第12話 始動(4)

 専門的な言葉が一度にたくさん出てきたのだろう。理解が全く追いつかないので、思ったことをそのまま口にする。


「どういうことですか?」


 先生は「ひとつずついこう」と言ったけれど、また複雑な説明が続いた。


媒介ばいかいは、簡単に言えば魔術師が魔術を使う時に必要な道具のことだ。智上に魔力があるのは知っての通りだが、『それを使うには何らかの実体的なモノが必要だ』という考え方が主流なんだ」


 洸はなんとか先生の話に追いつこうと頭を回転させていた。要するに、媒介は魔術にとって重要な存在だということだ。しかし洸は今まで媒介なんて知らなかった。


「でも、渡航する時そんなの使ってませんよ」

「渡航は数少ない例外だからね。あまり深く考えないでいい」


 話を戻そう、と言って先生は足元の小石を拾う。


「媒介は基本的に触れられるものであればなんでもいい。たとえばこんなただの石でも、媒介になりうる。ちょっとやってみよう」


 先生が石に魔力を集めているのがわかった。やがて、その石は先生の手を離れてふわふわと浮く。


「使用魔術は浮遊ふゆう、媒介は石、効果対象も石、魔力量は微量で。今のはだいたいそんな風に説明できる。これを少しいじってみる」


 小石は一度先生の手のひらに落ちた。それから再び石を媒介に魔術を発動したと思えば、浮いたのは石ではなく洸だった。


「うわ、浮いてる」

「魔力量を足して、対象は人にしたってわけだな」


 ぷかぷかと浮いたまま、洸は尋ねる。


「石で他の魔術は使えないんですか」

「もちろん使える。理論的にはどんな魔術もあらゆる媒介で実行できるとされるが、それはあくまで可能性の話で、実際はそうじゃない。たいていの魔術師は自分が使いやすい媒介を使って、自分が使いやすい魔術しか使えない」


 使いやすい魔術なんてものがあるのか。あの薄紙で判定した、魔術適性というのが関係しているのかもしれない。


「そう聞くと、魔術でできることには意外と限りがありそうですね」

「そりゃあそうだ。でも、自分にどこまでのことができるか分からないから研究する。まだ結論は出ていないんだよ。だから良い」


 なるほど、と洸は思った。


「媒介についてはわかりました。じゃあ、僕がさっき狛犬を石像にできたのは何だったんですか?」

「そう、その話だった。魔術は渡航みたいな例外を抜きにすれば媒介を必要とする。じゃあその例外はどうやって実行されているのか。ひとつの答えは想像力だ」


 つまり、変化のイメージ。


「話はまた媒介に戻る。なぜ魔術に媒介が必要なのか。それは言ってしまえば、人間の想像力には限界があるからだ」


 先生は両手を合わせてぱちんと音を鳴らし、やや早口で「もし今この瞬間」と言った。


「世界がほろんだ、と想像できるか」

 たった今、世界はなぜだか知らないが滅んでしまった……なんて、話の脈絡がないにもほどがあるだろう。だって、洸はまだ生きている。

「なんですか、これ」

「想像力には限界があるという話だよ。いきなり世界が滅んだとか言われたって、意味がわからない」


 その通りだったので、洸は黙っている。


「じゃあ次はこうしてみよう。突如現れた宇宙人が地球侵略を開始して、世界は滅んだ」

「世界が滅んだ原因が付きましたね。なんというか、ストーリーは理解できます」

「良い調子だ。次で最後。武力をもって相手を制するべし、という考えをもつ国同士が戦争をして、所有する核ミサイルすべてを使って敵の殲滅を続けた結果、世界は滅んだ」


 あ、と洸は短い声を発した。


「最悪な展開ですけど、宇宙人が攻めてくるよりはリアリティありそうですね」


 ぼんやりと、話の流れが見えてきた。


「そう。世界滅亡という突拍子もない事態を想像するためには、それ相応の理由があった方がやりやすい。ストーリー性というのも、それを助けてくれるもののひとつだろうな。そしてそれは、魔術でも同じだ」


 浮遊の魔術が終わり、洸は地面に足をつく。


「魔術は、智下では不可能なことをも可能にする特別な技術だ。それでも人間には限界があって、いきなり世界を滅ぼすような魔術は使えない。なぜなら、世界がそんなすぐに滅びるなんてありえない、という印象がかせになるからだ。世界はそう簡単には死なない」


 自分の思いつきが正しいのか気になって、洸は馬鹿げたことを口走る。

「じゃあミサイルを媒介にすれば」

 それに先生は「おや」と軽く驚いた様子を見せる。


「理解が早いな。本当はもっと込み入った話もあるが、だいたいそういうことだ。ミサイルを媒介に魔術を使えば、ミサイルの印象に引っ張られて、何かを破壊する魔術をより強力に使用することができるようになる」


 魔術の性質がだんだんと分かってきたような気がする。魔術において想像は大きな意味を持つ。その想像を手助けするものが、媒介というわけだ。


「とまあ、これは魔術理論基礎、媒介編その1体験版ってところだ。何か質問は?」


 洸はまだ、一番大切なことをいていなかった。


「試験は合格ってことですか」

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