第26話 会同(6)

 お互いほとんど初対面ということもあり、最初はぽつぽつと事務的な会話ばかりしていたが、時間の進みとともにその雰囲気もだんだんと薄まっていく。基本的には本多があれこれを話題を出してくれるので、気まずい空気になることは少なかった。


 親睦会もそろそろ終盤戦というところで、気が抜けていたのだろう。洸はうっかり小さめの地雷を踏んでしまった。


「えー! 涼風君とアミちゃん、同じクラスなんだ。すごい偶然だね」


 口の前まで持っていった唐揚げをひっこめながら、本多が驚きの声をあげた。それとほとんど同時に、洸にはもう一つ別の声が聴こえた。


「ちょっと、あんまり余計なこと話さないで」


 それはアミの声だった。しかし隣を見ると、アミはにこやかに「そうですね」と相槌を打っている。今のが自分の頭の中だけに届けられた念話だということを、洸はすぐに理解した。


「ごめん、配慮が足りてなかった」

 と心の中で答えてみる。するとすぐに、「まあいいわ。今後は気をつけて」と再びアミの声が返ってきた。


 この場にいる4人は、全員でひとつの「たな」を共有しているチームだ。その魔術書の繋がりを通して、同じチームの魔術師はいつでも互いに連絡をとり合うことができる。中でも注目すべきは、直接声に出さずとも相手に言葉を届けられる念話だ。


 さらには、今のようにチームの誰か1人に話すだけでなく、同時に複数人で会話することも可能となっている。 チームを作る最も大きな意義は、この仕組みを使うことにあると言っても過言ではない。


「ところで、雪枝さんは先生と知り合いだったんですか?」


 アミはやや強引に話題を変えた。ポテトをつまむ手を止めて、雪枝が答える。


「そうだな。オレと那由奈は、先生の元生徒なんだ」

「どんな魔術が得意か……ってくのは流石にだめですよね」


 アミは慎重に言葉を選んでいるようだったが、雪枝の返答はあっさりしていた。


「別に構わない。そもそも、オレが使える魔術は少ないからな」


 雪枝の得意魔術は強化で、戦闘においてもそれを活かして近接で戦うタイプのようだ。魔術戦闘の際に強化を使うのは常識であり、それと同時に他の攻撃魔術を使うのがスタンダードな戦い方とされる。しかし、雪枝は基本的には強化のみで戦うという。


「オレが今まともに戦えるのは、先生に教わった技のおかげなんだ」

「それが連装れんそう?」


 本多の問いかけに、雪枝は小さくうなずく。

「ああ。簡単に言えば、同じ魔術を2回使うだけの単純なテクニックなんだが、これがなかったらオレはとっくに魔術師やめてたな」


 言うべきことは言い終えたのか、雪枝はまたポテトをつまみ始めた。本多も何も言わず、沈黙が生まれる。


「いや悪い。そんな重い話じゃないから気にしないでくれ」


 微妙な空気を察したのか、雪枝が付け加えた。なんとか話の方向を変えたい。洸は「えーと」と見切り発車で話し始める。


「こういう魔術の話……って、あんまりしないのが普通なんですか?」


 さっきのアミの話し方から、そんな気がしたのだ。他人の魔術についてあれこれ訊くのは、あまり褒められたことではないのだろう。2人からの答えは、おおむね予想通りだった。


「そうだな。自分が使う魔術の情報は、できるだけ隠した方がいい」

「そうだね。どんな魔術を使うのか、何を媒介にしてるのか、とかね」


 おそらく、これも智上の慣習みたいなものだ。爪を隠すのには都合のいい環境で、洸は安心する。


「そろそろ切り上げるか」


 気づけば、テーブルの上にあった揚げ物はすべてなくなっていた。食器を手際よくまとめて、雪枝はテーブルを片付け始める。


「オレたちはこれからこの辺を軽く調べるが、2人は明日からでいい。じゃ、そんな感じで頼む」


 親睦会はお開きとなり、雪枝と本多は調査に向かって行った。洸はまだ残っているアミに声をかけてみる。


「これからどうする?」

「明日からまた忙しくなりそうだし、今日は休むわ」


 雪枝たちが出ていってから少し時間を空けて、アミも立ち上がった。出入口のベルがからんと音を立てて、洸はひとりになった。背もたれに体重をあずけて、明日からの調査について考える。


 活動が盛んになっているという荒らし集団の規模にもよるが、調査ではきっと戦闘は避けられない。戦いは基本的にアミに任せるつもりでいるが、自分の身は自分で守る必要があるのも事実だ。いざという時のために、殴り合いの喧嘩を始める覚悟はしておくべきだろう。


「……それにしても」


 こうして智上の独特の文化にも触れ、この別世界にもいくらか慣れてきて、改めて思う。


「面倒な人間がいるのはこっちも同じか」


 智上にいるのは魔術師だけだ。総数としては智下の半分にも満たないはずだが、こちらにも世界の平穏を乱す者が平然と現れる。平和への道のりは、まだ遠い。


 *


 そうして、洸を含めた4人での荒らし調査が始まった。少しずつ情報を集めることはできたが、内容にあまり統一性は見られなかった。そのため、捜査はいくらか難航したと言える。


 それが終わりを迎えたのは、聞き取りによって、かなり有力と思しき情報を手に入れたときだった。それは荒らしグループの本拠地についての情報だった。

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