あなたの魔術は奪うので

第27話 闘争・涼風洸(1)

 *1*


 鷹塚たかつか陽凪ひなぎの南東に位置する街だ。特に若い人たちに人気の繁華街で、休日は大勢の人で賑わう。しかしそのぶん治安が悪い場所としての悪評も高く、洸が苦手とする雰囲気の場所でもある。


 智下では多くの人が集まる場所だからこそ、智上の鷹塚は静けさがより際立っていた。静寂は平和的と言えなくもないが、同時に少しだけ物悲しさも感じる。


 最近活動が活発な荒らしの拠点は、鷹塚にある。その付近でよく智上にいるという魔術師から得られた情報だ。信ぴょう性は、まずまず高い。


「話によると、どうも明日の夜に会議があるとかで荒らしの仲間が勢揃いするらしい。オレたちはそこを叩く」


 昨日の調査終了後、全員で鷹塚捜索の段取りを決め、その作戦が目下進行中だった。具体的な開催場所までは知ることができなかったので、地道に足を使って探すことになる。すでに雪枝たちと別れたので、アミとふたりきりで人気のない繁華街を歩く。何かくだらないことでも話そうかと考えたけれど、どうやらそういう雰囲気でもなさそうだ。アミの横顔は、真剣そのものだった。


 そんなアミが突然足を止めたのは、とあるラーメン屋の角を曲がったときだった。横に伸ばされた右腕を見て、洸も立ち止まる。


「見つけた」

 鋭くも落ち着きのある声が、頭の中に響いた。洸も念話で応答する。

「どこ?」

「左側の、ここから3つめのビル」

「基地を発見したらまずは……」

「私から向こうに連絡するわ」


 アミが雪枝たちに情報を伝えているあいだに、洸は拠点と目されたそのビルに目を向けた。あまり目立たず、色褪いろあせて古ぼけた印象のビルだった。


 優れた魔術師は魔力や魔術を感知するのに長けているらしく、近くに魔術師がいればそれを察知できるという。洸もなんとか感覚を凝らしてみるものの、残念ながら上手くはいかなかった。


「まだ離れた場所にいるみたいだから、合流するまで待って――」


 ふいに声が途切れたと思った矢先、洸はアミに左腕を勢いよく引っ張られた。

 直後、発砲音が聞こえて、まっすぐこちらに飛んできた弾丸が洸の肩をかすめた。反応こそ遅れたものの、強化された視覚はその弾道を捉えた。発砲があったのは、あのビルからと考えて間違いない。


「逆探知された? ありえない」

「いや、今の発砲はもしかすると……」

 あえて言葉を濁して、アミの思考を誘導する。するとすぐに、アミも洸と同じ考えに辿り着いた。

「ガンナーがいるってことね」


 洸はうなずく。これも事前に入手できた情報のひとつだった。

 鷹塚に拠点を構える荒らし集団を統率とうそつしているのは、腕の立つひとりの魔術師だ。その人物は拳銃を媒介として使用することからガンナーと呼称され、魔術の実力は付近でもトップクラスと噂されている。


「アミの感知に気づけるなら、可能性はそれしかないでしょ」

「くやしいけど、そうね。いったん離れましょう」


 狙撃が届かなさそうな場所まで後退し、細い裏路地に入る。ここなら、もし追跡者が来たとしても隠れ通すことができそうだ。


 前を歩くアミに声をかけようとして、洸はその背中にぶつかりそうになる。アミが急に立ち止まったのだ。どうしたの、と言葉を発するより先に、洸の視線は前方へと動いた。それは動物の本能が働いた瞬間だった。薄暗い路地の向こうから、誰かがこちらに歩いてきている。


「お前らも参加者か? 俺も今からそっちに行くんだが——」


 そこにいたのは、りの深い顔をした長身の男だった。おおよその年齢や背丈の大きさは先生に近いように見える。しかし体つきはすらりとしていて、少しやせ細った印象もうかがえる。


「違うのか。こんなところで何してんだ?」

「たぶん、想像通りですよ」


 見知らぬ男の質問に、アミはさらりと答える。すると男は「なるほど」と言って笑った。


「これがあと1分前のことなら、ただのカップルだと思ってたんだけどな。怪しいやつがいたら報告しろってのはこれか」


 男は魔術書を呼び出し、魔術――おそらく身体強化を使う。

「向こうはやる気みたいだけど、どうする?」


 念話でアミの声が届いた。男の口ぶりからして、おそらくガンナーから何らかの連絡がいったのだろう。念話を使えるということは、この男は荒らしの仲間と考えるのが妥当だ。


 とはいえ、ずいぶんと喧嘩っ早いやつだ。そんなに喧嘩が好きなら、格闘技でも始めたらいい。内心で文句を言いつつも、洸は一歩後ずさり、アミの背後に隠れる。


「アミに任せるよ。いつも通り楽勝でしょ」


 これまでの調査でも、戦闘になった際はすべてアミが担当していた。ひとりであまりに楽々と仕事をこなすものだから、このやり方はもうすっかり共通認識がとれている。


「はいはい。向こうと合流する前に、詳しい話を聞き出すとしましょうか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る