第11話-1 水着だよ、全員集合
夏本番の真昼時。
山に近い喫茶店アルカディア周辺では、常に蝉の鳴き声が聞こえる。
北海道であっても、夏の暑さは人にとっては耐え難いものだった。
「お疲れーっ」
スタービジョンの女性陣三人はベージュローゼのカッターシャツに腰掛けタイプの臙脂色のエプロンという格好、下には長くスリムな黒ズボン、黒のローファー。
これが喫茶店アルカディアの制服だ。
「ステラー、8番の席にスペシャルバナナパフェといちごホイップサンド、それとキャラメルマキアートにアイスカフェオレお願い」
「一度にたくさん覚えきれないよーーーっ」
学園は夏季の長期休みで、テーブル席にはクラスメイトが集まっていた。
「エアコンって文明の力だよなー」
「メイメイ~スマイル~っ」
「それにしても喫茶店の
カウンター席でレジ応対する
「
「こないだ、ウチと
「サメが泳いできて怖かったよね~」
「
ギャル三人はバングルフォンに記録した写真を見せびらかしながら楽しげに
「いいじゃんいいじゃん。あーしも海行ってみたいなぁ」
影でそれを聞いていたのは
夕方、十六夜寮の食卓で晩飯を食べていると、
「海に行くわよ!」
その大声に、誰もが手を止めて注目した。
「はい?」
恐らく昼の会話がこの突拍子もない発言の原因になったと自覚しているのだろう。
「JKってのは人生を最高に楽しめる時期だもの! それに海! やっぱり空母の上じゃなくてちゃんと海水浴場に行きたいわ!」
「僕は小学生ですけどね。それと、最高ってのは常に更新し続けるものだぞ」
「細かいことはきにしなーい」
「ま、いんじゃないの?」
「たまにはエデン職員総出で遊びに行くってのも悪くないかもしれんな。明日はエデンを特別夏季休暇、社内海水浴とする!」
所長も話に乗っかり、いつの間にかエデンでの社内イベントになってしまった。
「所長……本当に社会人として自覚あります?」
副長は呆れてため息をつく。
夕食を終え、喫茶店アルカディアはバータイムが始まる。
「しょ……店長、明日の予定なんだが、日焼け止めも水着も持ってないんだけど……」
「あるぞ」
「変なデザインのだったら承知しないぞ」
次の日。
天気は快晴、快適な気温、青く輝く海。
銭函にある海水浴場。
『銭函ビーチ 本日 特務機関エデン 様貸し切り』
「海だーーーーーーーーーっ!!」
飛び出すスタービジョンの三人。
オペレーターの人達や諜報員も皆仕事を忘れてはしゃぎだす。
「ちょっと、皆大人気なさすぎじゃないですか」
緑の横縞の海パンを履き、浮き輪を装備した
その横で赤と白のビーチパラソルの下、ビーチチェアに座っている副長。
彼女は星型のサングラス、布面積が少ない黒い過激なビキニに見を包んでいる。
「こういう時は普段のことなんて忘れたほうが楽しめるわ。皆、若いんだし」
副長の言葉に
「副長だって若いじゃないですか」
「あら、お上手ね」
ふと、
「エデンってなんでこんなに若い人が多いんでしょう……僕やスタービジョンの子もそうだけど、あのオペレーター三人も未成年じゃないですか……」
自分を含めて彼らに過酷な労働を課している事に対する思いから、
「皆、貴方と同じよ。世間に居場所が無いの。だから、身を削ってまで自分の居場所を確保しようと必死なのよ。私もね」
サングラスを外しながら語る副長の言葉には陰りがあった。
――そうだ、僕が今までこうしてエデンにいるのも、居場所を作るためだ。
――いつの日か、僕は
――でも、僕も結局は同じ穴のムジナなんだよな……。僕は結局あれから何も変われてないのかもしれない。
――変わった気でいるだけで、結局親との関係も進展しない。僕は……。
次第に表情が暗くなっていく
「ま、今日くらいはそんな鬱屈した感情忘れて楽しみましょ。時間は有限、楽しめる時は楽しむのよ! 貴方は子供なんだし、特にね」
副長はその陰りを消すかのように笑って
「……はい!」
高速で鼻血を吹き出してしまいそうな過激さ。
水着を着た女神といった感じだろうか。
ステラの水着は黄色と白を基調としたワンピースタイプ。
純粋さも相まって、胸元からちらつくのは触れることはかなわないアンタッチャブルな際どさだ。
海の女帝と言えるだろう。
「くっ。やっぱり来なければ良かったわ……」
自分の平坦な胸と比較し、
「ねぇねぇ、
パーカーを引っ張る
「ちょ、
しかし、
「……胸に、自信がないもん……」
ステラが飛び跳ねながら
「えーっ、誰か気になる人でもいるのーっ?」
「能力みたいにパワーアップしたらいいのにね。胸がもっと大きくなるキョニュウマックス! とか?」
「ちょ、別に私は……」
普段からは考えられないしおらしさは中々に破壊力がある。
まさに、この夏を制する女王のような雰囲気を感じる。
「に、似合ってるよ……」
「……ありがと」
不意打ちに
「なんで顔を隠す? もう日焼けしちゃった?」
「違うわよ! 何でもない!」
「きゃっ」
「うえええええっ!?」
起き上がると、
「このー、やったなー!」
「きゃーーーっ」
レジャーシートを敷いて寝転ぶ
そこに一つの影が迫る。
「
「不潔……人を呼びますよ?」
それだけで
「私は副長先輩の所有物ですので」
「
今も「うふ~ん、せくち~」と謎の誘惑をする副長に、
「副長、そういうのは若いというか子供っぽいと思います」
そう言って
「ムキーーー! なによーっ、って、頭を撫でるなぁー!」
海の家でソースのいい香りとジュージューと心地よい音が響く。
所長は鼻歌を歌いながらヘラで焼きそばをかき混ぜていた。
「焼きそばは生き物、耳をすませば声が聞こえてくるんだ」
既にヘトヘトの
「ねえねえ! 指揮官、あの山はなに?」
晴れ渡った天気のお陰で、街の向こうには大きな山が見える。
「あれは大雪山だな。大昔、全能の神がいて、行くと盲目の老人が仙人になったという逸話から
砂浜に埋められ頭だけとなった
その横にはスイカが置かれていた。
「ちょっ、そっちじゃない、そっちじゃない!」
「もうちょっと右、右~~~」
「おい、おま、左だ、左!」
砂の城を作る
「なーに作ってるの」
そこに
「万里の長城、大阪城、ノイシュバンシュタイン城、モン・サン・ミッシェル、凱旋門、エッフェル塔ってところだね」
近くにはとても一人で作ったとは思えない芸術作品の数々が並んでいた。
そのクオリティにエデン職員達も駆け寄ってきてバングルフォンで撮影会を始めた。
「一人でこれだけ作るなんてすげぇよ!」
職員達が負けじと
草むらで何かを探す
「チュパカブラ探しでもしてるのか? アレは断崖絶壁に行かないといないぞ」
「ツチノコだよ! 見たらわかるでしょ!?」
「ツチノコは手づかみよりフグタのテスラ棒使った方がいいよー! 養殖だけどメイドインジャパニーズだから安心!」
ステラが先端に螺旋状の金属がついた棒を持って走る。
「ねえ、今の若者の流行りってこれなの?」
今の流行に戸惑いを覚えた副長は
「僕に聞かないで」
「きゃーーーーーー、サメよーーーーー!」
思わず大声で叫ぶと、皆が波打ち際に駆け寄る。
背びれが徐々にイルカの浮き輪に乗っている
「ちょ、サメ映画だとあーしが一番最初に食われるし!」
気づいた
「誰か、ちょっ、あーしは美味しくない!」
背びれが消え、海中からそれは迫る。
「キュエーーーーイ!」
大きく飛び跳ねたその生き物は、バンドウイルカだった。
所長が後ろから話しかけてきた。
「イルカ……か……」
「何かあるんですか?」
焼きイカを食べながらイルカと戯れる
「いや、なんでもないよ」
「それにしても、皆、楽しそうですね」
所長は思い出しながら語り始める。
「それだけ愛や娯楽に飢えてるんだ。そういう人の集まりがエデンだからな」
「副長も言ってました」
「うむ。皆、
所長の重い言葉は、空気を一気に沈ませた。
「皆、どこかしら欠けている。だからこそそれをお互いに補うための仮初の楽園、それが」
所長が続けようとした言葉を遮って
「それがエデン……」
一拍を置いてから所長は相槌を打った。
「……ああ」
その二人の様子を遠くから熱く眺めている人が約一名、
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
涎を垂らし、身体をくねらせながら妄想に耽る。
『――所長、僕、所長のことが好きなんです』
『――
『――いいんです、僕、本気ですから!』
『――
彼女は顔を赤らめて頬に手を当てて首を振った。
「だめよ、だめよ~~~~わたしぃ~~~~」
そして、話が終わったのを見計らったかのように、すごい勢いで近寄り、
「ねえねえ、しょちょみさキテる? キテる!?」
二人は、息を合わせて否定した。
「キテねーよ!」
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