第33話 闘争・美鳥編(3)

「やっぱり、狩り狙いだったのね」


 松城の性質は荒らしではなく、狩猟者のそれに近い。他の魔術師から情報を奪い、それを欲しがる別の魔術師に売りつける。これは、他でもない狩猟者しゅりょうしゃの手口だ。


「最終的なターゲットは先生だからな。それなりに用心しておいた方がいいだろ」


 体は動かなくても魔術を使うことはできる。隙を見て対抗するしかないが、そのタイミングが問題だ。


 相手の魔術は概念レベルで作用している。おそらくは「体の自由」という概念を奪うことで、この状態を作り出しているはずだ。そして、奪われたものは当然ながら相手に渡る。さきほど「体の自由」を得たことで、蔦というモノによる拘束を無効化したことがその証左しょうさだ。魔術においては通常、物質的な現象よりも概念的な現象の方が強度が高いとされる。


「自然系を拾えるなら、俺が使ってもひとりで戦える可能性がある。本来の使い手に協力してもらうのがベストだが、これが次善ということだ」

「……わかったわ。取り出すから、これは解いてくれない?」

「馬鹿か。取り出すことくらい、動けなくてもできるだろ」

「まあ、そうね」


 魔術書を呼び出すと、それはぱたりとアミの足元に落ちた。松城は銃口をこちらに向けたままゆっくり歩み寄り、本を拾う。こちらは動けないのだから、そこまで警戒する必要はないだろう。そう考えて、ひらめいた。


 ——いや、これは逆か。


 概念レベルの魔術を使う際、その補助として様々な工夫が施されることがある。そのうちのひとつは、「見かけ」だ。実際に見たり触れたりすることができず、実体のない概念を扱うからこそ、見かけを頼りにイメージを構成する。


 おそらく松城は、「対象に銃口を向けている」ことを条件に、概念レベルでの魔術行使が可能になるのだろう。「体の自由を奪えても不思議ではない見た目」を演出することで、「体の自由」という概念への作用をより自然にしているというわけだ。


「ねえ、ちょっと考え直したんだけど」

 仕組みはわかった。なら、あとは上手く対抗すれば良い。


 隙をうかがうため、アミは松城に話しかける。松城は片手にエアガンを持っているので、そのままでは魔術書は読みにくそうだ。魔術で本を宙に浮かして読み始めようとする松城に、アミは続ける。


「やっぱり貴方あなたの提案に乗るわ。先生をターゲットにしているのは、私も同じだから」


 そこで松城はページをめくる手を止めて、こちらを向く。

「そうか、いい判断だ。だが、こいつに余程知られたくないことでも書いてあるのか?」

「ええ。たとえば、好きな人の名前とか」

「……心底どうでもいいな。目的が同じなら文句はない。が、この際だ。お前の隠していることが知りたくなった」


 松城は魔術書のページを一気にとばして、奥付おくづけのあたりを開こうとしている。あまり望ましくない展開だが、多少なりとも意識はこちらから離れているはず。やるなら今しかない。


 基礎移動系を隠密——とまではいかないが、ぎりぎりまで気配を隠して実行する。対象はエアガンだ。松城が魔術の発動に気づいた時にはもう、銃口はあらぬ方向に向いている。


 それで体は動くようになったが、再び銃口を向けられればまた魔術が発動してしまう。照準を避けつつ、なるべく早くここを離脱したい。


「もうタネがばれたか。お前を仲間にできないのは惜しいな」

 エアガンを握り直した松城が、こちらに照準を合わせにくる。

「当てられるかしら」


 松城との距離は大して離れていない。強化された身体なら一息で届く。だが、単純な直線移動では照準に捕まってしまう。基礎移動系で銃口を無理やり曲げる手も、おそらくもう使えない。なら、捕捉ほそくされないような機動で銃口の向く先から完全に外れた後、相手を一撃で戦闘不能にするしかない。


 ——基礎も使い方によっては有用なのよ。


 アミは速度を上げた基礎移動系を自身に使い、ランダムな方向に短く何度も繰り返していく。そうして松城の周囲を囲むように、立体的な軌道で撹乱する。


「……おっと」


 松城も感覚強化を使用しているため、すぐに見失うことはない。だが、こちらの軌道を追って照準を合わせようとするのは諦めたようだ。先ほどのように、アミが近づいて来たところに構えるつもりだろう。


「来いよ、それとも逃げるか?」


 一発勝負だ。そして、一度なら保険が効く。奥の手とはいえ、隠したまま負ければそれこそ本末転倒だ。出し惜しみしている余裕はない。


 繊細な魔術コントロールをし、アミは松城の正面でほんの短い間だけ滞空した。松城はっきりと見えたアミの姿につられて、すかさず照準を合わせてくる。しかしそれより一歩先に再び基礎移動系を実行。限界まで上げた速度で急激に移動し、松城の背後をとった。


 そのまま「恵み」を使用して、足元から1本だけ根を伸ばす。振り返ろうとする松城の右肩に、根が鋭く突き刺さった。うめく松城の手から、地面にエアガンが落ちる。これで、今は概念レベルの魔術を使えないはず。


「私の勝ちね」


 それだけ告げてから撤退しようとして、しかしアミは思わず踏みとどまった。松城は肩から血を流しながらも、不気味に笑っていた。


「……いや、そうでもない」

「何が言いたいの」

「お前は俺を甘く見過ぎたってことだ。ま、それに関してはお互い様だが」


 続く松城の言葉は、確かにアミの想定していないものだった。


「最初の一発で、なぜお前ではなくあいつを狙ったのか。普通に考えるなら——」

「弱い相手から倒すのが、定石じょうせきだから」

「——そうだな。だがそれは違う。この意味は、わかるよな」


 ……まさか。


「あいつは何者だ? 使った魔術こそ平凡だったが、その過程がおかしい。俺の知る魔術は、あんな風には実行しない」


 一度だけだ。たった一度、軽い魔術を使ったのを見ただけで、彼の才能を見抜いていたなんて。松城がここまで慧眼けいがんだとは、まったく考えもしなかった。


「あいつから俺は何を奪ったのか。早くしないと、手遅れになるかもな」


 松城が言い終えるよりも先に、アミは動き出していた。洸のいる元の地点まで、全速で引き返す。


 迂闊うかつだった。松城がもし他の概念——たとえば知識や記憶まで奪えるとしたら、魔術師としての涼風洸は本当に終わる。それは、必ず阻止しなければならない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る