第38話 闘争・涼風洸(4)
アミだった。彼女の足元からは木の根のようなものが伸びていて、その先には人が刺さっていた。さらにその人は蔦で両手両足を拘束されていて、およそまともな状況ではないことが一目でわかった。
洸の存在に気づいていないのか、アミはすらすらと捕らえた人物の方へ歩いていく。
「先生は
「……聞いてたんなら、わかるはずだろう? 俺の助手は優秀なんだ」
捕縛されている人物が先生だということに、洸はそこで気づいた。アミが先生を攻撃している。やっぱり、そうなるのか。
洸が智上で初めて目撃した人物は、田原とアミという組み合わせだった。あのときアミは、脅迫するようにして田原に先生の居場所を尋ねていた。
それから洸は先生に拾われて、栗山神社でアミと顔を合わせた。彼女は何か狙いがあって先生に近づいた。そのことは明白だった。そして、荒らしや狩猟者と呼ばれる人たち。他人に危害を加えるという点において、アミは間違いなくそういう分類の人間になる。
——でも、どうして?
アミは危険な魔術師であると同時に、普通の女の子でもあることを洸は知っている。同じクラスの一員として接するときや、魔術の訓練をつけてもらったとき。彼女はまっすぐで純粋な、少し勝ち気なところもある善良な女の子だった。
きっと彼女には何らか事情があるのだろう。まずは、それをはっきりさせたい。
「なら、その助手は何者なんですか」
「それは言えないよ。でもそうだね、先生の助手だからTAとでも呼ぼうか」
「はぐらかさないでください。先生はもう少し、自分の立場を理解したほうがいいんじゃないですか」
洸か近づいて行っても、それにアミが気づく気配はなかった。冷静さを失っているのだろう。周りが見えていない証拠だ。
アミ、と大きな声で呼びかけようと思って、思い直す。ここは少し、挑発的にいこう。
洸は足元に落ちていた小石を拾い上げると、それを基礎移動魔術でアミの方へ思い切り飛ばした。ずっと移動させていると速度が上がらないので、スナップを効かせて投げるみたいに、移動魔術も瞬間的に使う。こうすることで、魔術の気配を感知されにくくなるという効果も狙っている。
果たして、小石はアミの髪をかすめた。まさか、ここまで気が付かれないとは思っていなかったけれど。
鋭くこちらを向いたアミの顔が、少しだけ驚きに変わる。あるいは、それは後ろめたさの現れのようにも見えた。
「
本当のことを言えば偶然だ。けれど、ここは挑戦的にいくと決めた。ニヒルな笑みを浮かべて、洸は言う。
「さっきのアミの態度が怪しかったから、
そう
「アミはそんなことをするために先生の生徒になったのかな。僕は君を信頼するに足る人物だと思っていたのに、残念だよ」
言いながら、相手を小馬鹿にするように首を横に振る。これでアミがムキになって、注意がこっちに向けばそれでよかった。しかし、そんな洸の
「貴方って、そんな喋り方だったっけ?」
……痛いところを突いてくる。まったくなんなんだ、このアミというやつは。普段は自信家のくせに、たまにこういう気の抜けた直球を投げてくる。そのあまりの落差にこちらがどれだけ調子を狂わされているのか、アミはまったく自覚していないだろう。
「僕のことはどうでもいいでしょ。それよりアミ、先生にそんなことするなんて一体どういうつもりなの」
「見た通りよ。わたしはただ、先生がもつ魔術の知識かほしいだけ」
「そんなことをしなくても、先生は教えてくれるでしょ。ねえ、先生」
呼びかけると、やや間をおいてから先生はうっすらと目を開けた。
「……やられたフリしてるんだから、そっとしといてくれよ」
「ダメに決まってるじゃないですか。こういうのは当事者同士で解決しないと」
やれやれ、と言いながら先生が何らかの魔術を使う。すると、先生に刺さっていた木の根や蔦が瞬時に消え去った。
「尋問される体で、これから逆にアミちゃんの情報を引き出す算段だったのに」
「うわ、性格悪いなあ」
「ずる賢いと言ってくれ。それで、アミちゃんは何が知りたいんだっけ?」
ものの数秒で自身の優位を失ったアミだったが、まだ諦める様子はない。一度事を起こした手前、引くに引けない状況なのだろう。
「貴方がもつ魔術の知識をすべて」
とアミは言った。
「私は、もっと強くならなくちゃいけない。だから悪いけど、貴方の魔術は私がもらう」
その言葉は先生に対する宣戦布告のようで、しかし洸にはどこか切実な祈りのようにも聴こえた。
「向上心があるのはいいね。けど、少し気が早すぎるかな。アミちゃんはまだ俺には勝てないし、そのことに焦る必要すらない」
「こっちにも事情があるんです。それに、前回の私が本気だったとは限らないですよ」
「へえ。でももし本当に勝てる見込みがあるなら、不意打ちなんてする必要はなかったと思うけどね」
先生の皮肉に、アミは答えなかった。おそらくアミも、先生の言葉の方が正しいと感じている。
「俺が今まで見てきた生徒の中でも、アミちゃんはトップクラスで優秀だよ」
先生は淡々と続ける。
「でもね、俺が育てたいのは魔術師だ。狩猟者や、まして荒らしなんかじゃない。だから残念だけど、アミちゃんは退学処分とする」
アミも当然それは覚悟していたはずで、そのことにショックを受けた素振りは見せなかった。
「構いませんよ。どうせこれから、貴方の魔術は奪うので」
「もし本気でそれができると思ってるなら、松城の言っていたことも間違っていなかったことになるね」
アミには伝わっていたみたいだったが、洸はその言葉の意味がよくわからなかった。
「でもまあ、不意打ちとはいえ俺に一撃与えたのは見事だった。そこで、アミちゃんにはチャンスをあげよう」
「チャンス?」
「ああ。俺の魔術をすべて奪うための条件はただひとつ。……洸に模擬戦で勝つこと。以上だ」
……今のは聞き間違いだろうか? さもなければ、先生の言い間違いだろうか。
「貴方ではなく、彼?」
「うん、そう。アミちゃんと、洸で勝負する」
どうやら間違ったのは洸の無意識の方だったらしい。
「……え、どういうことですか? どうして僕が」
「理由なんてないよ。
何を言ってるんだ、先生は。洸はこれまでアミに勝てたことなんて一度もない。あまりに都合のいい条件に、アミの方まで動揺しているように見える。
「正気ですか? 勝敗は目に見えていると思いますけど」
「でも少なくとも、俺とアミちゃんの勝敗よりは確定的じゃないだろ」
なんで先生はそこまで強気なんだ。勝敗なんて確定的だ。洸に勝ち目はない。
「……そうですか。なら、今から始めますか? 私は構いませんよ」
アミにとって、洸に勝つなんてことは簡単すぎて
「いや、今日はやめよう。
「……わかりました。それじゃ、今日のところはこれで。今の約束、忘れないでくださいね」
アミの姿が消えたのを皮切りに、洸は思わず先生に詰め寄った。
「いいんですか、あんなこと言って。僕が負けたらどうするんです? というか、普通にやったら負けますよ」
「その時はその時さ。でも、これはそこまで分が悪い戦いじゃあ、ない」
先生があまりにも自信をもって言い切るので、洸は続きを待った。先生は一体何を考えているのか。その答えは、想像以上にシンプルだった。
「明日一日で、洸の魔術師としてのレベルを底上げする。要は特訓だな」
たった一日でアミと戦えるようになるなんて、洸には不可能に思えた。けれど、先生がそう言っているのだから、あるいは可能なのかもしれない。
魔術は想像によって不可能を可能にする技術だ。思い込みに囚われていてはいけない。
迷いながらも決意を固めるみたいに、洸は静かな空を見上げた。
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