第28話 闘争・涼風洸(2)

 アミは魔術書を出していない。加えて、何か媒介になりそうなモノも持っていない。それでも、アミは魔術を使える。


「接続」


 アミがこのスタイルを使う時は、本当に一瞬で勝負がつく。相手の魔術師は、アミが何を媒介にしているのかすらわからないまま、あっけなく倒れる。 


「お前……ああ、そういうことか。これは楽しくなりそうだ。なあ?」


 その言葉の意味はよくわからない。アミもそれを無視して、普段通りに魔術を使う。


 それは対象のモノをらす魔術だ、と洸は考えている。その魔術を受けると、足元のバランスが崩れて真っ直ぐ立っていられなくなるのだ。洸も一度、自身でその効果を体験している。


 相手の体を揺らした隙をついて近接格闘に持ち込み、一気に拘束するのがいつもの流れだ。これまで遭遇した荒らしは全員アミより格下で、かなわないとみるとすぐに逃げていった。智上で敵から逃げるのは簡単だ。ただ、渡航で智下に下りてしまえば良い。もちろんそれで荒らし行動が完全に収まることは少ないが、多少なりとも自粛してくれるのならそれで構わないというのが雪枝たちのスタイルだ。


 アミは強化を再使用しつつ、よろめいた男の方へ向かって行く。

 単純な話ではあるが、魔術書などの何らかの媒介を手に持ちながら近接格闘を行うのは難しい。その点、アミは両手を使えるというわかりやすいアドバンテージもある。今回も危なげなくアミが勝つ——そう思っていた。


 男は完全にバランスを崩してつんのめっている。あとはもう、そのまま前に倒れるしかないという態勢だ。にもかかわらず、男はそこから前方に宙返りするようにして、アミに向かって勢いよくかかとを落とした。ぎりぎりのところで反応したアミは、それをなんとか片腕で受ける。


 移動系魔術による身のこなしが上手い。どうやら今日の相手は今までとは違う。アミがまともな攻撃をもらったのを見るのは、これが初めてだった。


「なんだ、所詮しょせんはこの程度か」


 男は片手に魔術書を抱えたまま、反対の腕と両足から絶え間ない攻撃を繰り出す。一度受けに回ったアミは反撃のタイミングを逃し、防戦一方となる。


 こうなると、さすがに傍観してはいられない。魔術書を出す時間が惜しいので、洸は直行で基礎移動系魔術を使用した。短い上方向への移動で男を地面から浮かした後、すぐに横方向移動に切り替えて後方へ押し出す。


「いったん退こう」


 ここから見えなくなるくらいの距離まで吹き飛ばすつもりで使ったが、あまり上手くいかなかった。洸が言うと、アミは男を追いかけず素直にこちらに下がってくる。


「助かった。次もその調子でお願い」

 走りながら、アミは自身に治癒魔術を使う。


「今までの相手より強そうだけど、勝てるの」

 洸の質問に、アミは表情を曇らせた。


「まだ全力の半分も出してないわよ」

 それに、とアミが続ける。

「貴方も戦ってくれるなら、勝つしかないでしょ」

「……2対1だからね」

「わかってるじゃない」


 万が一で挟み撃ちにされる危険を避けるため、拠点のビルとは反対方向に逃げる。これで男が追ってこなくなる可能性も十分にあったが、どうやらそうもいかないらしい。


「振り切れないわね。この先で迎え撃ちましょう」


 アミは魔力探知で敵の位置をおぼろげながら把握している。男がこちらに向かってきているのは、間違いない。


「わざわざ僕らを追う理由は何だろう」

「さあね。荒らしなんてそんなものよ」


 細い路地を抜けた先で、大きな通りに出た。繁華街に面したその四車線道路の真ん中で、アミは立ち止まった。開けた場所で男を迎え撃つつもりのようだ。どうやらこういう広い場所の方が戦いやすいらしい。


 やがて、先ほどの男が再び姿を現した。既にしまったらしく、さっきまで手に持っていた魔術書は見当たらない。


「貴方、名前は?」

 油断を誘うためか、アミは男に話しかける。

「どうでもいい話だ。それよりお前も、さっさと本気だせよな」


 そう言ってこちらに向けて伸ばされた男の手には、黒くてつやのある物体が握られていた。それは拳銃のようにみえる。あれは、まさか。


「どうせおもちゃでしょ。そう簡単に本物を持ち込めるはずがない」

 それに続けるように、今度はアミの声が頭の中だけで聴こえた。

「ガンナーは拠点にいたはずでしょ。ならこいつは違う」


 洸の動揺が伝わっていたらしい。今のアミはいつにも増して冷静だった。まだ本気を出していないというのも、きっと本当なのだろう。


 男はあっけなくアミの指摘を認めて、銃をかちゃかちゃともてあそぶ。

「勘がいいな。こいつは普通のエアガンだ」


 直後、洸の腕に軽くて小さなものがちくりとぶつかった。エアガンから放たれたBB弾が当たったのだ。


「当然こんなことしかできない……と思わせるのが仕事なんだけどな」


 突然の急激な眩暈めまいに、洸はその場に膝をついた。男が使った魔術の影響なのは考えるまでもない。しかし、発動の兆候はなかったはず。


「お前はそこで寝てろ」

 それが、最後に聴こえた言葉だった。

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