第2話-1 羽をください

『では、これより、スタービジョン結成祝賀パーティを開催します』


 市内のホテルのダンスホールを貸し切った。

 金色に輝く床、天井には満月の星空が見えるガラスアーチ。

 普段は制服の職員達も、今は男性がタキシード、女性がドレスやガウンといった装束で着飾っている。


 給仕がワインやシャンパンを配っている。

 もちろんみさおめいを始めとした未成年には葡萄ぶどうジュースだ。


 そして、みさおは酒が入った副長に絡まれていた。

「ッヒヒ……戦術部第一課着任おめでとウィック……」

 真船 操まふね みさおは本日付で特務機関エデン戦術部第一課に配属された。

 階級は准尉。

 あの後、数回の適性試験、めいとの合同訓練を行った結果、適性を見出されてスタービジョンの主任となった。

 もっとも、それは最終確認的な意味合いが強く、ほとんど決まっていたようなものだったが。


「あの、飲み過ぎですよ、秋月あきづきさん」

 パーティが始まって早々、彼女は呂律が回らないほど出来上がっていた。

「ころ時代りぃ、のまんでやってられっかてのぉ~」

 ワインの瓶一本を片手に千鳥足で去っていった。

 みさおはため息をつくと、辺りを見回す。



 周りがダンスや交流する中、めいは大理石の柱にもたれ掛かって一人でジュースを飲んでいた。


――こういう場ってどうやって楽しむのがいいのかしらね……。


「その、踊らないのかい?」

 そんな彼女に声をかけたのはみさおだった。

「……こういう雰囲気、正直苦手」

 めいは俯きながら金色の床を蹴る。

「僕も……騒がしい事は好きじゃないんだ……」



――僕は子供扱いされたくないけど、こういう場では子供で居たい、大人で居たくない……。


――超能力者サイキックではないのに特別視されてきたように、僕ってどこに居ても半端者なんだろうな……。


 みさおは心のなかで、自分の立場に悩みながら、めいに話題を振る。

「あの、とりあえず、スタービジョン結成に乾杯だね」

 めいはその言葉に反応し、顔を上げてグラスを構える。

「うん。乾杯」



 それから、みさおは照れくさそうにしながら言った。

「よかったら、あの、その、僕と一緒に踊らない?」

「今のは新手のナンパ?」

 めいからかうように笑って聞く。

 その反応にみさおは虚を突かれたようだ。

「そ、そういうつもりじゃ……! ただ、このままだとせっかくのパーティなのに……って」

 めいみさおの可愛らしい反応に微笑むが、その直後に暗い表情になった。



「――私、踊れないのよ……踊り方がわからない」



「僕は学会や研究機関の社交界で何度か。教えるよ。来て」

 みさおめいをダンスホールの真ん中まで連れてくると、手を握った。

「なっ……」

 めいは反射的に電撃を放ちそうになるも、なんとか抑えた。

天城あまぎさん、基本の足運びはこんな感じ」

 みさおは横にステップを踏む。

「こ、こう?」

 めいの足運びはぎこちない。

 お互いの足の動きがズレ、バランスを崩してしまった。

「ちょっ、近いって、離れなさいよ、電撃浴びせるわよ?」

「仕方ないだろ!? ダンスなんだから!」

 言い争っていると、他のペアが声をかけてきた。

「そこ、突っ立ってると邪魔だぞ」

「ごめん……」

「ったく、マトモに踊れねえガキ共……」

 去り際の言葉はめいにも聞こえていたのか、彼女がムッとした表情をする。

「気を取り直して、やるわよ!」


――案外負けず嫌いなんだな……。


 一通りの動きを覚えると、軽快なワルツに合わせてナチュラル・スピンターンを行う。

 そして、バックしてターニングロック。

 コントラチックからウイング。

 呼吸を合わせてウィーブ・フロム・PP。

 仕上げにプログレッシブ・シャッセ・トゥ・ライト。


 一通りの動きを終えるとめいは笑顔で称賛した。

「結構、やるじゃない」

天城あまぎさんも上手だと思うけど、これなら他の男性とも踊れるのでは?」

「嫌。大人の男となんて……」

 不機嫌になるめいの表情を見て、みさおは首を傾げながらボソリと呟く。

「別に、誰と踊っても変わらないと思うけど……」

 パーティの雑音の中でも聞こえたらしくめいは、みさおにふくれっ面で詰めよる。

「アンタさぁ……私がそんな尻軽に見えるってわけ?」

 そんな彼女の気迫にみさおはそっぽを向いて前髪を弄り、笑いながら答えた。

「僕は別に誰とでも良いけど。天城あまぎさんはエデンの中では一番誘いやすいかな」

 その返答にめいはバチバチと火花を散らす。


 みさおはすぐに後ろに下がって慌てて聞いた。

「何をそんなに怒ってるんだよ。もしかして、えっと、あの日? 結構重かったりするの?」

「違うわよっ!」

 無自覚なセクハラに対して怒りを露わにする。

 赤い稲光が奔った。

 みさおは骨が透けるように激しく点滅し、黒焦げアフロになる。

「ったく、ほんっとデリカシーは無いんだから」

 彼が口から黒い煙を吐いて倒れた後、めいはそう吐き捨ててその場を後にした。



 後日、めいはエデン本部のカフェテリアで所長から呼び出された。

「これがスタービジョンの制服だ。なんでも、みさおの希望だそうだ」

「これが……」

 所長に渡されたそれはセーラー服だ。

 胸元には赤いリボン、短めのスカート丈で現代の学生風のデザイン。

 平素な見た目とは裏腹に内部はハイテクで、防刃防水耐熱絶縁耐化学防護特殊超炭素繊維で構成。繊維の合間には連携型ナノマシンが搭載され、バイタルデータの取得・分析、心肺停止に陥った際のカウンターショックから保温・冷却機能まで存在するという。

 また、内ポケットには緊急用の飲料水もあり、下着には汗や尿を濾過する装置も備わっている。

 スカートを留めているボタンを押すことで、スカートが浮き袋に変化したり、背中からパラシュートが飛び出す。


 めいはそれを持って更衣室へと走っていった。

 今の服を脱ぎ、スタービジョン制服へと着替える。

 その全てがやや大きめなサイズだが、自動リサイズ機能によって身体にフィットするよう調節された。

 更衣室にある姿見の前で一回転する。

「わぁ……」


 めいは制服に身を包み、カフェテリアに戻ってきた。

「あら、結構似合ってるわ。本物の学生さんみたいね」

 いつの間にか来ていた副長に対し、めいはムッとする。

「そんな顔しなくても、別に叱りに来たわけじゃないわ。私をなんだと思ってるのよ」


――嫌な人に決まってるでしょ。


 そういう感想を心に秘め、めいは表情だけでも愛想笑いを繕う。

 副長はめいに近寄り、チョーカーを手渡した。

「これは?」

 めいはかつて着けられていた首輪型リミッターを思い出し不安がる。

「サクラメントって小型通信機よ。これがなきゃ作戦の連絡もできないわ。心配しなくても、この装置の開発者はみさおくんよ」

 彼女の喉とリンクしてマイクとして機能し、神経に対し直接音声データを送り込む。

 そういった仕組みで真空や騒音の中等、いかなる状況下でも会話を可能とするデバイスだ。

 また、発信機も搭載されており、地球上どこに居ても彼女の場所を特定できる。

 めいはサクラメントを着けようとするもうまくいかない。

「装着はここのボタンを押すのよ。こんな感じで」

 副長がめいの首に手を回し、嵌めた。


――いつもより優しく感じる……。


 無理もない、昨日は酒が入って日頃の鬱憤が開放されたのだから。

 それに、みさおが来てくれたことが図らずとも緩衝材になっている。

「セーラー服という形状、超能力者サイキックの堅苦しいイメージや危険なイメージの緩和にも繋がるし、かなりいいアイディアよね……」

 副長がめいの姿を見て所感を述べる。

 所長はそれに頷いた。

「うむ。それに加えて標的に対して警戒心を与えないという効果もあるだろうな」


 めいは気になることを聞く。

「この星は?」

 胸元のリボンにあしらわれた大きい星。

 彼女が端末で調べた学生の制服にしては少し幼い印象だ。

「バイタルに問題があったり、疲労によりPSIサイが使えなくなった時は点滅して音と光で知らせるようになっているんですって。後は裏に色々なボタンがついているけど、この辺りは後でおいおい……ね」

 副長がマニュアルを読みながら機能を説明した。

 それを聞いためいみさおを称賛する。

「へぇ……意外とやるわね」


――今までだと司令室との通信ありきだったし、前のピッチピチのスーツは色々なところが見えるだけで、大した機能が無いから嫌だったのよ……。


「昔の特撮映画や魔法少女アニメを見ながら三日でやってくれた仕事ってのが信じられないな」

 所長はそう呟くと、コーヒーを飲み干して現状を伝えた。

「それから、俺とみさおで色々計画し、関係各所と連絡して学校に通えるように取り計らってる。吉報を期待してくれ」


「学校……」

 めいはその単語を噛みしめる。

 今までは決して届かなかった場所。


――こういう制服を着て皆で勉強する……のかな。私が調べた情報ではそんな感じだったけど、どんな所なんだろう。


 ふと、誰かの気配を感じ、カウンター席の方を見た。

 そこにはみさおが突っ伏して寝息を立てている。

 めいは更衣室から上着を持ってきて彼の肩に掛けた。


「ありがと」



 セーラー服である所と星の意匠があるという部分は所長の意向ではあったのだが、所長はみさおを立てるためにそれを伏した。

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