第11話-1 水着だよ、全員集合

 夏本番の真昼時。

 山に近い喫茶店アルカディア周辺では、常に蝉の鳴き声が聞こえる。

 北海道であっても、夏の暑さは人にとっては耐え難いものだった。


 みさおは大量の汗を流しながら店に戻ってきた。

「お疲れーっ」

 睦月むつきが出迎える。

 スタービジョンの女性陣三人はベージュローゼのカッターシャツに腰掛けタイプの臙脂色のエプロンという格好、下には長くスリムな黒ズボン、黒のローファー。

 これが喫茶店アルカディアの制服だ。

「ステラー、8番の席にスペシャルバナナパフェといちごホイップサンド、それとキャラメルマキアートにアイスカフェオレお願い」

「一度にたくさん覚えきれないよーーーっ」

 学園は夏季の長期休みで、テーブル席にはクラスメイトが集まっていた。

「エアコンって文明の力だよなー」

「メイメイ~スマイル~っ」

「それにしても喫茶店のめいちゃんもステラちゃんも睦月むつきちゃんも可愛いねぇ、眼福眼福」

 カウンター席でレジ応対するめい、配膳する睦月むつきとステラ。


睦月むつきちゃん! ちょっと来て来てー」

 睦月むつきと仲がいいギャル三人組が呼んだ。

「こないだ、ウチと玲奈れな美奈子みなこで海に行ったんだー。沖縄の海だよ!」

「サメが泳いできて怖かったよね~」

美奈子みなこなんかすっかり焼けちゃってさ~、見て見て、小麦色と肌色でくっきりよ。日焼け止め使わないから」

 ギャル三人はバングルフォンに記録した写真を見せびらかしながら楽しげに睦月むつきと笑う。

「いいじゃんいいじゃん。あーしも海行ってみたいなぁ」


 影でそれを聞いていたのはめいだった。



 夕方、十六夜寮の食卓で晩飯を食べていると、めいは突然立ち上がって言った。

「海に行くわよ!」

 その大声に、誰もが手を止めて注目した。

「はい?」

 みさおは首を傾げる。

 睦月むつきは「あちゃー」という顔をしていた。

 恐らく昼の会話がこの突拍子もない発言の原因になったと自覚しているのだろう。

「JKってのは人生を最高に楽しめる時期だもの! それに海! やっぱり空母の上じゃなくてちゃんと海水浴場に行きたいわ!」

 めいは目を輝かせてみさおに迫る。

「僕は小学生ですけどね。それと、最高ってのは常に更新し続けるものだぞ」

 みさおはさり気なくめいの更に乗ったステーキの一切れを奪い取って言った。

 めいはお返しと言わんばかりにみさおのステーキを皿ごと奪い取る。

「細かいことはきにしなーい」

 めいは巨大なステーキを一口で頬張って微笑む。

「ま、いんじゃないの?」

 睦月むつきは適当な感じで話を勝手に進めた。

「たまにはエデン職員総出で遊びに行くってのも悪くないかもしれんな。明日はエデンを特別夏季休暇、社内海水浴とする!」

 所長も話に乗っかり、いつの間にかエデンでの社内イベントになってしまった。

「所長……本当に社会人として自覚あります?」

 副長は呆れてため息をつく。



 夕食を終え、喫茶店アルカディアはバータイムが始まる。

 みさおは先程の突飛な話についていけず、カウンターでボヤいた。

「しょ……店長、明日の予定なんだが、日焼け止めも水着も持ってないんだけど……」

「あるぞ」

 みさおは思わず「あるのかよ!」と言ってしまいそうだったが抑えた。

「変なデザインのだったら承知しないぞ」

 みさおは今までの店長のセンスから念のためバングルフォンで通販を頼んだ。



 次の日。

 天気は快晴、快適な気温、青く輝く海。

 銭函にある海水浴場。

『銭函ビーチ 本日 特務機関エデン 様貸し切り』


「海だーーーーーーーーーっ!!」

 飛び出すスタービジョンの三人。

 オペレーターの人達や諜報員も皆仕事を忘れてはしゃぎだす。

「ちょっと、皆大人気なさすぎじゃないですか」

 緑の横縞の海パンを履き、浮き輪を装備したみさおは呟いた。

 その横で赤と白のビーチパラソルの下、ビーチチェアに座っている副長。

 彼女は星型のサングラス、布面積が少ない黒い過激なビキニに見を包んでいる。

「こういう時は普段のことなんて忘れたほうが楽しめるわ。皆、若いんだし」

 副長の言葉にみさおは顔を緩めて返す。

「副長だって若いじゃないですか」

「あら、お上手ね」

 ふと、みさおは疑問を口にする。

「エデンってなんでこんなに若い人が多いんでしょう……僕やスタービジョンの子もそうだけど、あのオペレーター三人も未成年じゃないですか……」

 自分を含めて彼らに過酷な労働を課している事に対する思いから、みさおは表情を曇らせる。

「皆、貴方と同じよ。世間に居場所が無いの。だから、身を削ってまで自分の居場所を確保しようと必死なのよ。私もね」

 サングラスを外しながら語る副長の言葉には陰りがあった。


――そうだ、僕が今までこうしてエデンにいるのも、居場所を作るためだ。


――いつの日か、僕は天城あまぎさんに逃避のために特務超能力者サイキックをやってると辛辣に当たったっけ。


――でも、僕も結局は同じ穴のムジナなんだよな……。僕は結局あれから何も変われてないのかもしれない。


――変わった気でいるだけで、結局親との関係も進展しない。僕は……。


 次第に表情が暗くなっていくみさお

「ま、今日くらいはそんな鬱屈した感情忘れて楽しみましょ。時間は有限、楽しめる時は楽しむのよ! 貴方は子供なんだし、特にね」

 副長はその陰りを消すかのように笑ってみさおに言った。

「……はい!」



 睦月むつきの水着は黒いオフショルダービキニ。

 高速で鼻血を吹き出してしまいそうな過激さ。

 水着を着た女神といった感じだろうか。


 ステラの水着は黄色と白を基調としたワンピースタイプ。

 純粋さも相まって、胸元からちらつくのは触れることはかなわないアンタッチャブルな際どさだ。

 海の女帝と言えるだろう。


 めい睦月むつきやステラのどたぷ~んとした胸を見る。

「くっ。やっぱり来なければ良かったわ……」

 自分の平坦な胸と比較し、めいは落ち込む。

「ねぇねぇ、めいもそのパーカー脱いじゃえってー」

 睦月むつきの言う通り、めいは白いパーカーを羽織っていた。

 めいは自分の水着姿に自身がない。

 パーカーを引っ張る睦月むつきに、めいは戸惑う。

「ちょ、睦月むつき!?」

 しかし、めいは二人の巨大な胸を改めて見て、更に落ち込む。

「……胸に、自信がないもん……」

 ステラが飛び跳ねながらめいに聞く。

「えーっ、誰か気になる人でもいるのーっ?」

 睦月むつきも悪い顔をして自分の胸を揉みしだきながらめいに迫る。

「能力みたいにパワーアップしたらいいのにね。胸がもっと大きくなるキョニュウマックス! とか?」

「ちょ、別に私は……」

 睦月むつきは彼女が戸惑っている隙にパーカーを剥いだ。


 めいの水着は可愛いフリルのついた水色のフレアトップ。

 普段からは考えられないしおらしさは中々に破壊力がある。

 まさに、この夏を制する女王のような雰囲気を感じる。


「に、似合ってるよ……」

 みさおは後ろから照れくさそうに彼女の水着を褒める。

「……ありがと」

 不意打ちにめいは顔を赤らめ、手で自分の顔を隠した。

「なんで顔を隠す? もう日焼けしちゃった?」

 みさおがいつもの天然を発動する。

「違うわよ! 何でもない!」



 めい睦月むつきやステラと追いかけあい、水を掛け合う。

「きゃっ」

 みさおは浮き輪で青空を見上げていると、突然上から大量の水を掛けられた。

「うえええええっ!?」

 起き上がると、睦月むつきが白い歯を見せて笑っていた。

「このー、やったなー!」

 みさおは腰に仕舞っていた水鉄砲を構え、睦月むつき目掛けて噴射する。

「きゃーーーっ」



 レジャーシートを敷いて寝転ぶ春日 燐かすが りん

 そこに一つの影が迫る。

りんちゃん、オイル塗ってあげようか?」

 伊吹 翔いぶき しょうがサンオイルを持って下卑た笑みを浮かべていた。

「不潔……人を呼びますよ?」

 りんは圧を効かせた声でそう言いながら睨む。

 それだけでしょうは諦めてわかりやすくうなだれた。

「私は副長先輩の所有物ですので」



みさおくぅん、セクシーでアダルティなお姉さんはこのみかしらぁ? 若いって言ってくれたのが嬉しくってぇ」

 今も「うふ~ん、せくち~」と謎の誘惑をする副長に、みさおはため息をついた。

「副長、そういうのは若いというか子供っぽいと思います」

 そう言ってみさおは副長の頭を撫で回す。

「ムキーーー! なによーっ、って、頭を撫でるなぁー!」



 海の家でソースのいい香りとジュージューと心地よい音が響く。

 所長は鼻歌を歌いながらヘラで焼きそばをかき混ぜていた。

「焼きそばは生き物、耳をすませば声が聞こえてくるんだ」

 睦月むつきは「何言ってるんだろうこの人」と真顔でその様子を眺めていた。



 既にヘトヘトのみさおを引っ張るステラ。

「ねえねえ! 指揮官、あの山はなに?」

 晴れ渡った天気のお陰で、街の向こうには大きな山が見える。

「あれは大雪山だな。大昔、全能の神がいて、行くと盲目の老人が仙人になったという逸話から天眼てんがんの山って呼ばれているんだ」



 砂浜に埋められ頭だけとなったしょうが慌てふためく。

 その横にはスイカが置かれていた。

「ちょっ、そっちじゃない、そっちじゃない!」

 りんが目隠しをした状態で棒を構える。

「もうちょっと右、右~~~」

「おい、おま、左だ、左!」



 砂の城を作るみさお

「なーに作ってるの」

 そこに睦月むつきが声をかけた。

「万里の長城、大阪城、ノイシュバンシュタイン城、モン・サン・ミッシェル、凱旋門、エッフェル塔ってところだね」

 近くにはとても一人で作ったとは思えない芸術作品の数々が並んでいた。

 そのクオリティにエデン職員達も駆け寄ってきてバングルフォンで撮影会を始めた。

「一人でこれだけ作るなんてすげぇよ!」

 職員達が負けじとみさおの横に砂の城を作り始める。



 草むらで何かを探すめいに所長は聞いた。

「チュパカブラ探しでもしてるのか? アレは断崖絶壁に行かないといないぞ」

「ツチノコだよ! 見たらわかるでしょ!?」

 めいはさも当然と言わんばかりに答える。

「ツチノコは手づかみよりフグタのテスラ棒使った方がいいよー! 養殖だけどメイドインジャパニーズだから安心!」

 ステラが先端に螺旋状の金属がついた棒を持って走る。

「ねえ、今の若者の流行りってこれなの?」

 今の流行に戸惑いを覚えた副長はみさおに聞いた。

「僕に聞かないで」



 りんが悠々と泳いでいると、突然、海面に背びれが飛び出した。

「きゃーーーーーー、サメよーーーーー!」

 思わず大声で叫ぶと、皆が波打ち際に駆け寄る。

 背びれが徐々にイルカの浮き輪に乗っている睦月むつきの方へと近寄ってきた。

「ちょ、サメ映画だとあーしが一番最初に食われるし!」

 気づいた睦月むつきは焦り、必死に手で漕ぎ出した。

「誰か、ちょっ、あーしは美味しくない!」

 背びれが消え、海中からそれは迫る。

「キュエーーーーイ!」

 大きく飛び跳ねたその生き物は、バンドウイルカだった。


 みさおは「瞬間移動テレポート使えば良かったんじゃ……」とその様子を見つめていた。

 所長が後ろから話しかけてきた。

「イルカ……か……」

「何かあるんですか?」

 焼きイカを食べながらイルカと戯れる睦月むつき達の様子を見る所長。

「いや、なんでもないよ」

 みさおはその釈然としない答えに口をへの字にした。

「それにしても、皆、楽しそうですね」

 みさおは別の話を切り出した。

 所長は思い出しながら語り始める。

「それだけ愛や娯楽に飢えてるんだ。そういう人の集まりがエデンだからな」

「副長も言ってました」

「うむ。皆、超能力者サイキックやオセアニア戦役での戦災孤児だからな。マトモな青春を送れた人はいないさ」

 所長の重い言葉は、空気を一気に沈ませた。

「皆、どこかしら欠けている。だからこそそれをお互いに補うための仮初の楽園、それが」

 所長が続けようとした言葉を遮ってみさおが言った。

「それがエデン……」

 一拍を置いてから所長は相槌を打った。

「……ああ」



 その二人の様子を遠くから熱く眺めている人が約一名、最上 彩花もがみ あやかだ。

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 涎を垂らし、身体をくねらせながら妄想に耽る。

『――所長、僕、所長のことが好きなんです』

『――みさお君、わかっているのか……この関係が露呈したら……』

『――いいんです、僕、本気ですから!』

『――みさお君……トゥンク』

 彼女は顔を赤らめて頬に手を当てて首を振った。

「だめよ、だめよ~~~~わたしぃ~~~~」

 そして、話が終わったのを見計らったかのように、すごい勢いで近寄り、みさおと所長に目を輝かせながら聞いた。

「ねえねえ、しょちょみさキテる? キテる!?」


 二人は、息を合わせて否定した。

「キテねーよ!」

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