第40話 秘密(2)
先生は「そうだよ」とあっけなく洸の疑問に答えた。
「アミちゃんも面接は不合格で、洸と同じように実技試験にしたわけ。犬がやられるのは目に見えてたけど、その後まさか俺まで倒しに来たんだ。面白いだろ?」
洸の記憶では、確かあの狛犬を倒すことが合格条件だと明言されてはいなかった。狛犬に勝つことが条件だなんて、簡単すぎてアミが勘違いするのも無理はないように思えた。
「それで、どうなったんですか?」
「勝負としては俺の勝ちだよ。けど実技試験としてなら文句なしで合格。というか、すでに特待生レベルだな」
「そんな相手に、どうして僕が勝てるっていうんです」
アミを評価するのはわかる。しかし洸がアミに勝てるかという話になれば、それは無謀としか言いようがない。天然というアドバンテージがあるとはいえ、こちらはまだ魔術師歴数週間の素人だということを忘れてはもらっては困る。
「そんなの決まってるだろ? 直行と隠密を使いこなせば、勝てない相手じゃないからさ」
先生はさらりと言った。まったく、この人は何を勘違いしているんだ。
「いま隠密って言いました? それって確か、使用者が3人しかいないっていう——」
「だから、俺と洸ともう1人だろ」
……本当に、何を言ってるんだ?
「え、ふざけてます?」
「いやまったく。……ま、自覚してないだろうなという気はしてたけど」
たとえば、こんなことはなかったか? と先生が前置きする。
「強化を使っている相手に突き飛ばされても無事だった。あるいは、遠く離れた場所にいる人の声が普通に聴こえた」
「……それは」
洸が智上に迷い込んでしまったときの話だろう。先生と初めて会ったとき、社務所でそのことを話している。あの時からすでに、先生は洸の異常な素質に気づいていたというのか?
「お前は最初から無意識に魔術を使っていた。だが隠密は完璧じゃなかった。これは推測だけど、おそらく周りの人間に『何らかの魔術をこっそり使っているのでは?』と感じさせるくらいの、小さな綻びがあったんだろう」
「……言われてみれば、覚えがあります」
田原や雪枝に、洸が怪しい魔術師と勘違いされた理由。それは単に、洸が魔術を使っていたからというわけだ。
「俺の見立てだと、洸はもう隠密を習得している。その気になれば、基礎魔術や強化くらいは使えるはずだ」
あまりの急展開についていけない。せめてもの反抗に、自分でもよくわからない文句を言っておく。
「なんでそれ、もっと早く言ってくれなかったんですか」
「教えるだけが先生の指導方法じゃないってことさ。自力で何かに気がつけたとき、人は成長するんだ」
先生はいつになく真面目だった。なんだか調子が合わなくて、上手く言葉が出てこない。
「この際だし、ついでに余計な種明かしもしよう。俺が洸とアミちゃんのふたりに与えた課題は何だったか、覚えているか?」
「
「その通り。松城グループの調査とは、言っていない」
当時は松城という名前がわからなかったのだから、それはそうだろう。そう考えて、思い直す。いま先生が言ったのは、きっとそういう意味ではない。
「……まさか」
「そう、俺はアミちゃんの調査も含めてそう指示した。実際、聞き込みで得られた情報には、松城関係とアミちゃん関係の2種類があっただろう」
なんてことだ。あの依頼に、先生からのこんなメッセージが隠されていたなんて。
「……というのはまあ、ただの後付けなんだけど」
「今度こそふざけてます?」
「うん、正解」
「……はあ」
驚いて損した。こうなると、さっきの話まで冗談だったのではないかという気がしてくるから困る。
「そういうわけで、これで本当に俺の役目は終わり。後は洸が勝ってくれれば、文句なしだな」
「どうですかね。気づいちゃったんですけど、明日の勝負って、僕が負けても僕には何のリスクもないんですよ」
洸が負けても、先生が魔術の情報をアミに開示するだけだ。正直なところ、適当に負けて、さっさとこの面倒ごとを終わらせてもいいように思えた。
「なんだ、洸は追い詰められないと頑張れないタイプだったのか。なら——」
これは、余計なことを言ったかもしれない。しかしそのことに気づいたときにはもう、手遅れだった。
「もし負けたら、あのとき言わなかった、お前が魔術を使って成し遂げたいことを正直に言う。ってのはどうだ?」
「……なるほど」
まあ、それくらいで済むのなら。というのが洸の本心だった。
「足りない? それなら仕方ない。負けたらお前も退学とか——」
「うわあ嘘です、言いたくないので勝ちます、なんか急にやる気出てきたなー」
適当に言い
石黒も言っていたけれど、自分の夢というのはできるだけ他人に話したくない。洸が魔術を使ってしたいことも、これと同じだ。退学よりはましだが、アミとの勝負は勝つに越したことはない。
決戦は明日。
それまでに、新奇作成をものにする必要がある。洸はもう一度魔術を使い、手の中に新たなモノを生み出した。
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