第6話-1 月をみるひと
見渡す限りのラベンダー畑。
青空の下に広がる紫色の絨毯は誰もが心を奪われるだろう。
艶やかな黒髪、整った顔立ち、ラフなTシャツの下には筋肉質な肉体が隠されている。
青年は
「待って!」
ラベンダー畑を走る。
――おい、近寄るんじゃねえ、化け物にゃ、俺の腕は百年はええっての。
――悪魔の子。
かつて言われた言葉がフラッシュバックする。
歩き去る後ろ姿は、
立ちつくす
「あなた……」
綺麗な長い金髪、白いワンピースを着た女性が父親を見つめていた。
「母……」
けれど、
「駄目よ、まだここに来ちゃ」
気がつくと、目の前は黄昏時の河に変化していた。
母親は対岸に居り、
「離して、離して、母! いやっ! やめてぇぇぇっ!」
目覚ましのアラームが鳴る。
手探りでそれを止めた。
「……夢?」
自分の口元に違和感を感じると、金髪が一本。
「……母……?」
否、その髪の正体は、
「タイチョー……もう食べられないや……」
――そういえば彼女もここで暮らすんだっけ。
あの後、
けれど今は、そんな些細な事に思考するほど余裕もない。
悪夢による倦怠感が身体を
「待って、今から朝食作るから」
「ん……」
私服に着替えた
「体調がすぐれないのかな? テレビでも見てて待ってるといいよ。ちょっとかかるから」
『決まったァーーー、ステゴロ・ジョートーのジャーマン・スープレックスだァーーー!』
『怪盗ハリーマウス、ここに見参!』
エデンの方で情報統制されているのか、昨日の合同軍事演習での出来事は報道されていない。
最後に、赤ちゃんの人形を台所の横においた。
「さて!」
まず、鍋に水、そして塩を少々。
沸騰させている間に、玉ねぎをみじん切り。
フライパンで北海道産十勝バターを溶かし、中火にして先程刻んだ玉ねぎを投入。
鍋が沸騰したらそこにマカロニを投入。
壁掛けのホログラムタイマーに時間を入力し、その間にケチャップライスを作る。
玉ねぎの色合いを見て、火が通ったことを確認すると、そこにご飯を入れて炒め、ケチャップを加えて混ぜ合わせる。
ケチャップライスが出来たところでフライパンから皿に盛り付けていく。
「朝だし僕はこれくらいでいいか……。
そこでセットしたタイマーが鳴った。
マカロニが茹で上がったらお湯を切り、それを皿に盛り付ける。
フライパンでバターを溶かし、そこにチェダーチーズと道産のエージェント十勝牛乳を入れて中火に。
そのフライパンに蓋をして、卵をリズミカルに台所の角に打ち付け、ボウルの中に入れる。
そこに牛乳、塩コショウを加え、菜箸で素早く溶く。
フライパンの蓋を開けると、湯気が広がり、チーズの匂いが台所を支配する。
「いい香りだ~」
弱火にして塩コショウを混ぜ合わせ、茹でたマカロニにそれをかけ、上からパセリを乗せてアメリカ風チーズマカロニ完成。
フライパンに高いところからオリーブオイルを垂らす。
それから、溶いた卵をそこに広げる。
半熟状態になったらラップに乗せ、人数分に分けながら形を整える。
そして、それを次々弱火で炒めて、ケチャップライスに盛り付けていった。
真ん中に菜箸を入れて割り、半熟卵を広げて、ふわとろオムレツの完成。
最後にレタスを手頃なサイズにちぎって、ミニトマトを乗せて……。
「出来たぞ!」
食卓に次々と並べ、食器やケチャップ、ドレッシングも置いて寝ている皆を起こしに行く。
まずは副長の部屋。
開けると広がるのは酒とヤニの匂い。
「タバコ、やめられなかったんですね……」
布団を敷き、その上でお腹を出して一升瓶片手にだらしなく眠る副長。
綺麗な長い青髪でスタイル抜群、普段は知的な白衣に身を包む美人秘書でも
しかし、今の姿を見るとそんな幻想は簡単に砕かれてしまう。
例え半裸でも呆れが勝ってしまうほどの汚い部屋とその寝相。
「副長、起きてください、ご飯できてますよ」
「んあ……あー、いまいく……」
あくびをしながらムクリと起き上がる。
リビングに戻ると所長がコーヒーを淹れていた。
彼はいつも気づいた時には起きている。
「やはり朝のキリマンはいいな」
上の階へ、そして廊下に出ると、ステラが半裸姿でフラフラと歩く。
「
肩を軽く叩いて目を覚まさせる。
「あ、指揮官!?」
それぞれの個室が並び、その一番奥。
そう、朝最強の難敵とのご対面だ。
『GOOD SLEEPING ~起こさないでください~ むつき(ハート)』
その札が掲げられた扉を容赦なく開ける。
ファッション雑誌、いつも首から下げている宝石、所狭しと並ぶコスメグッズ。
ベッドの上で全裸で眠る美少女。
ウェーブロングの茶髪に溢れんばかりの胸、モデル顔負けのプロポーション。
普段は抜群のファッションセンスに持ち前のコミュ力で学園でも男女問わずたちまち人気者。
二分間隔で鳴るアラームを無視して彼女は眠り続けていた。
「これがまさに眠れる森の美女……ですか」
全裸で堂々と大の字で寝ている姿から目を逸らしつつ彼女に近寄る。
周りを見渡すと、派手な装飾のランジェリーが脱ぎ散らかされていた。
「おい、起きてくれ」
全裸の彼女を直視しないように恐る恐る肩を揺さぶる。
「ん……ん……」
「どうしたの!? すごい音したけど……」
物凄い音に
そこで彼女が見たのは、
「人が朝っぱらから気分悪いってのに、何してんのよ、この破廉恥ッ!!」
危機感ですぐに目を覚ました
取り残された
「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁっす!」
これが十六夜寮のいつもの朝だ。
「私、ミニトマトは嫌いだっての、朝から勘弁してほしいわ」
オムライスの上にケチャップを大量にかける
悪夢、
「はい、パンケーキ。これで機嫌直してよ。蜂蜜たっぷりで甘いよ」
新たに焼いた十五段のパンケーキを食卓に並べた。
「別にそういうのじゃないわ……」
そう言って膨れながら、パンケーキを頬張る。
「その、部活とかはどう?」
「別に」
即答。
「そーいや、
そこに明日編入予定のステラも乗っかる。
「ボク、空手部に興味ある! 腹筋・背筋・胸筋って感じで鍛えていきたいなって」
「
「そう」
そのそっけない返事に、
「……ねえ、朝からああなの?」
「知らないよ、多分今日は重いんじゃないかな」
その悪意無く放たれた言葉に、
「……それ、マジで口に出さないほうが良いよ」
「聞こえてるわよ。もういい」
「タイチョー!」
ステラが立ち上がり、去る
金髪である彼女の姿は
「来ないで! 私、今はアンタを見たくないの」
「……」
「本当に情緒不安定なお子様ね」
副長がコーヒーを飲みながら呟いた。
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