今はこういうクラシックのチョー大胆なアレンジが流行りなんだ。あーしはロカビリーやR&Bの方が好きかなー、二年前くらいに流行ってたんだけどぉ……」

 みさおはロックという言葉に忌避感を覚えるも、それを抑えつつ感心した。

「へぇ、詳しいんだな。僕は大宮おおみやさんってもっとバカだと思ってたよ」

「何よそれぇ! マァジで失礼ね!」

 睦月むつきは顔を膨らませて怒る。

「ギャルは音楽に詳しいの! 特にナウなヤングにバカウケな音楽は! そうでなきゃナイトプールもクラブハウスもダンスパーティも楽しさ半減でしょ!?」

 めいと同じように施設で暮らしていたのにそういうところに行ったことあるんだ……と思いつつ、みさおは前半の未知の言語を問いただした。

「聞いたこともない単語ばっかりなんだけど……」

 みさおの言葉に睦月むつきは驚いた。

「えー、マジ? 知らないの? 今流行の若者言葉だよ?」

「アンタ達、さっきから何の話してるのよ……」

 完全に蚊帳の外だっためいはむくれていた。



 ゲームセンター金冠。

『おめでとう! おめでとう!』

『合言葉はヴィーナスのV!』

 騒がしいゲーム音が四方八方から鳴る。


 睦月むつきがトイレに行っている間、時間をつぶすことにした。

 めいはクレーンゲームに苦戦している。

「この……クソっ……」

 そこへみさおが声をかけた。

「代わるよ」

 バングルフォンをかざしてお金を入れる。

「……頼むわ」

 お目当てはヘンテコなカエルのようなキモカワキャラのぬいぐるみ。

 周りのプリンのような人気キャラはどうでもよかった。

 チップチューンアレンジのエリーゼのためにが流れ、アームが動き出す。

 狙いを定める。

「……そこだ!」

 お目当てのぬいぐるみを捉えた。

 アームで足だけを掴む。

 しかし、穴にたどり着く前にぬいぐるみの海へと落ちてしまった。

「……ばか」

 めいがそう呟いた。


 それから何度も挑戦したが、一向に取れる気配はしなかった。

 そうしていると、睦月むつきがトイレから戻ってきた。

「おまたせ~~、いや~、待った~?」

 ハンカチで手を拭きながらその場に来ると、クレーンゲームを前にして落ち込む二人が睦月むつきの目に入る。

「ん? そゆことか」

 睦月むつきは状況を理解し、クレーンゲームを起動させた。

「これってチョットさー、コツがいるんだよねぇ~」

 慣れた手付きでアームを動かし、軽いジングルとともにぬいぐるみを取り出し口から出した。

「はい、これが欲しかったんでしょ?」

 死んだ魚のような目をしていためい

 それを見ると瞳に光を取り戻して、ぬいぐるみを抱きしめた。



 それから、香水コーナーにある疑似嗅覚システムで色々な組み合わせを試したり、ボウリングでみさおがストライクを連発したりして過ごした。



 ファミレスで軽く腹ごしらえした後はカラオケ。

 流行りのJ-POPや洋楽、有名アニメ映画のテーマ曲で盛り上がっていた。

『二人はチェリー 96.5点!』

「へへん! どんなもんよ!」

 睦月むつきがドヤ顔を披露する。

「むー……」

 その表情に対抗意識を燃やしためいは次の曲をすぐに入れる。

『雨に唄ってこう』

『94.0点』

「……」

 めいは電目を連打して次の曲を入れた。

『初雪』

『88.5点』

「……ッ!!」

『夏花火』

『72.0点』

「はぁ……はぁ……はぁ……」

『サウダデ』

『64.5点』

天城あまぎさん、もうそのへんで……」

 汗と涙を流しながら電目を血眼で見るめいみさおがストップを掛ける。


――こいつここまで負けず嫌いだったのかよ。


「貸して。あーしがみんなで盛り上がれる曲選ぶから!」

 睦月むつきが寄ってくる。

「とととおっと」

 狭い通り道で何か引っかかったのか、睦月むつきはバランスを崩してみさおの方へと倒れかかった。

「う、うわぁっ!」

 そして、ドンガラガッシャーンと大きな音が立った。


 気がつくと、みさおは柔らかいものに包まれていた。

「なんだこれ」

 目の前から退けようと手で押しのけようと試みる。

「わっ、みさお君って、結構大胆なんだねっ」

 睦月むつきの大きな胸だった。


「アンタさあぁぁぁぁぁぁ、この私に向かっての当てつけのつもりかしらぁぁぁぁぁ!?」

 めいの髪が白く光り、エラ状器官が開く。

 赤黒い火花が散り、周囲の空気が変わる。

赤雷レッドスプライト!」

 睦月むつきの姿は一瞬で消え、みさおにそれが直撃した。

「ぎにゃああああああああぁっ!」

 その赤黒い電撃は照明も破壊し、スプリンクラーを作動させる。

 そして、警報がカラオケ中に響き渡った。



 夜風が吹く白石の町中。

「……あのカラオケの店主がエデン関係者だったから良かったものの、思い切り怒られたじゃないか」

 アフロ髪で服がびしょ濡れのみさおめいを責め立てた。

「アンタが悪いんでしょ! そ、そ、その、む、胸を! 胸を」

 めいは顔を染めながら反論した。

「あーしは別にイヤじゃないけどねー」

 睦月むつきが何食わぬ顔でそう言うと、めいが一層怒り出す。

「アンタもそうやって挑発しない! アイツは変態だから、またすぐ揉んでくるに決まってるじゃない!」

「だ、誰が変態だ! 少なくとも天城あまぎさんのは揉むほどないだろ」

 無自覚に彼女の地雷を踏んだみさお

 めいの黒く艶やかな髪から赤い火花が散る。

「二人とも待って待って! 周りに人いるから! ここで喧嘩はストップ!」

 睦月むつきが慌てて止めた。


 そこへ、一人の人影が近づいてきた。

 円錐形に尖った頭巾に、長いローブの全身黒ずくめ。

 見るからに不審な人物だった。

 その黒ずくめは募金箱を差し出し、女性的な声でめいに言った。

「すみません、世界を幸せに導く愛と平和の活動に寄付をお願いします」

 めいは即答だった。

「私、そういうの興味ないんで」

 すると、声のトーンが一気に変わり、黒ずくめはめいに圧をかける。

「付きまとってやるぞ」

 そこに、睦月むつきが割って入った。

「一円でいい?」

 軽く舌打ちが聞こえるも、睦月むつきの寄付を受け入れた。

 そして、黒ずくめは去っていった。


 睦月むつきは財布を仕舞う。

「頼まれると断れない性格なのよ、あーしは」

 みさおは黒ずくめの姿に見覚えがあった。

「アレはクワーキー・クオリティ・クアンタム教団……通称QQQ教団。いわゆる新興宗教団体だな」

 ニュースで度々目にする不審な集団として有名だ。

「あーしは宗教とかって嫌いなのよね」

 睦月むつきは含みのある表情でそう呟いた。

「弱者が特別に感じる強者を偶像化してすがり、都合が悪くなれば疫病神や悪魔として捨てる。みっともない姿に反吐が出る」

 さっきまでの明るい姿の面影もない暗く重い声色でそう言うと、彼女は宝石のペンダントを揺らす。

 すこし自嘲気味に笑って言った。

「……にはは、ごめんね、なんか変な話しちゃった。この事は忘れてね」



 大宮 睦月おおみや むつきのヒミツ①


 実は手品が得意らしい。

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