第5話-1 リベンジフォース

 見渡す限りの青空と果てしない太平洋の海。

 海面を引き裂くように、不揃いな軍艦が進んでいる。

 空母エンタープライズ、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦三隻、アイオワ級戦艦ケンタッキー、戦艦モンタナ。

 そして、角張った艦体が特徴的なミサイル駆逐艦ズムウォルト。


 そのズムウォルトの艦首に、場違いな人影が立っていた。赤い軍服に黒いマント、肩にはドクロをかたどったパッド。その装束よりもさらに派手な金色の髪を左右の房に分けている。

 彼女は紫色の瞳で水平線を見つめている。

 アメリカ合衆国の超能力サイキック救助隊レスキューPSIサイヴィーナス。

 彼女を乗せたアメリカ海軍第三艦隊空母打撃部隊は今、日米合同軍事演習に向かっていた。


――WHELIMOT FARATCOS...


 PSIサイヴィーナスは何かの声を聞いた。

「?」


――TEDVENTH WHEPATATIE...


 それは旋律を刻み、リズムを取っている。

「……歌?」


――WHELIMOT FARATCOS...


――TEDVENTH WHEPATATIE...


「頭が……頭がいたいぃぃぃ」

 心の中に黒い羽根が舞い、深層心理……無意識の領域に積もっていた憎悪が呼び起こされる。

 それは、トラウマ。

 それは、PSIサイの実験。

 それは、戦争。

 血、血、血、血、血。


――WHELIMOT FARATCOS...


――TEDVENTH WHEPATATIE...


 フレーズが繰り返されるたびにその憎悪は高まり、徐々に表層の感情が塗り替わっていった。

 手が血に濡れ、無数の超能力者サイキックの骸が転がる。

 そんな実験場の光景。

「……ツバサノマジョハマイ、シロキツバサハクロニソマル」

 PSIサイヴィーナスは虚ろな目で呟く。

 それは、アメリカ第三艦隊の終焉の調べだった。



 日本海軍の艦隊に向かって輸送ヘリCH-53Eが飛んでいく。

「はたかぜ、いぶき、あすか、ゆうばり、ながと……すっごい……本物の軍艦だ!」

 みさおは眼下に並ぶ軍艦に目を輝かせた。

「ばっかみたい、どうして人殺しの道具なんかに興奮するのよ」

 めいみさおに呆れて肩をすくめる。

「いーじゃんいーじゃん、軍艦が好きなのとそれは別問題でしょ?」

 睦月むつきは手をパタパタさせてめいを宥めた。

 スタービジョンの三名の他、エデン副長の麗華れいかも一緒に来ている。


 輸送ヘリが五十二型原子力空母あすかの飛行甲板に着陸する。

 アングルド・デッキの飛行甲板、OPS-28やOPS-20などのレーダーが回転している。


「本日は二名の特務超能力者サイキックが追加される予定よ」

 麗華れいかがスタービジョンの皆に伝える。

「日本海軍と米海軍からですね」

 みさおは予め手渡されていた詳細資料に目を通しながら言う。

「しかし、彼らに慣性蓄積技術を渡しちゃって良かったんでしょうか……」

 麗華れいかは答えに詰まり、少し考えてから口を開いた。

「こうするしか道はなかったの。いずれにせよ彼らとの連携も強めなければ組織としてのエデンの力は弱いままよ」

 それを聞いたみさおは苦い顔をして、言葉を飲み込んだ。。

「しかし、軍事演習に紛れてなんて、何かから隠れてるみたいだよな」

 みさおの率直な質問。

「これを終えると我々が四名のSクラス超能力者サイキックを手にしてしまう、そんな国際社会に大きな影響を与えかねない事を白昼堂々と行うわけにもいかないのよ。演習中でのトラブルからの保護を装う建前、ね」

「大人って面倒くさいんだなぁ……」

 話し込んでいる二人の間にめいが割って入り、「さっさとしなさいよ」と言わんばかりに麗華れいかみさおを急かした。

「まずは一人目の合流からね」

 麗華れいかは案内をし始める。


 合流する前に、みさお睦月むつきの様子がおかしいことに気づいた。

「大丈夫か? 体調でも悪いのか……?」

 千鳥足、青白い顔、焦点の合わないギラギラとした目、真っ青な唇、明らかに普通ではなかった。

「……うぷ……あーし、船は駄目なの……なまじ三半規管が特殊だから……。飛行機とかは平気なんだけ、おぷっ」

 睦月むつきは時折口元を抑えながらゆっくりと話している。

「とりあえずベンチで座ろうか。船は真ん中の方が、それに下の方が揺れが小さいんだ」

 みさお睦月むつきに肩を貸そうとした。

「あ、ありが……うぷっ!」

 歩き出そうとした睦月むつきは|足をもつれさせてしまい、転んでしまった。しかも、みさおを下敷きにしながら。

「……ご、ごめん……うっ」

 みさお睦月むつきの喉元から何かが流れる気配を感じ取った。

 胃の内容物の酸っぱい匂い。思わず目をつむると、みさおの顔に何かがバシャリと降りかかった。

「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」




 固定式のシャワーが取り付けられた浴室。

 みさおは髪にこびりついた睦月むつきの吐瀉物を綺麗に洗い流した。

「なんで僕ばっかりこんな目に……」

 薄い敷居の向こう側で睦月むつきの声がする。

 空母内では狭い空間を有効活用するため、男女共用なのだ。

「マジでごめんねー……んでも、おかげかちょっと良くなった気がする」

「空母ってそんなに揺れない方なんだけどな……」

 みさおはシャワーを止めると、化繊のタオルで身体を拭こうとする。

「ねえねえ、今のあーしの姿見たい? さっきのお詫びに見せてあげてもいいけど」

 突然、裸の睦月むつき空間跳躍ジャンプで真上に降りてきた。

「ちょ、やめて……うわっ!」

「にはは、そんなに怖がることないのにー」

 からかうように笑う睦月むつき

 そうして騒いでいると、浴室の外から声が聞こえる。

『二人共ー、着替えここに置いておくから』

 めいの声だ。

 みさおは思わず口を抑えた。

 馬乗りになっていた睦月むつきを見るとなにやら悪い表情を浮かべている。

 やおら、脇腹辺りを重点的にくすぐり始めた。

「ちょっ、大宮おおみやさん今は!」

 その声で外にいるめいがピクリとした。

 勢いよく開かれる浴室の扉


 めいが見たものは、睦月むつきみさおが裸同士で組み合っている姿だった。

 めいは顔を赤らめながら赤黒い火花を散らす。

「ねえ、そこでナニをしてたのかしら?」

 嫌な予感を感じ取ったみさおは急いで言い訳を並べ立てる。

 その間に睦月むつき空間跳躍ジャンプで姿を消した。

「いや、これは大宮おおみやさんが!」

「天誅!」

 赤雷レッドスプライトが浴室を駆け、みさおを黒焦げにした。



 艦内の格納庫。

 カナード翼を持ち、双発、双垂直尾翼の純国産攻撃機F-2が数え切れないほど保管されている。

 整備士達があちこちで汗水を垂らしながら走り回っていた。


「何してたのよ、遅刻よ」

 目的の場所には既に麗華れいかが待機していた。

 横には麦わら帽子をかぶり、黄色のカットソーにベージュの短パンの人影。

 幼い肌、ハネが目立つ金髪ポニーテールにめいと同じ赤い瞳。

 その子はヘッドフォンをして、小さくリズムを取っていた。

「ステラ、チームが来たわ。遅くなってごめんね」

 めい睦月むつきみさおの三人に気づき、ステラと呼ばれた子はヘッドフォンを外して挨拶した。

「グッドモーニング・グッドモーニング。ボクがその噂の島風しまかぜ ステラだよーっ! 座右の銘はスベスベマンジュウガニ、よろしくねー!」


――めい達より少し幼い男の子……か。


「ど、どうも……」

 みさおはテンションの高さに尻込みしながら握手をしようとした。

 すると、ステラはいきなりみさおを抱きしめる。

「わーいっ、じゃ、よろしくねっ!」

 何か柔らかいものが当たる。

「お、女の子!?」

 みさおは慌ててステラを引き剥がそうとした。

「むーっ、ボクはちゃんと女の子だってば! ほら!」

 すると、ステラは顔を膨らませてみさおの手を掴み、自身の胸に押し当てる。

「あれ、書いてなかったかしら、ステラはめい達と同い年の女の子よ」

 麗華れいかは今更補足する。

 事前に渡された書類には彼女のPSIサイである筋力強化ストレングスの詳細と過去の経歴、誕生日くらいしか記載されていなかった。

 睦月むつきのそれとはまた違う方向性で、明るく能天気な無邪気さは中学生ぐらいの印象だ。

「……」

 ムッとした表情のめいは火花を散らしている。

 睦月むつきはニヤニヤしながら眺めている。

「誤解、誤解されてるから!」

 ステラは首を傾げ、ブーブー言った。

「えー? 今のはブラジルじゃ挨拶なのにー」

 みさおは怪訝な顔をする。書類ではダーウィンESP研究局出身と書いてあったのだ。

「ブラジル……?」

 その疑問には麗華れいかが答えた。

「そ、彼女はブラジル・サンフィデリス科学開発局、そしてダーウィンESP研究局を経由して日本海軍へ渡り、今に至るのよ」

「どこの世界でも超能力者サイキックってのは研究材料なんだな……」

 改めてその事実を再認識させられた。

 いつの間にか遠くに行っていたステラが手を振っている。

「カッチ・ミー・イフ・ユー・カン! こっこまでお~いで~」



 空母内の食堂。

「もう一人との合流までには1時間はあるわ」

 麗華れいかは人数分のカレーライスと水を六人がけテーブルへと運んだ。

「とりあえずここで一番美味しいって評判のカレーにしたけど、他に追加注文ある人はいないかしら」

 ステラが手を上げた。

「はいはーい、ボク辛いの苦手だからどろり濃厚キャラメルマキアート蜂蜜固め濃いめ多めお願いしまーす!」

「ありません」

 即答した麗華れいかに、ステラはぶーたれる。

「ケチャップはあるでしょ?ケチャップ、チューブのでいいから。」

「はいはい、ケチャップね」

 めいのリクエストに麗華れいかは慣れた様子でケチャップを取りに行く。

「あー、ずるーい、ボクもボクもー」

 立ち上がったステラは右手をブンブンと振ってアピールしている。


「ステラっちー、……えっと、ブラジルってどういう所なの?」

 睦月むつきはカレーを食べながら聞いた。

 ステラは人差し指を立てて答える。

「アフリカ大陸のどこか!」

 ドヤ顔である。

 皆は一斉にずっこけた。

「……南アメリカ大陸な」

 みさおが冷静に言った。

 話が逸れていっているのに気づいた睦月むつきは片手を挙げると、改めて質問した。

「そ、それはいいから、とりあえずどんな雰囲気かを教えてくれないかにゃ?」

「んとー、グッドシンカーな所かな、町中にラビッシュはないし、オルドシンクな人は殆どいないもん」

 その言葉に睦月むつきは首を傾げる。

 めいが視線を向けると、みさおが解説を始めた。

「新語法の英語だな。グッドシンカーは良思考的、ラビッシュはゴミ、オルドシンクは退廃的という意味だぞ」

 めいは尋ねる。

「その、そもそもオセアニアって何なの? 資料でさらっとしか知らなくて……日本やアメリカと敵対してるとか」

「オセアニア国家共同体、二十年前の戦役中に発足、前年にEUから離脱したイギリスを盟主として南米、東南アジアやオーストラリアを纏めて発足した軍事同盟からなる共同体さ。反日・反米思想から成り立ってはいるが日本海軍は彼らに技術提供してるって噂もあって一概に敵対してる……とも言いづらい。現にここにステラが居るわけで……」

「で、新語法についてだけど、基本的にはイギリス英語をベースとしていて、ステラのは発音に旧来のブラジル・ポルトガル語が混ざっている感じだな。uの発音とtの発音がわかりやすい」

 いつものように得意げに語り、止まらなくなるみさお

 呆れ顔で首を振って、睦月むつきは席でネイルの手入れを始めた。


 そこに、海軍の人が通りかがり、悪態をついた。

「ったく……ここはファミレスじゃないんだぞ、ガキが集まっていい場所じゃねえわい!」

 みさおたち3人はそれを無視したが、ステラは唇に指を引っ掛けて左右に引っ張って怒りを露わにした。

「いーーーーーっだ!」

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