魔術師のまちがい
第39話 秘密(1)
*1*
「洸に覚えてもらう魔術は、たったのひとつ。
そう言って先生はホワイトボードに「作成系」と書き込んだ。それで、そこには全部で3つの言葉が並んだ。
「この辺りのことは、少しアミに習いました。でも、新奇作成というのは確か、分類の名称じゃなかったですか?」
「その通りだ。各分類の正式名称は、
キャップをしたペンでコツコツとホワイトボードを叩きながら先生が解説した。それにしても、神社にホワイトボードは驚くほど似合わないな、と洸は思う。先生が
栗山神社の社務所で、洸は椅子のような何かに座っていた。後で調べてみたところ、これは
「ただ、作成系の中にあるのは個々の実体を作る魔術だけなんだ。たとえばさっきの、ホワイトボードを作る魔術、みたいに」
先生の隣にあるそれは、もちろん神社の備品などではない。作成系魔術の実例を示すために、「こんな感じで」と言って先生が魔術で作り出したのだ。
「作成系にあるのは、あとはペンを作る魔術とか、服を作る魔術とかだけ……そういうことですか?」
「ああ。だからほとんどの場合、『何らかのモノを作る魔術』という意味で、新奇作成というあたかもひとつの魔術があるように捉えているわけだな」
要するに、個別の作成系魔術をひとつひとつリストアップして、それぞれを異なる魔術として捉えるのはあまりにも不毛だということだろう。そんなことをしようとすれば、この世界に存在する実体すべてに対して、それを作成するための魔術を個別に用意しなくてはならなくなる。ペン作成魔術と鉛筆作成魔術は別物で、さらにはボールペン作成魔術も別にある……という、ほとんど益のない分類の出来上がりだ。
それを避けるために、作成系の魔術は「新奇作成」というひとつの魔術があるかのように考えるのが良い。ペン作成魔術を使う場合も鉛筆作成魔術を使う場合も、大雑把に新奇作成というひとつの枠で捉える。
「そういうわけで、さっそく新奇作成の実践といこうか。まず、構造がシンプルでイメージしやすいものほど、簡単に作れる」
先生が魔術を使う。すると何もないところから、スマートフォンくらいの大きさのプラスチックの板のようなものが現れた。それはそのまま先生の右の手のひらに落ちる。
「最初はこうやって適当に作ってみる。慣れてきたら、イメージ通りのモノを作れるようにする。ま、これだけだ」
「了解です」
何でもいいからモノを生み出す。そう意識しながら、洸は魔術を作り上げる。
新奇作成はゼロからイチを作り出す魔術だ。強化や基礎移動系のような、「すでにあるモノに対して使う魔術」とは根本的に性質が異なる。
自分の手のひらに意識を集中させて、そこにイメージを描く。媒介を通さず、直行で魔力をカタチに変える。
そして、洸の右手に泥のような黒い液体が垂れた。
「うわ、なんだこれ」
洸がつまらなそうに言うと、先生は楽しげに笑った。
「お、さすがだな。一発で成功か」
「これ成功なんですか」
「そりゃあな。凡人なら何もでやしない」
「はあ……」
もしこれが順調なスタートだったとしても、このままではまったく役に立たない。これはアミと戦うための訓練のはずだ。そして、のんびりしていられるほど時間に余裕はない。
「とりあえず、武器になりそうなものを作れるようにしないとですね」
「そうだな。ま、俺から教えられることはこれだけだから、あとは洸の思うようにやるといい」
魔術で作ったホワイトボードを消して、先生はさっさと帰りそうな雰囲気を出している。まさか本当にこれだけ? この新しい魔術ひとつで、アミとまともに戦えるようになるとは到底思えなかった。
「待ってください。このままだと僕は必ず負けますよ」
「おいおい、そんな堂々と言うんじゃないよ。今日一日ひたすら作ってたら、それなりにはなる」
「だとしても、です。アミの魔術について、先生は何か知ってるんじゃないですか」
「まあね。アミちゃんとは、割と真面目に戦ったから」
やはり、先生とアミは少なくとも一度勝負している。昨日のアミの話ぶりから、きっとそうだとは思っていたのだ。
「そういう情報があれば、対策とか考えられるじゃないですか」
先生が「それはそうなんだけど」とため息を吐く。
「本当は戦いの中で見抜く力をつけてほしいんだよね。ま、今回はサービスしよう」
まずひとつは、と先生が右手の人差し指を立てて言う。
「アミちゃんのメイン魔術。昨日俺がくらってた自然系のあれだ。木の根や蔦を地面から伸ばすやつ」
そして次に。先生の手はさらに中指が伸びてチョキのかたちになる。
「……いや、間違えた。あとはベーシックなのが多いから、気をつけるのはやっぱり自然系だけだな」
どうもわざとらしい素振りで、先生が意図的に情報を隠したことは明らかだった。
仕方ないので、別の角度から聞き出すしかない。
「先生はアミが敵だと知っていたのに、生徒にしたんですか?」
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