第34話 闘争・雪枝透矢(2)
*2*
田原が智上にいないことを確認して、雪枝はビルの入り口にある階段に腰を下ろした。ほんの一瞬だけの使用だったとはいえ、強化を重ねがけした後の反動は大きい。一気に体が重くなり、ただ立っていることすら辛くなる。
那由奈から届いた念話によれば、無事に涼風洸とアミの2人に合流できたらしい。しかしどうも涼風に少しトラブルがあったようで、那由奈にはそちらの治癒を優先してもらうことにした。だから、雪枝の元にアミがひとりでやってきたのは自然な流れではある。
「どうした? 応援はいらないって言ったろ」
「聞いています。でも応援を頼みたいのは私の方なんです」
「……ガンナーか」
「ええ。二度、深手は負わせましたが、諦めが悪いんですよね。探知されてる気配があったので、こちらに」
治療中の那由奈と涼風を巻き込むわけにはいかないという判断は正しい。だが問題は。
「悪いが今のオレはほとんど使い物にならない。田原との戦いで、少し無茶をした」
「……そうですか。なら、私は行きます。今のあいつの狙いは多分、私です」
すぐに立ち去ろうとするアミの背中に、雪枝は待ったをかける。
「待て。お前も相当消耗してるだろ。さすがにわかる」
「ガンナーは概念レベルの魔術行使が可能でした。片手間に戦える相手じゃないですよ」
「なら余計にだ。さてはお前も概念クラスを使ったな?」
雪枝の問いに、アミは答えなかった。アミの魔術の実力がどの程度なのか、詳しいことを雪枝は知らない。ただ、概念レベルの魔術を使えてもおかしくない技量はありそうだという直感があった。今、その答え合わせが終わった。
「松城……それがガンナーの本当の名前らしいんですけど、雪枝さん、心当たりは」
「松城、か。家の格は真ん中くらいって印象だが」
魔術師は家系を重んじる古臭い体制がいまだに根強い。どこそこの息子が新魔術を作ったとか、有名な家同士の縁談が成立したとか、家単位で話題が広がることは珍しくない。
特に名家ともなれば、良い噂からそうでないものまですぐに拡散される。最近だと、日本で最高峰に位置する家の娘が家出したことがトレンドだ。きっと、厳しい魔術訓練が嫌になったのだろう。
「松城が使うのはモノを奪う魔術です。エアガンの弾をぶつけるのが基本的な戦い方ですが、照準の見かけによる概念化も可能です。基本はこっちを警戒してください」
「……なるほどな。わざわざ教えてくれるってことは、ひとりで行くのは考え直したか?」
「いえ」
アミが臨戦体制に入っていることに、雪枝はそこでようやく気づいた。魔力の感覚を広げてみるが、まだ雪枝の感知には引っかからない。やはり、アミの魔術センスには目を見張るものがある。
「少なくとも体の自由を奪えることは確認済みです。近接もそこそこなので、詰めても油断しないでください」
アミがてきぱきと敵のデータを披露してくれたおかげで、戦い方はなんとなくわかった。雪枝は意を決して立ち上がり、アミの背中側につく。
——チームの後輩に、ださい格好はできない。
それがたとえ、自分より優秀な魔術師だったとしても。雪枝のプライドが、それを許さない。
魔力の捉え方は人それぞれにあるが、雪枝の場合は嗅覚や直感に喩えるのがしっくりくる。そして今、不自然な魔力が
その男はひどくぼろぼろで、服はあちこちが
余裕を見せるためか、松城は軽い調子で話し始める。
「さっきのと違う男がいるな、さてはそいつが——」
「
それに対するアミの返事は恐ろしく鋭かった。これは相当キレている。怒った那由奈も怖いが、ここまでではないように思う。
「獲物に慈悲を与えてちゃ、狩りはできないだろ」
「いつから私が獲物になったのかしら。どちらが狩る側なのか、正確に見極めてほしいものね」
「そうだな。ならまずは」
松城がエアガンを構える。銃口はこちらに向いているが、体は動く。つまり、弾が飛んでくるということだ。
強化された視覚が、広範囲に連射されたBB弾を捉える。道路の幅はそれほど広くない。これは上に跳んで避けるしかないだろう。
そう思ったとき、何の前触れもなくBB弾がすべて消えた。アミが何らかの概念魔術で対抗したのだろうか。しかし、そのアミも困惑の色を浮かべていた。
「なんだ、今のは」
と松城が言う。この場にいる3人ともが、今起こった現象が何なのか理解していなかった。なら、今の魔術は一体誰が?
「おつかれさん。時間だし、高校生はもう上がろうか」
まるでバイト先の店長みたいなことを言ったのは、いつの間にかに雪枝の背後に現れていた先生だった。
*
「先生、どうしてここに」
「そりゃ、もう22:00過ぎてるからね。シフト交代の時間ってわけ」
本当にそんな理由なのか。相変わらずふざけている。しかし、助かった。
「……なら、お願いします」
アミも素直に引き下がり、先生が前へ出る。対する松城は、高らかに叫んだ。
「あんたが噂の先生か。これは最高だ」
「おや、君はもしかして俺のファン? サインなら、君の知ってる面白い魔術と交換できるよ」
「いらねえよ。欲しいのはあんたの本だけだ」
「なるほど。つまり君は狩猟者か」
それから先生は魔術書を呼び出した。まさか渡すわけでもないだろう。先生も臨戦体制ということだ。
「ま、とりあえず試し読みってことで」
先生は気前よく自分の本を松城の方へ放った。……は?
「いや、何してるんですか」
問い詰めずにはいられない。魔術書には持ち主が使った魔術が記録されている。先生の本ともなれば、そこにヤバイ魔術がいくつあってもおかしくない。
「どうやら、変人だって噂も本当らしい」
これには松城も驚きを隠せなかったようだ。受け取って、すぐに中身を確認し始める。
「よーしこれで一件落着。みんなで帰るとしよう」
およそ正気とは思えない解決の仕方だった。やはりこの人には、良くも悪くも常人には計り知れない何かがある。
「あ、それから洸はもう起きたから。心配いらないよ」
アミに向かって、先生が言った。アミは「よかったです」と答えたが、どこか含みのある様子だ。
「おい、ちょっと待て」
そこで松城の突き刺すような声がした。それを聞いた先生は、薄ら笑いを浮かべながら振り返る。
「何か問題でも?」
「大ありだよ。これは本物じゃない」
「と、いうと?」
「こいつはただの本だ。中身もよく似ているが、魔術書とは違う」
「おかしいな。それは確かに、君の欲しがった俺の本だよ」
先生はしてやったりという顔を隠せていない。どうやら、偽物を渡してもバレないと踏んで、松城を軽くあしらっていたらしい。
「随分なめられたもんだ。教師なら、もう少し人を見る目を養ったほうがいいんじゃないか?」
松城の言葉に感化されたのか、先生の目つきがやや鋭くなる。それから真面目な顔で、こう言った。
「透矢とアミちゃんは、まず洸たちと合流してほしい。そしたら4人で下に下りて、ちゃんと家に帰ること。それで俺からの課題はクリアだ」
「……先生は」
念のため、という風にアミが尋ねた。
「俺は残業だよ。高校生ならもう気づいてると思うけど、先生ってのは生徒が帰った後も仕事をしているのさ」
アミと視線があって、雪枝はうなずいた。これから本当に先生と松城の戦闘が始まる。おそらくここにいても、先生の邪魔にしかならない。同じことを考えているはずのアミと一緒に、雪枝は先生に背を向けて走り出した。
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