第17話 修練(3)
4月12日水曜日。美鳥との魔術特訓も今日で3日目を迎える。
いよいよ今日から、魔術の実践的な訓練を始めていく予定だ。昨日は「最低限の知識がないと話にならない」という美鳥による、4時間にも及ぶ魔術講義を受けた。それはとても有意義で学びに満ちていたけれど、洸はどちらかと言えば早く自分の魔術の腕を試したかった。理論ももちろん大切だが、結局は実践できるかが問題だ。
帰りのホームルームが終わって、洸はさっさと教室の扉に向かおうとする。美鳥とは必ず上で合流するようにと決めてある。それから下ではできるだけ目立たないよう、普通のクラスメイトとして接する。それが、美鳥と話して作ったルールだ。だから、
「今日、ちょっといい?」
進みかけた歩みと思考が、同時にフリーズする。
「……え、美鳥さん何か言った?」
なんとか声に出せたのは、そんな言葉だった。周りに怪しまれないよう、洸は普通の声量で言った。
「だから、放課後。上に行く前にちょっと」
どうやら聞き間違いではなかったらしい。美鳥は洸に「ちょっと」用があるらしい。それも、あまり他の人には知られたくなさそうな類いの、である。
なんとか頭を回転させ、状況を整理する。これは、当たり前に考えて何かのお誘いである。
「……あー、あれ、勉強はしなくていいの?」
魔術の勉強、という意味だが美鳥には問題なく伝わるはずだ。それは先生の指示より優先させるほどの用事なのか。
「それは……いったん忘れなさい」
なんてことだ。魔術のことは忘れて、智下でのお誘い。それも、かなり重要らしいときた。その答えは……。
「わかった。じゃ行こうか」
そんなわけがない、と否定的に考えることもできる。けれど、今は流れに身をまかせてもいいようにも思えた。洸は意識してさっぱりとした対応をとるように努める。まさかこんな展開になるなんて、誰が予想できただろう?
ふたりで一緒に教室を出る。クラスの何人かから好奇の目を向けられているのは、おそらく勘違いではないだろう。うちの高校に色恋沙汰はあまり多くない。
このたかだか数秒の行動で、それなりに目立ってしまった。しかし、今さら気にしてももう遅い。
美鳥の方は
……いや、やっぱりそんなわけないか。
*
目的地は秘密だという美鳥に連れられて、洸は電車に乗った。車内はそれなりに空いていたので並んで座る。
「貴方、なんだか機嫌が良さそうね」
「そう? まあ、少し楽しみだからかな」
お腹にくっと力を入れて、頭の中の雑念を振り払う。美鳥の真意は掴めないが、これが本当にデートという可能性もある。あまり格好悪いところは見せられない。
「なんだ、やっぱりばれてたんだ」
「……まあね」
勢いでうなずいてしまったが、今のはどういう意味だ? 美鳥には何か隠したいことがあったらしい。
「どの辺まで行くの?」
「もう少し遠くね。でないと、意味がないでしょう?」
「そうかもね」
確かに陽凪西高校の近くには娯楽施設などがあまりない。そういう意味では、どこか別の場所へ移動するというのは悪くない。しかし、そう考えると不自然なこともあった。この電車は街の中心ではなく、郊外に向かっている。
「こっち方面って何があるの?」
尋ねてみたが、しかし美鳥は首を傾げるだけだった。
「私、こっちに引っ越してきたばかりだから」
「あ、そっか」
まあ、美鳥がそれで良いなら洸があえて口出しすることはない。そうして魔術とは関係のない話をぽつぽつとしながら、いくらか時間が過ぎたところで美鳥が「次で降りましょうか」と言った。
聞き馴染みのない駅を出て、美鳥と一緒に目的地もなく歩き出す。小さな商店街の中を通ると、お惣菜やお弁当を売るお店がいくつも並んでいる。どれも美味しそうだ。
「お腹空かない?」
と洸は反射的に口にしていた。
「そうね。せっかくだし、何か買っていきましょう」
知らない街で、何の変わり映えもないお弁当を食べる光景を想像する。それは不思議と魅力的に思えた。
ちょうどすぐ横にあったお弁当屋さんに入って、洸はハンバーグ弁当を購入する。美鳥はシュウマイ弁当と春巻き、それからコロッケを買っていた。けっこう食べるんだな。
「これ、どうする?」
お弁当の入ったビニール袋からは、ふわふわと良い匂いがしている。できることなら温かいうちにいただきたいが、都合のいい場所はなかなか無さそうだ。
「栗山神社へ行くから、そこでいいんじゃない?」
と、美鳥はさも当然のことのように言ってのけた。
「え? ここってその辺りなの」
「昨日調べたけど、それなりに近いわね」
陽凪にはそこそこ長い間住んでいるが、地理感覚にはあまり自信がない。行動範囲はもうだいたい固定化してしまっているのだ。
なんとなく気になって、スマホで地図アプリを起動する。栗山神社は、ここから徒歩1時間の場所にあった。……「それなり」という言葉にどれだけの意味をもたせるか、美鳥とはずいぶん感覚が違うらしい。
しばらく歩き続けていると、商店街を抜けて、閑静な住宅街に入った。
「ちょうどよさそうね」
そう言って、美鳥が立ち止まった。
「どう、いけそう?」
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