第1話-2 これからが彼女のはじまり
自販機を複数設えた休憩所。
天吊りのテレビの映像が次々と変わる。
『――七年前の両神村大火災……現場は2035年現在、一体どうなっているのか……』
『――首都明石で発生した反政府デモは武装警察軍と陸軍による介入もあり、現在では死傷者も出ている状況のようです、現場からの中継は以上……』
『――ビタチや帝産、トヨハシにより、エアカーやエアバイクが実用化され五年。航空法の改正について
少女は長椅子に座り、不機嫌そうに番組を変え続けていた。
先程の黒いパイロットスーツから着替え、ひらひらしたミントグリーンのキャミソールに赤い上着、淡い赤のタイトスカートという服装だ。
「さっきのは貴方の失態ですからね」
そう、少女に告げたのは副長だった。
綺麗な長い青髪で、メガネをかけた知的な印象のある、白衣を身に纏った美女。
彼女は科学開発部の部長も努めているのだ。
――失敗したのはアンタの指揮能力の無さでしょ? 私の士気も保てない癖に偉そうなこと言わないでよ。
そんな心の声を胸に秘め、彼女は言葉を紡ぐ。
「まだ言うの……優しくない……全然優しくない!」
少女は睨んだ。
「ええ、私の優しさは休暇取ってネズミーランドに行ってるわ。そんなものお強い貴方には不要でしょう」
「……おっと、問題児に説教をしに来たんじゃないわ。今までの失敗から、専属の教育係をつけようと思っていたのよ……。人員の選定に手間取っていたけれど、ようやく話がついたわ」
その報告に少女は目を輝かせて喜ぶ。
「えっ、それは本当!? 同い年!?」
話に食いつく少女に対し、副長は苦笑いしながら答える。
「ちょっと年は離れるけど。年上じゃないし、似た境遇だから、きっと仲良くなれると思うわ」
その言葉は少女を不安にさせた。
「え……? 私が年下から教わるの? ……しかも離れるって……」
副長はそんな不安がる少女を尻目に柱にかけられていたアナログ時計を見る。
「おかしいわね……時間的には40分前にはここについているはずなのに……」
中央エレベーターからチーンという音が鳴る。
「ごめん……遅れました……」
メガネを掛けた短い茶髪の少年が息を切らしながら入ってきた。
白いカットシャツ、黒いズボンに身を包む、陰気な小学生だ。
「まさか……コイツ!?」
少女は大声を出して指を差す。
「子供じゃない! どうして? 私がこの子供よりも頭が悪いっていうの!?」
その言葉に副長は肩を竦めて返した。
「彼こそIQ170の天才小学生、
その返答に少女は怒った。
「そういう問題じゃない!」
――どうみてもガキじゃない。私の力があればこんなガキ必要ないのに……。
やれやれといった様子で、副長は少年の方を向いて、彼女を紹介した。
「
大声で現状に抗議する少女を見て、
「彼女が世界でも五人しか目撃されていないSクラス……か……」
副長は続ける。
「見ての通り、この子はちょっと気難しい性格で難儀してるのよ。同じ子供たち同士であればなんとかなるんじゃないかしら……」
その言葉に二人は一緒に反対した。
「いやいや、僕、これでも小学生ですよ……万が一何かがあれば責任なんて……」
「どうして私を小学生と一緒にするの……? これだから大人はキライよ!」
――何が気難しい性格よ……アンタのほうがよっぽど気難しいわよ。
「
「能力の強さによってFクラスからSクラスまで分類されており、強大な力は時に人類の存亡や国家の危機にもなる……」
「特務機関エデン。2022年に設立された超法規的国際
そこには猛犬につけられるような棘の付いた首輪が嵌められていた。
「……いくらなんでも……これは……」
その目線を不快に感じた
「何見てるのよ……」
「……これは首輪型リミッター"原罪"……
しかし、その言葉は
「どうせ私の事は猛獣扱いよ。アンタだってそうでしょ? 同情の目を向けても、アンタだって本心では私を恐れてる、だから近づかないんでしょ?」
少女はそう言って自嘲気味に笑う。
「別に私はいいの、それで。ライオンだから……小さい時からずっとこの施設で暮らしてきた。だから、このままでいいの……私には特務
その悲しみに包まれた言葉は、
――こんな事って……。
彼はその状況にかつての……否、今も含めた自分を重ねた。
しかし、
それ故に、それすら与えられていなかった彼女の悲しみは周りの無神経な大人より理解している。
「
休憩所に
普段そこまで大きな声を出さないためか、喉を震わせながらの叫びはまるで吠え声のようだった。
「僕は、彼女に世界が広くて美しいことを教えてあげたいんだ。エゴだし、危険かもしれないけど……彼女を狭い箱庭に閉じ込めたままなんて。可哀想だ。どうして、同じ人間同士で恐れあわなきゃいけないんだ……」
息を切らしながら、途切れ途切れの言葉を紡ぐ。
「原罪の解除と外出の許可を……」
そう言い切るとしばしの間、静寂が訪れた。
その言葉に返したのは副長だった。
「わかってるの? 外で何かあれば貴方の責任なのよ?」
そこで副長の言葉が止まる。彼女の視線の先にいたのは、角刈りにサングラスという厳つい顔に、筋骨隆々の大柄なボディには黒い背広を纏った男だった。特務機関エデンの所長である
その見た目から"鋼鉄の王"と呼ばれているというが、その割に穏やかな声で、静かに告げた。
「……
副長は思わず目を見開いた。
「所長……!」
「我々は
副長はそれでも納得できないといった面持ちで言う。
「所長……お言葉ですが彼女は反応弾と一緒です、扱いを間違えれば……」
所長は目を瞑って、何かを思い出すかのように彼女を宥めた。
「
「しかし……納得できません!」
副長がなおも感情的に返すも、所長は前を向く。
「昔、仲がいい研究者がいた。その頃の俺は不器用でな……今の
思い起こすかのように所長は語り始めた。
「ある時、俺は研究に行き詰まって、全てが暗く見えたんだ。そしたらやつはこう言ったんだ」
「――迷ったときこそ、敢えてしない事をしてみるんだとな」
「後のことは子供たちに任せてみよう。彼らの背中を支えてやるのが大人の役割だ。彼らは我々では思い至らない手段で打破してくれるやもしれぬ」
所長のその言葉に、副長はしぶしぶ頷いた。
「ええ……わかったわ……そうします」
長いエレベーターで地上へと出た。
特務機関エデンの本部は深度200mの地下にある秘密基地のような施設だったのだ。
「来るときも長かったけど……戻るときも大変だ……」
エレベーターのドアが開くと、そこは薄暗い建物の中だった。
「こちらです」
黒服が案内する先に、小さな金属製の扉があった。
IDカードを
春先の心地よい風が身体を包む。
板状の集光ビルが回転し、太陽の光を集める。
遠くには無数の風力発電施設。
幅の広い道路を歩く人々の間を平たい円盤状の掃除ロボットが走っていく。
その少し上をオレンジと黄色のラインが入った跨座式モノレールが通り過ぎた。
街の要所要所に配置された柱にはホログラム広告が表示され、目まぐるしく変化していく。
立方体のブロックを組み合わせたようなロボットがプロペラで飛びながら目の前に現れる。
『ようこそ、第六首都札幌へ! このナビゲーターが案内をします、何かあれば、バングルフォンかIDカードを
「わっ、わっ……」
思わず
その間に、黒服の職員は
「原罪、解除できました」
ガシャリ、と大きな音を立てて、首輪が地面に落ちた。
案内ロボットに気を取られていた
「どうして……?」
「……こういう扱いは個人的に気に入らなかったんだ。論理的じゃない理由だろうけど……」
それは現在普及している腕輪型携帯デバイス、バングルフォン。
その中でも、HOLO-PHONEというモデルだ。
彼女の
「本当は特務
赤外線センサーで手の動きを感知し、アプリを操作する。
「……ありがと」
――へぇ……意外と優しいのね。小学生にしては……及第点って所かしら……。
「とりあえず……今後はよろしく……」
少しひんやりとした、柔らかい感触がした。けれど次の瞬間、
刹那のフラッシュバックにプライドとトラウマが合わさり、怒りとして発露する。
「気安く触んな!」
そして、電撃が
それを尻目に
「ふんっ!」
しばらくすると、副長が本部の扉から出てきた。
「ほら、言ったじゃない。どうしてこの私が子守なんてしなければいけないのかしら……まだ未婚なのに」
そして、黒焦げになった
「はぁ、まさに親の心子知らずね……」
副長が
「どうして……」
なんとか立ち上がるも、身体のあちこちが痺れているらしく、どこかぎこちない様子。
「だから気難しいって言ったじゃない。それでもまだ彼女なりに抑えていた方よ。いつもだったら先任四名のように病院送りだったわ」
「抑えてくれたのか……あの子は気が強いだけで、優しいんだろうな……」
「まだそんなこと言うの!?」
副長は彼に向かって怒気を露わにする。
「いい?
「……僕の携帯ってどうなってる?」
位置情報通知を慣れた操作で消し、代わりに通話アプリを操作、
待つこと十数秒。SOUND ONLYの赤い文字が浮かび上がって通話が繋がった。
「今どこにいるの?」
バングルフォンに声をかける。
『魚の店……』
「さっきはごめんなさい……でも、もうアンタ達の命令に従う気はないわ」
悲しげな声で呟く。
「さよなら……」
『ちょっと……待ってよ……』
――もう、来ないで……エデンは別に私を必要してないの。ただ隔離したいだけの大人達に付き合わせるのはもう勘弁して……。
副長は、わざわざ電話をしていた
「都市中に張り巡らされた監視カメラで彼女の動向を追えるというのに何故……それに、こちらの諜報部を使えば容易に回収できるわ。どうして貴方ともあろう方が効率を重視したやり方をしないの!?」
その言葉に
「そういうのはやめてくれ。僕は……効率とか論理より、たとえエゴだとしても美学を重視したいんだ」
「きっとあの子は外の世界に憧れていただけなんだ。大人の都合でこうやって縛り付けていたから……」
一拍置いて、
「あの子は僕と同じだ……」
――あの子はウチじゃ面倒見きれないわ……。人じゃないもの……出ていって!!。
――お前は特進プログラムだ。"普通の人"とは同じ教育なんか受けさせられないよ。教員の間でもお前の事はお手上げなんだ。
――もうお前とは一緒に居たくない。お前がいると俺達は何もできないと感じちまうんだ。
――お前は我が国にとって重要な人的資源となりうる。逃亡しようなどとは考えるな。
へんてこなマスコットキャラグッズ集めが好きらしい。
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