第7話-1 曇り空、そして

 初夏の日差し。

 また睦月むつきの寝坊で遅刻ギリギリだ。

 桜が散り、青々とした木々が通学路を彩る。


「先に行ってるねーっ!」

 ステラがローラースケートでめいを追い越していった。

「んじゃ、お先!」

 次に、睦月むつきがホバーボードに乗ってめいの横を通り過ぎていった。

「ったく、誰のせいで急いでると思ってるのよ!」

 めいは走って二人を追う。


 門扉が閉まり切る前に何とか滑り込んだ。

 生活指導のキングゴリラがその様子を睨んでいた。

「間に合った……二人共、ズルいわよ!」

 めいが息を切らす。

「へへへー、ごめんよって」

 睦月むつきとステラがめいの呼吸が整うのを待つ。


 そこに、一両の10式戦車が道路にキャタピラ跡を残しながらやってきた。

 そして、校門の前で止まった。

「なんだなんだぁ?」

 周りの生活委員が逃げる中、生活指導の先生は竹刀を構えて戸惑う。

 砲塔がゆっくりと校門に向かって旋回した。

 次の瞬間、激しい轟音とともに、門扉は粉々になって吹き飛ばされた。

 戦車のハッチを開け、竜蛇りゅうじが髪を整えつつ姿を表した。

「おはようございます、西郷さいごう先生。それでは、パンツァー・フォー!」

「ばかもーーーーん! 戦車で通学する奴がおるかーーーーっ!」



竜蛇りゅうじ様、これを見てほしいであります」

 本瀬ほんせは自身の持っている手帳を開き、竜蛇りゅうじに見せた。

「ほう、これが今月の学園女子ランク付けか」

 竜蛇りゅうじは爽やかな笑顔でそのデータを凝視する。

 しかし、途中でその手帳が竜蛇りゅうじの視界から消えた。

「このクラスの学級委員長としてこの手帳は没収します」

 めいが無理やり本瀬ほんせから手帳を取り上げたのだ。

「俺は風紀委員だぞ!」

 竜蛇りゅうじが反抗するも、めいは腕を組んで説教した。

「なおさらです、風紀の乱れを正してください!」

 そして、取り上げた手帳を開いてめいが呆れる。

「しかし、本当に男子ってこういうの好きよね」

 めいは取り乱す本瀬ほんせの顔を抑え、読み進めていく。

「あっ、見てはいけないであります!」

 容赦なく大きく声に出して読み上げていった。

「なになに? 天城 冥あまぎ めい、16歳、誕生日は5月22日、目測スリーサイズは75/63/72、ランクA。性格はキツく胸も残念だが、顔はよく、太ももやお尻がおすすめ。体育の時は特に観察しがいがあって……」

 クラス中にその声が届き、三人は注目の的になった。

「いやー、でも、その引き締まった足腰、ブルマとか似合いそうでありますな」

 本瀬ほんせが取り繕おうと、めいを褒めるために出た言葉がこれだ。

「僕はブルマよりスパッツ派だな」

 そこに、旬世しゅんせがやれやれといった顔で話に混ざる。

 めいは苛立ちを募らせ、拳を握る。

「一旦三人は反省しなさい!」

 げんこつが三回炸裂。

 三人はたんこぶを作り、生徒指導室へと引きずられていった。



 引きづられている最中、竜蛇りゅうじ睦月むつきに気になることを聞く。

「あれ? みさおは今日も休みか。退院したんだろ?」

「あー、なんでも、業務が忙しいんだってさ」

「あんな子供なのに難儀だなぁ……」

 竜蛇りゅうじめいに引きずられながらウンウンと頷く。

「大いなる力には、大いなる責任が伴う。古くからある言葉よ……」

 めいは一言呟いた。



「x=3y^2だとすると、ここの公式は……」

 めいは数学の授業中、窓の外を見ながら物思いにふけっていた。


――合同軍事演習でのキャリーの裏切り。


――そして、数日前のめいの暴走。


――こういった情報が水面下で広がりつつあり、反超能力者サイキック・反エデン感情として周囲にくすぶっている。ってアイツから聞いたわ。


――この学校で再びいじめられるのも時間の問題か。


――でも、今度は私だけじゃない、他の二人も巻き込みかねないのよね。


――いけない。体調悪いからかネガティブなことばかり考えてしまうわ。


天城あまぎ天城あまぎ天城あまぎ!」

 めいは何度かの呼びかけでようやく気づく。

「はい!?」

 チョークと呼ばれるタッチペンが超高速で飛んできて、スパァァーーンと顔面にクリーンヒットする。

「あたっ!?」

 周囲の生徒たちがどっと笑いに包まれた。

「バケツを持って廊下に立っとれい!」



 授業が終わり、ようやくめいは教室に入ってくる。

「おかえり~。あーしやステラっち以外にも立たされる人っているんだねぇ~」

 睦月むつきが机に座ってタッチペンを回しながら言った。

めいちゃんは竜蛇りゅうじ君、宮沢みやざわ兄弟のバカルテットの中ではマトモな人だと思ってたのになー」

 聞き捨てならない言葉を聞いためいは勢いよく睦月むつきに迫った。

「ちょっと、バカルテットに私も入ってるってどういう事よ!」

 圧に押された睦月むつきはどうどうとめいを宥めた。

「まあまあ、めいちゃんにもそういう友達が出来たってことじゃん、あーしは嬉しいよ」

 めいは少し落ち着かせると、自分の変化に気づいて微笑む。

「ちょっと考え事してた」

 そこにステラがやってきた。

「グッドシンクフル?」

「うーん、どうだろうね」

 めいは自分の悩みを内に抱え、適当な相槌とぎこちない笑顔で返した。

 ステラはその様子をじーっと見つめていた。

 少しすると、ステラは用事を思い出す。

「あ、そうだ! えと、睦月むつきちゃんにアレを渡そうと思って!」

 そう言って睦月むつきにピンク色の表紙をした本を差し出した。

「少女漫画?」

「キミに叫ぶよは面白かったよ、あーしはカケル派かなー。ハルト君も捨てがたいけど~」

 睦月むつきが感想を述べると、ステラは好みに合いそうな別の作品を紹介した。

「じゃあ、ボクのおすすめは僕だけの君へかな、ダイヤの切り札も薦めたいけどこっちは静寂の切り札から読まないといけなくて」

「いいんちょ~。学校に漫画の本を持ってきてる人がいま~す」

 旬世しゅんせがその漫画を取り上げ、ひらひらとしながら生徒に見せびらかす。

「わっ、返せっ、ボクのだぞ!」

 そんな旬世しゅんせを必死に追いかけるステラ。

 そこにめいが割って入った。

「別に少女漫画は健全な恋愛感情を育むために必要なんだからいいでしょ!」

 一部始終を見ていた本瀬ほんせがメガネをクイッと上げる。

「委員長、それはエコヒーキでありますな!」

 男子のからかいに、めいは体調不良のストレスも合わさり余計にイライラする。

「チッ」



 エンジンの爆音と、タイヤが横滑りする軽快な音が響く。

 赤色のマクラーデンF1が綺麗なカーブを描いて学校の駐車場に停まった。

「すげぇ、本物の外車だ!」

 その中からは綺麗な長い青髪で、白衣を身に纏い、サングラスをかけた美女が姿を表す。

 秋月 麗華あきづき れいか副長。

「おい見ろよ、あのケツ!」

「クーッ!! イカしてるぜ!」

 その美貌に竜蛇りゅうじ旬世しゅんせが盛り上がる。

「アンタ達ねぇ……」

 めいが呆れていると、校内放送が流れた。

『高等部2-Aの島風しまかぜ ステラさん、高等部2-Aの島風しまかぜ ステラさん。至急職員室に来てください』

「ごめんね、ちょっと行ってくる!」

 呼ばれたステラは教室を出て職員室へと向かった。

「なんなのかしらね……」

 睦月むつきがステラの様子を見ていると、めいは彼女の足元に何かが動いているのを視認した。

「ん? 変なコガネムシが……」

 言われた睦月むつきが自分の足元に目をやると、長い触覚、黒光りする体表の、本州ではよく見かける害虫だった。


「アイエエエエエ! ゴッキー!? ゴッキーナンデ!?」

 彼女の反応はゴッキーリアリティショックという奴だ。

 遺伝子に刻まれたゴッキーへの恐怖が体全体を使って表現されている。

「アレ! あのアレだよ! ほら、助けてぇ!」

「そんなに嫌わなくてもいいと思うんだけど……」

 珍しいコガネムシの親戚だと思っているめいは何も感じず、ゴッキーへと近寄った。

「やあ、ボクはカサカーサ」

 なんと、ゴッキーが若い男性の声で喋りだしたのだ。

 それにはめいですらも驚く。

「喋ったァーーーー!?」

 恐らく精神感応テレパスの一種だ。

 カサカーサは動き回りながら喋り続ける。

「見ての通りアレですけど、そこまで嫌わなくてもと思います。都会のアレとは違って下水道を通ったりはしません!」

「人間以外でも超能力者サイキックになるんだ……」

 めいは驚愕を表情に表しながらゆっくりと問う。

「もー、人間は自分達の事を特別な存在だと思い込みすぎですよ」

「地下に居たイルカさんも、人間は進化の中途でしかないって言ってましたよ?」

「確かに人類や鯨類と比較すると昆虫の超能力者サイキックは非常に希少です。我々は松果体ではなくキノコ体の変異で生じるためか、非常に発現しづらいのですが、発現した場合は強力なPSIサイになりやすいみたいだ。ボクは君達のいうAクラス相当でしょうか」

 遠くでそれを眺めている睦月むつきは不快さを表情で表す。

超能力者サイキックのゴッキー……なんか余計に気持ち悪いってカンジ」

 ストレートな物言いにゴッキーは涙を流した。

「ひ、酷いィ……」

 めいがそんな彼にフォローをした。

「まあまあ、虫だからって嫌うのはよくないと思うわよ。結構カブトムシみたいでかっこいいじゃない」

「ありがとうございます……ずびっ、生まれてこの方皆から嫌われてばかり、全く世知辛い世の中ですよ。少しばかりお礼をさせてください!」

 カサカーサは鼻水をすすりながら涙を前脚で拭き取る。

「恋のキューピッドでもしましょう。天城 冥あまぎ めいさん、好きだけど恥ずかしくて気持ちを伝えられないって状態ですね?」

 図星を突かれためいは驚く。

 読心能力者サイコメトラーでもあったようだ。

「えっあっ、そのっ」

 狼狽するめいに、睦月むつきはわざとらしく大げさな反応を見せる。

「えーーーーー、好きな人がいるのーーーーっ!? いや、だいたい想像つくけど」

 カサカーサはめいが顔を真っ赤に染めて体中から蒸気を上げている間に、校内を駆けながら精神感応テレパスで叫びまわる。

「えー、天城 冥あまぎ めいさんは好意を抱いてる相手がいまーす、えーーーそれはーーー」

「タタキツブシテヤル!」

 羞恥と怒りに染まっためいは丸めた教科書を片手に、全力で追いかける。

 SMAAAASH!! を間一髪で回避した。

 カサカーサは素早く走り、校舎の外へと逃げていった。

 めいは窓から顔を出し、大声で叫ぶ。

「二度と来るな!」

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