Episode:01-4 POLLYANNA syndrome
エデン本部の司令室。
先週ようやく
「ソロモンⅢより、5分後の駅前の第六都市銀行にて強盗事件の予知、死者12、重症4のBクラス事件と分析……」
「事象確定率出ました、75%です!!」
「我々の管轄内という訳か……」
「しかし、ソロモンⅢの予知精度は未知数です。因果捕捉率が把握できない以上……」
「仕方あるまい、
それは予想以上に深刻な事態だ。
所長はメインモニターを見て静かに呟く。
「警察の力ではこの予知を覆せないさ。64%以上の事象確定率はAクラス以上の
それに対し副長は現状を伝えた。
「しかし……
所長は椅子に座り、別窓に映っている公園でくつろぐ
「……今は信じてみるしかあるまい」
一拍置いて所長は大声で言った。
「――うぉっほん。警察庁に事態の連絡。それから、
「初陣というわけですね……!!」
男性オペレーターが不謹慎ながら興奮する。
「本当に行き当たりばったりね……大丈夫かしら」
女性オペレーターの一人が愚痴を吐いた。
――無理もないわね。所長も私も元々は研究畑の人間で、人の運用や指揮なんてしたことなかったもの。
彼女の愚痴を聞いた副長は不安を感じながらも、所長の言った『子供たちに任せてみよう』という言葉を信じた。
――しかし、これで駄目だったらまた振り出しね。
芝の上で寝そべっていた
「はい、
その連絡を受け取ると、すぐに
「
そして、返答は彼の予想通りだった。
「私は行かない! もう、やめたから」
「そうか……」
副長が電話越しに激怒する。
『何言ってるのよ! 早く
その声に
見かねた
「……僕一人でも行く!」
副長はしばらく無言になる。
言葉を失ったのだろう。
その後にまくし立てた。
『無茶だ! 貴方
「意味がないかどうかはそのソロモンⅢとやらが決めることじゃない……。僕だって、誰かの役に立ちたいという気持ちはある」
「――それに、方法は僕が考えるよ。
エデン本部に来るために使ったもので、背伸びしたい彼はサドルを調節した大人用モデルを選んでいた。
ハンドルに手を届かせるため、前のめりになり、ペダル踏みも苦労している。
それでも、1分でも早く目的地に着くために、
蕎麦屋の配達員が、大量に積まれた出前箱を片手で持ち、エアバイクを駆りながら鼻歌を歌っている。
その目の前を自転車が通り過ぎ、バランスを崩して倒れ込んだ。
出前箱が地面に散らばり、配達員がその自転車に怒る。
「ばっきゃろーーーっ、気をつけろぃ!」
――後4分……。
――大通公園から札幌までは距離が……。
――本部が警察に連絡をした。
――しかし、現行法では、恐らくエデンと違って不確定な予知があるくらいでは動けない。
――だから僕達が行くしかない。
対向車線からやってくる車を避けながら走っていく。
クラクションが頻繁に鳴る。
「ごめん、急いでるんだ!」
公園に残っていた
――私は逃げているだけなのかもしれない……。
――何から? 何に怯えているの?
――変わる事に?
彼女の中で何かが目覚めた。
どうして彼女は過酷な訓練を乗り越えてまで特務
――別にアンタに力を貸すわけじゃない……。
――何もしない自分自身を許せないだけよ!
彼女にとって外出は初めてだったが、施設内で地図を頭の中に叩き込んでいた。
俯瞰して見ることで、どこが目的地なのかすぐに理解できる。
そして、空中を蹴って勢いよく前へと進んだ。
ピロロロロという音と共に札幌市上空を飛んでいく。
地上にいる人々はその様子を見て驚く。
「なんだなんだ?」
「おいおいまじかよ!?」
「Ninja!! Japanese Ninja Girl!!」
「今のは
バングルフォンで撮影したり、追いかけたりと反応は様々だ。
地面に足をつけながらスライドして自転車を止める。
火花を散らし、土煙を上げた。
――予知まで後1分。
怪しげな軽バンが銀行の外に停まっている。
プランでは予知事象が生じる前に職員に事情を伝えて警報を鳴らさせ、強盗達が想定外の事態に戸惑っている間に、他の利用者を退去させる予定だ。
職員スペースにある金属透視カメラがあれば誰が強盗かは一目瞭然。そして、配備が義務付けられている防犯ロボットをフル稼働させれば警官隊が来るまでの平均5分を持ちこたえることが出来るだろう。
「すみません、特務機関エデンの者です。死者12、重症4の強盗事件が発生すると予知があって警告しに来ました……」
緊張と焦燥で声が震える。
少し遅れてからバングルフォンにエデンの手帳を表示し、相手に見せる。
しかし、職員は戸惑っていた。
「ちょっと、なんなのこの子供……」
焦る
「はやく警報を鳴らしてください! もう店内に強盗が……」
「あの……失礼しますが、何を言ってるのかわからな」
銃声が轟く。
髭面の男が天井に発砲したのだ。
天井には弾痕ができている。
TT-33を中国で密造したモデル。
黒光りするそれは、紛れもない本物の凶器だった。
――遅かった……。
遅れて警報が鳴るも、強盗は既に人質をとっていた。
若い女性が強盗に口元を抑えられ、拳銃を突きつけられる。
「大人しくしねえと、BANG! だぞ?」
予定が狂ったどころの話ではない。
人質をとっている男とは別の矮躯の男性が拳銃を
「おい、そこのガキ、さっき強盗がどうとか言ってたよな。面白えな……どこで情報を知った? おい、答えろよ」
再び銃声。
銃弾が
「ションベンくせえガキがよ……。まあいいや、3分あれば有り金全てかっさらってここをふっとばすのは余裕なわけでな。恨むなら不運を恨むんだな」
矮躯の男性は
――誰か……。
引き金を引こうとした瞬間、ガラスが砕け、赤い火花が散り、
「
艶やかな黒髪に赤い目、ひらひらしたミントグリーンのキャミソールに赤い上着、淡い赤のタイトスカートを着こなした少女。
世界にも五人しかないというSクラス
彼女は
「私にも、許せないものってあるから……。だから、今はアンタの言う通り、この予知を覆してみせるわ」
そして、凛々しい目で悪を睨みながら告げた。
「いい? 悪党ども……。この
彼女は体中から赤い火花を散らした。
「
「言われなくても!」
腕でL字を作って構えて、放射電撃を放ち、銀行内にいた強盗犯を次々と倒していく。
「うぎゃあああああああああっ」
人質を前に突き出した髭面の男性が言う。
「おい、この状態で電撃は撃てまい!」
その様子を見た
「私の力が電撃だけだと思ったら大間違いね!」
ドアのガラスを破壊して何かが強盗の側頭部目掛けて飛んでき、クリーンヒットした。
外の歩道を自走していた清掃ロボットだ。
「磁力操作。電気を流せば、磁石でしょ?」
残っていた強盗が拳銃で
全て彼女の手前で止まり、潰れた銃弾が落下した。
そして、反撃と言わんばかりに
「ぐぱああああぁぁぁぁぁぁぁっ」
高圧電流を浴びた顔の表面が溶けていく。
そして、中から別の顔が現れた。
「やっぱり変装マスクだったか……」
外では赤信号により車通りの少ない車道を強盗たちが慌てて逃げていた。
「おい、仲間がやられたぞ!」
「なんだこいつ。
大柄なモヒカン男が金髪のV系男子に命じた。
「あいよぉ、アニキィ!」
金髪の男は掌の上にハンドボール大の火球を作り出す。
「俺の炎弾で……消し飛びな!」
その炎は徐々に勢いを増していく。
――
――ここは電磁力によって跳躍回避か。否、炎を操るという事は途中で弾道を変えることも出来るわけだ……。
「回避は難しい、金属で盾を作れ!」
「私に……命令しないでっ!」
そう言いつつも、彼女はマンホールの蓋二枚を磁力で浮かび上がらせ、周囲に回した。
金髪の男は大振りな動作で炎弾を轟!! と投げ飛ばすも、マンホールの蓋がその炎弾を弾く。
弾かれた炎弾は緩やかなカーブを描いて再び
「馬鹿め、ホーミング弾だ!」
金髪の男は白い歯を見せて笑う。
しかし、気づいていなかった。後ろから自転車がものすごい勢いで迫ってきていることを。
気づくと彼は宙を待っていた。
そして、穴の空いたマンホールの中へと入り、下水塗れになった。
男は折りたたみナイフを振るい、彼女の首を狙っていた。
「後ろだ!」
「なっ!!」
その男の背後から更に別の男が二名。
「周囲に電磁力による索敵フィールドを展開して警戒して!」
「さっきから、何、命令してんのよッ!」
強盗団の最後の一人が古いメルセデク・ベンスのバンへと乗り込む。
「奴も所詮人間だ。あの世へぶっ飛ばしてやるぜぇ……!! ヘヘヘヘヘ」
タイヤがスキール音を鳴らし、進路を
――あの車……改造車か!
背後を絵の具を水に溶かすように黒く染める排気量、不自然な馬力から、
「避けて!」
「――いいえ、その必要はないわ」
背中が赤く発光し、身体の至る場所がエラのように開き、そこから黒い液体が滴る。
その液体は空気に触れて赤黒い火花へと変化して散った。
髪が白く光って逆立ち、周囲には岩の破片が浮かび上がる。
「PィィィKェェェェェ……10億ボルトォォォォ!!」
魔改造軽バンは
赤い閃光が辺りを包む。
凄まじすぎるそれにより、視界が遮られ、音は消えた。
――時間が遅く感じる。
次に見えた光景は宙を舞う軽バンだった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ」
夕暮れ空に照らされる逆さの軽バン。
虚しく空転する後輪と粉々に砕けたフロントガラス。
そして、周りで様子を見ていた野次馬達が湧き上がる。
「うおおおおおおおおおおっ!!」
「すげぇ……」
「あの姉ちゃん、車をふっとばした!」
「あれが我が国の特務
北海道警察の文字が書かれたパトカーや赤いランプの搭載された白黒の
――これが……Sクラス……。
魔改造軽バンすらも、その場から動かずに吹き飛ばす威力。
鮮烈無双の電撃姫の異名を持つ
その力は周りが恐れるのも納得のものだった。
しかし、
「大丈夫だった? 怪我は?」
逆立っていた白い髪の光が消えていき、元の艶やかな黒髪へと戻る。
髪をかきあげて一瞥して答えた。
「あるわけないでしょ」
その後、スカートの埃をはたき落とすと、
「その……さっきは……ありがと」
もじもじとした後、すぐに腕を組んでそっぽを向きながら続ける。
「まあ、アンタもそれなりに度胸はあるって事、認めないことはないんだからね!」
夜。
窓からは航空障害灯や街頭に照らされる道路、ビルの窓明かり、時折電車やモノレールが見える。
摩天楼を眺めながら、
「ねえ、アンタはどうして監視カメラや諜報部を使わなかったの?」
彼は昔の生活を思い出したかのように答えた。
「……僕も似たように人に管理される生活だったから……。そういう扱いが一番イヤだってわかるんだ」
「ふぅん……」
「こっちも聞きたいことがある。どうして、すぐに確保されるってわかってて外に逃げ出したんだ?」
「アンタの見せてくれた外の世界がすごく綺麗だったから、少しでもいたいって思っただけ。別に他意はないわ」
そして、
「ねぇ、アンタとなら、特務
「僕が……現場指揮官か……そうだな、一緒にやろう!」
それは地を這う鳥に自由の翼を齎す。
所長はその様子を司令室のモニターで見ながら一言。
「これでいいんだな、
どこともしれぬ暗い空間。
ホログラフのアバター……赤いローブを身に纏い、ペストマスクをつけた長身の者達。
その13人が円卓を囲んで会議をしていた。
『千年王国計画 第六次中間報告 重要機密』
「報告書によるとスタービジョン2号までが揃ったようだ」
秘匿のため、ピッチ加工された音声が静かな空間に響く。
「第六首都の第五次建設も順調に進行している」
「予算をわずかに上回ったが、札幌のソロモンⅢに続き、ライプツィヒのアマデウス、種子島のシバも完成が見えつつある」
「それは遅れも目立っているのではないか?」
「左様、間に合わなければ元も子もない」
「その場合は石狩要塞都市の簡略化を行うまでだ……」
「つい先日、オセアニア国家共同体から日本海軍へ
「一部問題はあるが概ね予定通りだな……」
「――計画の第一歩がようやく踏み出せたようだ」
仮初の楽園は、生命の樹の輝きを静かに讃える。
こうして、未来への旅が始まった。
次回予告
それは運命の出会いだった。
スタービジョン結成、そして、次の予知が待ち構える。
次回、羽をください
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます