第37話 闘争・涼風洸(3)
朝、目が覚めたときに「もっと寝ていたかったのに」と感じることは、人間なら誰しも一度は経験する悲劇である。あの平和で安らかな時間を、こちらの意思とは関係なく強制的に奪われる。これを悲劇と呼ばずして何というか。
睡眠は百薬の長であり平穏と安寧の象徴なのだ。それを無下に扱うなんて、夜更かしとは何て愚かな行為だろう。もはや万死に値する……あれ、なんか穏やかじゃないな、これ。つまるところ、洸は完全に寝ぼけていた。
「あ、涼風君おきた?」
「……おはよう、ございます」
ほとんど無意識にそう答えて、ようやく意識がはっきりしてくる。自分はどうして寝ていたのか、眠る前の最後の記憶を思い出す。たしか、アミと一緒にエアガンを持った男と戦う直前で——
「え、これどういう状況ですか」
と洸は思わず叫んだ。眠気はいつのまにか吹き飛んでいる。
先生からの指示で何日も荒らしの調査を行い、いよいよ本拠地に乗り込むぞというところで、洸は敵の魔術によって意識を失った。そしていま目が覚めると、隣にいたのはアミではなく本多だった。
「うん、今から説明するよ。涼風君が寝ている間にいろいろあったんだけど……」
本多から聞いた話をまとめると、こうなる。
まず、洸自身のこと。洸が受けた魔術は何らかのモノを奪うという効果で、どうやら洸は「意識」を奪われたことにより気を失ったのだろうという話だ。そしてその魔術を使ったあの男こそが、荒らし集団のトップであるガンナー、改め、松城だという。
松城との戦いに勝ったアミは、意識のない洸をここまで運び、本多に預けたそうだ。その後、アミは雪枝と合流しに行ったため、既にここにはいない。そして雪枝はたったひとりで拠点ビルにいた荒らしを全員倒してしまったという。
「それで本多さんは僕の治療してくれてたってことですよね。ありがとうございます」
「うーん、どうだろ。実は私、ほとんど何もしてないんだよね」
「え?」
「たぶんだけど、涼風君を治したのはアミちゃんだよ。短時間でここまで完璧に回復させるなんて、私にはできないから」
アミが治癒魔術を使えることは知っている。ただ、「治癒は適性じゃないから」と、どちらかと言えば
「それじゃあ、後でお礼言おうかな」
「うん。それがいいね。……あ」
そこで本多は立ち上がって、顔を背けるように洸から少し距離をとった。誰かといるときに電話がかかってきて、いったん席を外すのとまったく同じ動作だった。けれどこの場合、コール音ではなく人の声が直接聴こえたのだろう。
念話を終えた本多がこちらに振り返る。
「透矢君から連絡。アミちゃんと一緒にこっちに向かってるって」
「何かあったんですか」
本多は首を横に振る。
「先生が来て、後はなんとかしてくれるんだって。だから合流してみんなで帰るみたい」
「先生が? こないだは忙しいとか言ってたのに」
どうやら松城がアミにしぶとく勝負を挑んでくるらしかったのだが、先生がその相手役を買って出たという。つまりこれで作戦は終了し、先生からの依頼も解決ということになる。
「まあ、別にいいか……」
洸にしてみれば、なんともあっけない幕切れだった。とはいえ問題が解決されたということであれば、それで良しだ。
それから雪枝とアミがやってきて、順当に解散の流れになる。
「オレたちはこっち方面だ。気をつけて帰れよ」
雪枝と本多は、洸の家があるエリアとは違う地域に住んでいる。早々に別れて、アミと2人になった。ところがそのアミも、急用を思い出したと言い、どこかへ行ってしまった。
ようやく起きて4人で合流した矢先、さっそく解散となると寂しいものだ。世界が滅んだ後みたいな智上の静けさも、その孤独感を増長させた。だから、洸は智下に下りてみることにした。
世界は一瞬で夜になり、人が現れ、音が蘇る。
夜の鷹塚には本当に大勢の人がいた。行き交う人たちと何度もぶつかりそうになりながら、その流れに逆らわず歩みを進めていく。しばらく歩いていると、松城と戦ったあの広い道路に出た。ここがメインストリートなのだろう。人も車も忙しく流れていく。
ここにいる人のほとんどは大学生か社会人に違いない。この時間にこんな所にいたら、高校生は補導されてしまう。けれどもこの人の多さならそう簡単には見つからない。そう思っていたら、声をかけられた。
「ちょっと、きみ」
あっさり見つかってしまった。私服なのに、バレるものなんだな。
「そこのきみ、待ちなさい!」
土地勘はないから適当に道を選ぶ。大まかな構造として、このメインストリートとそれにに隣接するかたちの周辺エリアとに分かれているとは思うが、いかんせんどこも似たような景色に見える。さらには入り組んだ細い道が意外な場所につながっていて、何度か曲がると自分がどこにいるのかさっぱりわからなくなる。
警官らしき人物はしつこく追いかけてきて、しまいには応援がきて前後を囲まれてしまった。仕方ないので、洸は智上に戻ることにする。大人しく上を通って帰れば、何も問題はない。この短い間にちょっとした冒険ができたみたいで、案外悪くない気分だった。
警官の人を驚かせるのも悪いと思い、人混みに紛れて渡航する。さらりと世界が切り替わって、目の前から人がすっかり消える。しかし振り返ると、驚いたことにそこには人の姿があった。
「だからこそですよ。正面から戦っても、貴方には勝てないんだから」
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