Episode:04-3 Please Please Me

 夜の20時。

 みさおめい睦月むつきの三人は十六夜寮に帰宅していた。

 女性二人はソファや床に寝そべってテレビを見ている。

『ヒューイニュースのお時間です。明日の天気、13時21分52秒から雨が降り始めるでしょう。傘の用意をしたほうが良いですね』

 その情報だけを受け取るとめいはチャンネルを変えた。

『今夜のオールナイトフガクは!』

『マイマイ運送マイマイ~遅くとも~確実正確安全に! 0123~』

『来週の機動騎士アルビオンは~?』

 いつもは綺麗で凛々しいめい、そして今日知り合ったばかりでも美貌とセンスに見惚れてしまう睦月むつき

 そんな第一印象を破壊するほど、今のだらけた姿は衝撃的だった。

「二人共、風呂沸いたぞ」

 みさおが台所で超保温マグカップを洗いながら伝えると、めいは面倒くさそうに答えた。

「先に入ってていいわよ。仁義なき闘争見てるから」


――女の子ってもっと真面目でキラキラした一日過ごしてると思ってたけど、実態はこうだもんな……。


 そんな事を考えていると、エデン本部からみさおに連絡が入った。

 それは仙台国際タワーで大量の死者が出るAクラスの知らせだった。

「18分後、か。こりゃまた随分と急だ。しかも仙台って……」

 髪をクシャクシャにしながら了承した。

 そして、だらけている二人に呼びかける。

「二人共、本部から緊急出動ディスパッチ要請」



 その言葉を受けて、二人はすぐに支度を済ませた。

「仙台ってここからだと500km以上ありますよ?」

 みさおは率直な疑問を所長に投げかけた。

『問題ない。大宮 睦月おおみや むつき瞬間移動能力者テレポーターだ……彼女曰く縮地との事らしいが』

 所長は軽く答える。

「しかし、この距離の空間跳躍ジャンプは無理が……」

 瞬間移動テレポート

 それは文字通り一瞬で目的の座標まで飛ぶPSIサイだ。

 しかし、長距離の空間跳躍ジャンプはどんなに頑張っても出来ないというのが常識。

『そこで彼女のもう一つのPSIサイ発火能力パイロキネシスの出番さ。……説明しよう! 大宮 睦月おおみや むつきは反動推進により時速88マイルを突破した瞬間、長距離空間跳躍ジャンプが出来る。理論上は日本からブラジルまで飛べるという噂だ』

 その力には思わずみさおも驚いた。

「すごいな……」

『時間がない、現場に急いでくれ!』

 残り15分。


 みさお睦月むつきに命じた。

 睦月むつきは二つ返事で快諾、長距離空間跳躍ジャンプの準備をする。

「皆、掴まってて!」

 めいは肩に、みさおは腰に掴まった。

「あっ、どこ触ってんの。別にいーけど」

 その言葉にみさおは慌てる。

 めいはその様子を見て睨みつけた。

「むーーーーー」

 慌ててみさおは弁明した。

「誤解、誤解、今は仕事!」


 睦月むつきは合図を出す。

「行くよ……3、2、1、ゴーアヘーッド!」

 凄いスピードで走り出し、睦月むつきの太ももを起点に背後に勢いよく青白い炎が噴き出し飛び上がる。

 電流や火花がみさおの視界を埋めていく。

 そして、激しい閃光と共に彼らは姿を消した。

 後には2本の蒼炎のラインのみが残された。



 仙台のケヤキ並木に、閃光が三回生じる。

 三回目の閃光と同時に、三人の少年少女が猛スピードで現れた。

 周りにいた通行人はその三人に釘付けになる。

「また爆弾解除か……」

 めいはそうボヤくも、次の瞬間には目的のビルに向かって走り出した。

 みさおはそのビルを見て何かが引っかかった。


――Aクラス……そうだ、以前の事件と同じくらいの死傷者数……。


――なら、どうしてあのビルは真っ暗なんだ?


 そう、仙台国際タワーは大量の死者が出るとは思えないくらい、窓明かりもない状態だった。

「HQ、HQ、こちらスタービジョン2号、応答願う!」

『こちら司令室。どうした』

「妙だ、予知で出た映像を出してくれ」

 所長は疑問を抱いたままみさおのバングルフォンにそれを投影する。

 仙台国際タワーから黒煙と炎を上げて崩れていく光景だ。

『本当にこんなのを見て意味があるんですか?』

 その映像に副長は疑問を投げかける。

 みさおはある事を発見した。

「待て、止めて。少し戻して、そこ」

『これですか?これが何か?』

 副長は聞く。

 何の変哲もない爆発。

「爆発の部分を拡大して」

 みさおの言う通りにすると、赤いラインが入った銀色の破片が写り込んでいた。

『これは一体……!』

 みさおはすぐにその正体を看破し、予知された映像の本当の意味を明らかにした。

「……この破片は日帝ジェットフライトの機体だ」

「予知の場所はたしかに仙台国際タワーだ。でも……違う、これは、航空機の自爆テロだ!」

 唖然とする本部のオペレーター達。

 みさおはその間にもバングルフォンの立体投影にサブウインドウを展開し、仮想キーボードで検索を始めていた。

「この航路を辿る飛行機を絞り込む。それから、ここまでの距離、速力、予知時間の情報から便を割り出す」

 監視衛星に接続し、最終確認。

「あった、NJF228便……機体は、超音速旅客機ジェットアローだ」

 既にその機体は仙台へと向かっていた。

 みさおは急いで二人に知らせた。

「今から正確な座標とタイミングを送る、わずかでもズレたら機体にめり込むか太平洋に真っ逆さまだ。頼むぞ」

「うん、飛ぶよ……3、2、1、テイクオフ!」

 再び睦月むつきは全神経を集中させ、長距離空間跳躍ジャンプを行った。



 月夜、雲海の上を飛ぶ超音速旅客機ジェットアロー。

 ジェットアローの赤い航行灯が点滅する。

 かつて経済的に失敗した超音速旅客機の反省を踏まえて開発された機体。

 ダブルデルタ翼、主翼下にターボジェットエンジンを四基搭載、成層圏をマッハ2で空を飛び、新千歳空港から仙台空港を40分で結ぶという。

 客席は横四列でファーストクラス並のものが用意されており、機内のおもてなしも一級品だ。


 機内は緊張に包まれていた。

 円錐形に尖った頭巾に、長いローブの全身黒ずくめの人が数名。

 彼らは皆、ソ連の自動小銃で武装をしている。


 客席の中央の通路に閃光が三回生じ、三人の少年少女が現れた。

 めいは髪をかきあげて周りを見渡した。

「へぇ、随分と危機的状況のようね」

 目の前には武装した黒ずくめ数名。

 みさおは二人に小声で言った。

「アレ、アレをやらなきゃ!」

「えっ、本当にやるの……?」

 めいはアレという言葉に戸惑いを見せた。

「彼が言うなら仕方ないじゃない。ま、あーしは全然おけまるーだけど!」

 睦月むつきはそれを肯定した。

 めいは長い溜息をつく。


 周囲が月夜の採石場に変化した。

「今宵の満月、星の見ゆる空の上」

 めいが目を瞑りながら歩き出す。

「愛と絆を貫いて、正義の光がこの世を照らす!」

 睦月むつきが逆側からめいに向かう。

「特務超能力者サイキック、スタービジョン! 満天の星空の元、おしおき執行よ!」

 二人が手をつなぐと、崖の上から飛び降りて決めポーズをとった。

 すると、背景に七色の爆発が発生した。


「って、なんなのよこの戦隊モノの登場と魔法少女モノを悪魔合体したようなバンクシーンは!」

 めいは拍手するみさおにツッコミを入れた。

「やっぱりこういうのは必要だなって思ってさ、カラオケで練習したかいがあったね」

 みさおは笑いながら答える。

 その後、すぐに真顔に戻った。

 今は敵地の中だ。

天城あまぎさん、大宮おおみやさん、ここでは電撃も炎も使えない。それと、連中は武器を持っている。周囲の客に加えてこの機体に傷をつけないように戦うんだ」

 みさおは先程までとは違い、冷静に戦況を把握して命令を下した。

「む、無茶苦茶な……了解!」


「おい、ケツから脳みそぶちまけたくなけりゃ大人しくしとけ、クソガキ」

 目の前の大柄な黒ずくめがライフルを構える。

 狙いはめい

「それはこっちのセリフだ!」

 めいは服の裾から何かを取り出した。

 それは引き金を引くよりも早く、ライフルに直撃した。

 その正体はヨーヨー。

 しかし、めいの指とヨーヨーの間に糸はない。

 電磁力で糸のように操ったのだ。

「これがコイツの作った電磁ヨーヨーよ。さ、どっからでもかかってきなさい、テロリスト共」

「こ、このクソッタレがぁぁぁぁぁ!」

 ライフルを吹き飛ばされた黒ずくめは怒りで我を失ってめいへと襲いかかる。

「PKフォワード・パス!」

 めいは目の前にヨーヨーを突き出して鳩尾に命中させる。

 黒ずくめは大柄なのにも関わらず酷くもだえている。

「言い忘れてたけど、これ鉛製だから、当たるとちょーっと痛いわよ!」

 めいはヨーヨーをキャッチして、再び構えた。

 集まってきた黒ずくめたちは、その姿に怖じ気づいた様子だ。

 しかし、幹部らしき者が鼓舞した。

狼狽うろたえるな! ヤツの武器は中距離、遠距離武器の敵じゃねぇ!」

 アサルトライフルを一斉に構え、めいに照準を定める。

 狭い機内の中、引き金を引いて、不可避の銃弾が彼女を襲った。

「PKループ・ザ・ループ!」

 めいは目の前でヨーヨーをループさせ、銃弾一発一発を受け止める。

 勢いを殺された銃弾は潰れたままその場に落ちた。

「PK犬の散歩!」

 地面にヨーヨーを転がし、それが次々と周りの射手を転ばせていく。

「ば、ばかな……」

 黒ずくめの幹部は狼狽ろうばいしている。


「短距離の縮地なら使えるってね!」

 そのさなか、睦月むつきは敵の背後に飛び、羽交い締めにした。

 そして、耳元でドスの利いた声で黒ずくめに言った。

「その粗末なものを仕舞いな。そんな脅しが通用するのは映画のロス市警だけよ」

 黒ずくめは圧倒的な力の差の前に、アサルトライフルを取り落とした。

「バカな……我々はクゥルトゥヌュス・オペペトナチョォス神の加護を得たというのに!」

 それを聞いた睦月むつきは目を細め、手を離して首元に手刀を食らわせて気絶させた。

「その程度の紛い物の神様でしかなかったのよ」


 みさおは彼らの武器から戦力を分析する。


 現状の把握。まず間違いないのは、彼らがQQQ教団という事だ。

 疑問点、何故機内にあの武器を持ってきているのかという点。

 空港の1000m以内には、絶対武器を持ち込めないくらい厳重な警備が敷かれている。

 そう、持ち込んだ時点でバレないはずがない。

 であれば連中の中に瞬間移動能力者テレポーターがいるのだろうか。

 否、瞬間移動テレポートはそんな正確で便利なPSIサイじゃない。

 大宮おおみやさん程の高位超能力者サイキックでも座標演算を相対座標に頼ってるのが現状だ。

 飛んでる飛行機に空間跳躍ジャンプ

 否、それもほぼ不可能だ。

 現在この機内に空間跳躍ジャンプした時ですら正確な位置情報の取得が必要な上に、大宮おおみやさんはかなり神経をすり減らしている。

 一つ、仮説が浮かんだ。


――おそらく弾着観測のように正確な座標を伝達する精神感応テレパス瞬間移動テレポートによるバケツリレーで武器を渡しているはずだ。


 つまるところ、他の超能力者サイキックとの交戦になるかもしれないという懸念が生まれた。

 QQQ教団、社会に居場所がない者を集めている集団。

 社会に居場所がないのはPSIサイを持ってしまったが故に捨てられた子供たちもそうと言えるかもしれない。

 であれば、教団に超能力者サイキックが集まるのは自然。


発電能力エレキネシスの攻撃手段が、電撃だけだと思ったら大間違いよ。こんな事もできるんだから!」

 めいは、幹部らしき者に向かってまっすぐ突っ込んでいった。

「PィィィィKェェェェ、電光パァァァンチ!」

「コイツ……生体電気を! がはぁっ!」

 拳を握り、筋力を限界まで強化したパンチが顔にめり込む。

 幹部らしき者は機内を吹き飛んで転げ回る。

 黒頭巾が取れ、老け顔が露わになった。

 彼は鼻血を抑えながら、めいを指差して起き上がった黒ずくめに命令下す。

「くっそ……おい、なにやってるお前ら、奴を乗客諸共射殺しろ!」

 その言葉に周囲の乗客はパニックに陥る。

 非道な命令にめいは怒りを滾らせ、走り出す。

「させない!」

 その瞬間、みさおは客席の中に不自然な笑みを見て取った。

 小さな子供がニヤリと笑い、めいを指差している。


 みさおは、飛び込んでめいを押し退けた。

 少年の指先から高速で発射された液体が針のように尖り、強力な表面張力によって疑似固体となったそれは、みさおの皮膚を容易に貫通した。

 そして、めいの前でみさおが倒れた。

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