第36話 闘争・先生(2)

 松城と同じ手口で、他の狩猟者も似たような被害にあっている可能性はある。情報を狩るために、松城レベルの狩猟者に次々とやってこられると、さすがに面倒だ。


 しばらく悩んでいたようだが、最終的に松城は首を縦に振った。

「わかった。で、それは誰なんだ」


 智上に法律はない。ましてや、ただの口約束に強制力なんてあるわけもない。が、ひとまずはこれでいい。


「2人いる。それぞれの名前と外見だけど——」

 先生が説明を終えたとき、松城はふっと口元を緩めていた。


「2人目の方は知らないな。俺はてっきり、アミと一緒にいたあの大人しそうな男かと思ったが」

「……洸のことかな。でもどうして?」

「どうせあいつもお前の弟子だろ? 気づいてないとは言わせねえぞ」

「おっと、君はやっぱり優秀だ。そんなわかりやすい才能じゃないだろ、あれ」

「どうだか。魔力操作は素人レベルのくせに、形だけはある意味で別次元だからな。狙われやすい獲物に思えるが」

「貴重な意見をありがとう。でも条件に変更はないよ。さっきの2人でよろしく」


 魔術師として成長するには、とにかく実践経験を積むのが最も手っ取り早い。だから、洸を必要以上に保護するのは悪手になりうる。要は、かわいい子には旅をさせよ、というやつだ。


「で、提供する情報は? 向こうが満足できそうにないと判断したら、今の約束はなかったことになるぞ」

「それは安心してくれ。とっておきがある」

 先生は淡々と告げた。


赤神黎あかがみ れいは生きている」

 これだけで、十分だろう。


「今の言葉をそのままを雇い主に伝えるだけで、君は晴れて自由だ。何せ、向こうはそいつが死んだと思っているんだから」

「赤神……彩虹さいこう三家さんけの内部情報を、どうしてお前が知っている?」

 松城は驚くというよりは信じられないという顔をしていた。


「俺の助手は少しばかり優秀でね」

 本当に。彼女の仕事ぶりには頭が上がらない。


「アンタ、一体何者だ?」

「俺か? 俺はただの先生だよ」

 踏み込むべきでないと判断したのか、松城はそれ以上追求してこなかった。


「あ、ついでにひとついいかな。別件で君を雇いたい」

「……何をさせるつもりだ」

「大したことじゃない。さっきの君の奪う魔術——そういえばこれの名前は?」

強奪ごうだつ

「わかりやくていい名前だね。君の『強奪』で、奪ってほしいものがあるんだ」


 おそらく、松城はこのままこちらの陣営に引き込むのが得策だろう。


「君の雇い主の魔術書。……どうかな?」


 先生の言葉に、松城は驚きのあまり目を見開いていた。その反応が面白くて、先生は静かに笑みを浮かべた。


 *


 それから松城との打ち合わせを終え、別れ際に彼がこんなことを言った。


「そうだ。アンタにひとつ、忠告しておくことがある」

「そのお前とかアンタとか言うの、やめてほしいんだけど。俺のことは敬意をもって先生と」

「年の近そうな男をそんな風に呼ぶかよ」

「君はまだ20代半ばってところだろ? 全然近くない」

「はあ? お前の冗談はわかりづらい」

「冗談じゃないんだけどなあ」


 狩猟者といっても、松城は根っからの悪人ではない。そのことがわかっただけでも、今日の収穫は十分にあった。実際に本を盗ませるタイミングは慎重に計らないといけない。そのためにも、松城とはできるだけ良好な関係を築いておきたい。


「お前の生徒のアミ。あいつは、気をつけた方がいい」

「そういや、君んとこの仲間が大勢被害にあったんだっけか」

「ああ。そして、あいつはアンタをターゲットにしているとも言っていた」


 その可能性はもちろん、考慮している。


「それは怖いね、帰り道は気をつけよう」

「ま、教えるまでもなかったか。じゃあな」


 そうして松城を見送ってから、栗山神社に帰るために身体強化を使おうとした、その時だった。何か鋭いものが、背中に勢いよく突き刺さった。


「おいおい、帰り道はまだ始まってないんじゃないか?」


 なんとか首を後ろに回して振り返る。そこにいたのは、アミだった。


「だからこそですよ。正面から戦っても、貴方には勝てないんだから」


 まったくもって、正しい考え方だ。


 そのまま地面から大量の蔦が伸びてきて、あっという間に全身に巻きついていく。


 ——これは、ちょっと厳しいね。


 先生は大人しく、アミに捕縛されることにした。

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