第29話 闘争・美鳥編(1)
涼風洸が地面に倒れたとき、真っ先にアミが気にしたのは彼の安否ではなかった。いま男が使った魔術は一体どういう仕組みなのか。アミの思考は、自然とそちらに動いた。
「そんなやつを連れて、何が目的だ? その様子じゃ、マジのカップルってわけでもないだろ」
それはそうだ。彼との関係を説明するには、もう少し複雑な言葉がいる。
「心配してないわけじゃないですよ。けど、間違いなく生きてはいるでしょう」
「舐められたもんだな。俺にその気があったら、そいつは死んでたろ」
魔術という危険な技術があり、かつ無法地帯である智上でも、人を死に至らしめるのは案外難しい。そこには倫理的な理由も当然あるが、より決定的な理由はもうひとつ別にある。
「近いうち問題となりそうなことに、あらかじめ対処しておく」
「はあ?」
「質問の答えですよ。私がしているのは、そういうことです。と言っても、これで問題が大きくなる可能性もあるんですけどね」
「……よくわからんが、まあいい。まずはお前の本気が試せるだけで十分だ」
「貴方、私の何を知ってるの」
さっきも何かそれらしいことを言っていた。この男がどこまで知っているのかで、話は少し変わってくる。
「なに、被害報告だけな。少し前によく聞いたんだ、女の荒らしが現れたって話を」
なるほど。それだけなら何も問題はない。
「このあと会議があるんでしょう。行かなくていいのかしら」
「俺はそこまで暇じゃなくてね。雑魚の相手は気が乗らない。ここで遊ぶことにした」
「そう。ならそろそろ始めましょうか」
アミは魔術書を呼び出す。だがこれはフェイントだ。本命の方はすでに仕込み終わっている。
「気づいてないとでも思ったか?」
先端の鋭く尖った木の根が地面を突き破って伸び、さっきまで男が立っていた地点を左右から突き刺す。男は前ではなく後ろに下がってそれを避けた。この距離で、遠隔相手に詰めてこない。どうやら、男はしっかりと本命の存在に気づいていたらしい。なかなか手強い相手だ。
ぱしぱしと軽い音を鳴らして、いくつものBB弾が飛んでくる。弾が小さいので、その場でひとつひとつを目で捉えて避けることは難しい。横方向に大きく移動して、BB弾の弾道から外れる。
BB弾自体は当たったところで痛くもないが、それが何らかの魔術を発動させるトリガーになっているのは間違いない。できるだけ避けた方が安全だ。
もう一度「恵み」を使うため、循環を始める。しかしそのとき、お腹に小さなものがぶつかった。BB弾だ。やられた。
「俺もこういう手をよく使うんだ。気が合うな」
魔術で射撃音をなくしつつ、さらに弾速も上げたのだろう。最初の攻撃は、アミに見せるための発砲だった。
敵の魔術が発動する。対抗してもよかったが、その効果を見極めたい。あえて受けることで、何かヒントが得られるはずだ。
しかし、体には何も変化がなかった。不発だったのか、それともこれも何かの罠か。
——いや、考えても無駄だ。
「恵み」の循環はもう十分できている。相手の魔術も遠隔タイプだが、近接格闘でもまともに戦えることはさっきのでわかっている。だから、総合力の高さで勝負する方向を選ぶのが良い。魔術戦闘の基本にして根幹の、遠近複合型でいく。
飛んでくるBB弾を避けつつ、対象範囲を広げて「恵み」を実行。いくつもの木の根が、再び地面から男に向かって伸びていく。男は軽々とそれを回避するが、反撃してくるほどの余裕はなくなった。弾を避ける必要がないので、一直線に男へ近接していく。
「これは期待以上だ」
「それはどうも」
アミの使うこの魔術は「土の恵み」という名前で呼ばれる。木の根を生やす以外にもいろいろなことができるが、使用頻度で言えばこれが一番多い。広範囲で多角的な攻撃を繰り出すはもちろん、密集させて防御にも使える
根の動きはすべて自分で操作しているわけではなく、ある程度の方向付けを与えるのみで、基本的には自律させている。これは複数の対象を同時に、しかもそれぞれに違う動きをさせようと思うと、魔力と思考の負担が大きすぎるためだ。
アミは近くに伸びていた根の1本のみを操作して、自身と並行するように伸ばしていく。逃げる男を間近に捉えたところで、それの速度を一気に上げ、ターゲットに向かって真っ直ぐ突き刺す。もちろん相手も警戒はしていただろうが、完璧に避けきることはできなかった。鋭利な木の根が男の左肩を
「最高だ」
男は右手に持ったエアガンで発砲してくるが、狙いが定まっていない。アミはそれを無視して素早く距離を詰め、足でエアガンを弾き飛ばした。そのまま、男の胴に拳を打ち込んでいく。
アミと男にはかなりの身長差がある。この体格差には辟易するが、身体強化を使っていればダメージは問題なく入る。何発か打ち込んだところで締めに回転蹴りを入れ、男は後方に飛んだ。
これで勝負はついただろう。ちょうどそのタイミングで、頭の中に声が届いた。
「遅くなったが近くに着いた。そっちは今どこにいる」
雪枝からだ。先ほどアミが伝えた地点に着いたらしい。
「そこから少し離れてしまったんですけど、もう片付いたので今から向かいます」
「そうか。他に問題はあるか」
そう問われてまず思いついたのは、彼の容態についてだった。けれど、男を倒したことで、魔術の効果はもう切れているはずだ。
「いえ、特には。おそらくですが、ガンナーはそこにいるようなので気をつけてください」
「そうか、わかった。こっちで先に始めておくから、すぐ来てくれ」
「了解です」
それで雪枝との念話は切れた。振り返ってみても、ここからでは洸の姿は見えない。あの男がちょこまかと逃げるからだ。気づけば、それなりの距離を移動していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます