Episode:01-3 POLLYANNA syndrome

 真上から照らされる日差し。

 稼働する室外機。

 野良猫がゴミを漁る裏路地。

 テナント募集中のシャッター。

 全蓋ぜんがい式アーケード。


 めいはすすきのの狸小路を歩いていた。

 クレープを口いっぱいに頬張る。

 ショーウィンドウの反射で髪を直し、意味もなく歩く。

 初めての外の世界。



 立体映像で空中に文字が描かれている。

『ようこそ狸小路へ』

 その文字に見とれていると、どこからか不気味な音楽が聞こえてくる。

 振り向くと、飛び出してきたサメに驚いて尻餅をついた。

「きゃああああぁぁぁぁっ」

 そのサメはめいの頭に噛みつく寸前で消えた。

 有名なサメ映画の19作目の立体広告だ。

「つ、作り物よね……」


 めいは向かいにあるゲーセンが気になった。

 女子高生達が太鼓のリズムゲームで盛り上がっている。

 めいがゲーセンに向かって一歩を踏み出すと、不自然な感覚に足を取られた。

「うわっ……」

 ゲーセンがどんどん視界の右に行く、否、めいが左へと流されているのだ。

 足元を見ると、三角形のついたベルトが動いていた。

 それは一定方向へと流れ続けている。

「嘘でしょ!?」

 めいは元の道へと戻るために逆方向へと走った。

「見ろよ、田舎もんだぜ!」

 向かい側をオートウォークで移動する若い男達にバカにされ、思わず睨む。

 そうしていると行きたい方向から離れてしまった。


――と、都会って怖い……。



 ゲーセンでプリクラを取る。

 ポーズを決めて、デコって、その出力された出来栄えを眺めて感動している。

 しかし、同い年の女の子が友人と集まってゲームをしている姿が目に入ってしまった。

 彼女らは学校の事、彼氏の事、友人の事を話している。

 めいはそれを自分と重ね合わせ、普通の人生が送りたかったと暗い気分になった。

「……」


――どうして私はあんな生活を送れなかったんだろう……生まれつき力を持っただけなのに……。


 街角にいる犬に挨拶したり、喫茶店の窓際の席の人に手を振ったり、書店で立ち読みしたり。

 その雑誌には、海外のPSIサイヴィーナスという超能力サイキック救助隊レスキューの話が乗っていた。

 彼女はその記事に写っている、汗と泥に塗れながらも旅客機の乗客を救った同い年の女子を見て、憧れを抱く。

 直後、彼女は今の自分自身に重ねて、その本を閉じた。


――もう諦めたから……。



「繋がらない……か……」

 みさおは必死にバングルフォンで彼女に電話をかけ続けていた。


――仕方ない。あの子の行きそうなところを探しに行く。きっとそう遠くには行ってないはずだ。


 先にエデン本部に戻った副長は通信でみさおに言った。

『そんな悠長な事してる場合じゃないの。彼女は一級の国家機密なのよ? 諜報部と市内の監視カメラを使って……』

 彼女が言い切る前にみさおは反論した。

「あの子はモノじゃない。それに、大事なのは結果じゃなくて過程。僕もあの子もまだ未熟だから、階段を一歩ずつ登る事に意味があるんだ」

 そして、みさおは雑踏の中へと消えた。



 何度かめいのバングルフォンが振動し、点滅する。

 真船 操まふね みさおからの不在着信の文字が並んでいた。


――しつこいっ!


 彼のアドレスを迷惑メールリストに入れ、バングルフォンを切った。

 早歩きで人混みの中を進む。


――真昼時ってこんなに人がいるの……。


――助けて……。


 次第にめいの目がぐるぐると回っていく。

 概念でしか知らなかった都会の人混みというものはSクラス超能力者サイキックをもタジタジにした。

 そこに聞き覚えのある声がする。

「はぁ……はぁ……やっと見つけた……」

 息を切らし、汗を垂らしながらやってきたみさおだった。

 めいは人混みをかき分けて逃げ出す。

「ついてくんなっ!」

「待ってくれ!」

 ほとんど逃げ場のなかっためいは彼に捕まった。

 この雑踏の中では電撃は使えない。

「人を呼ぶわよ」

 めいは睨みながら振り向いて言った。

 その言葉にみさお慌てて手を離して制止のジェスチャーを取る。

「わーっ、待った待った」

 その後、再び逃げようとするめいを見て、みさおは頭を下げた。

「……ごめんなさい!」

 突拍子もない行動に思わず動揺する。

「えっ、ちょ、この場でそれは……恥ずかしいというか」

 続けて、顔を染めながらそっぽを向いて言う。

「……いいわよ、本部に連れ帰るとかじゃなければ、一緒に回るくらい。もう二度と本部には帰らないから」



 狸小路商店街を抜け、大通公園へ向かって歩いて行く。

 地上には市電が走り、真上を赤いラインの入った懸垂式モノレールが通過していく。

「あの……天城あまぎさんは……外の世界でやりたい事とかないかな……」

 みさおはなんとかめいとコミュニケーションを取ろうとするも、うまくいかない。

「別に……」

 お互いに人付き合いの経験が少なくコミュニケーションが苦手で、めいはそういう気分ではないからだ。


――何やってるんだろうな……僕。


 それでも、みさおめいから一歩離れた距離をついていく。



 どことなくぎこちない振る舞いのめいはショーウィンドウに飾られた白いワンピースを見つめていた。

 その様子を見て声をかけた。

「今の服、多分似合うかなって思ったな。案外、白とか清楚系が似合うのかもね」

「へっ!? 私も……」

 最後まで言いかけて、気づいた彼女は目を背けた。

「……フンっ」

 みさおはその様子に苦笑いした。



 噴水、緑広がる芝生、目の前には赤い鉄塔がそびえ立っていた。

 周囲には焼きとうきび、じゃがバター、ラムネ等屋台が並び、家族連れでピクニックしている人や、ベンチに座ってギターの練習している人が居た。


 めいは大通公園の芝生の上に座り、焼きとうきびを齧っていた。

 そこに大量のラムネやホットドッグ、じゃがバター、焼きそば、巨大なアイス、ホットコーラ等々を抱えたみさおが立っていた。

「あのなぁ……こんなに食い切れるのか……? 後アイス溶けてるんだが……」

 それも気にせず幸せそうに頬張るめい

「僕も少し食べたいんだけ」

「駄目」


 即答である。


「こんなに食ってばかりだと太るぞ……」

 めいがアイスを頬張ろうとした時、みさおの言葉に思わず固まる。

「アンタってデリカシーに欠けてるわよね。IQ170の天才って聞いて呆れるわ」

「な……どんなスーパーコンピュータでも君のわがままとヒステリーには白旗上げるだろ!」

「なんですってぇ!?」

 赤い火花が散る。

 しかし、みさおの抱えていた大量の食べ物で怒りを抑えたようだ。

「ま、奢ってくれたからプラマイゼロね」


――一応プラスだったんだ……。


 ホットドッグを頬張る時の表情が一際輝いて見えた。

 艶やかな黒髪、凛々しく赤い瞳、整った顔つき、それらは芸術のように美しく、みさおは思わず見とれていた。

「さ、次はあっちの屋台制覇するわよ!」


――この傍若無人な言動がなければの話だが。


 それでも、みさおは内心嬉しがっていた。

 めいと少しだけ距離を縮められたと思ったから。


 めいも内心では彼との交流を愉しんでいた。

 今まで孤独だったが故に、真っ当な人付き合いとしては初めてだったのだから。



 心地よい風に吹かれ、都会のオアシスで二人は心を癒やす。

 噴水の水飛沫、子供たちのはしゃぎ声、鳩の鳴き声、草の揺れる音。

 しかしその向こうで、黒い軽バンが不穏な空気を撒き散らしながら走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る