第6話 邂逅(5)
「やっぱり異世界ってことですか」
「どっちかと言えば別世界だな。見ての通り、
この人のいない異世界あるいは別世界を智上と呼び、それに対して、いわゆる現実世界のことは智下と呼ぶらしい。
「それからもう1つ。智上は魔術師の世界だ。智上と智下の違いのひとつは、
現実と同じ姿の別世界。そして、魔術師に魔力。簡単には信じられないことだらけだ。
「魔力がある智上では魔術が使える。これも言ってみれば常識だ。たとえば、さっき
「さっき。いつですか」
「肩触ったときだよ」
そう言って本多は「そっか、気づいてなかったんだねえ」と笑う。
「もしかして回復魔術的なやつですか」
「そうそう」
本多によればそれは「
今までは話半分だったが、自身でその効果を体験してしまっては、もう信じるしかない。この世界には、魔術という未知の技術が確かにある。
「魔術の細かいことは後だ。いま重要なのは、お前がどうやって智上に来たのかってことだ」
「気がついたら誰もいなくて。いつの間にか智上にいたって感じです」
「そうだ、それもおかしい。魔術師は自分の意思で自由に智上と智下を移動できる。そして世界を移動するためには、特定の魔術を使わないと無理だ」
その魔術は「
「魔術を使われたことにさえ気づけないお前が、こっちに上れるわけがない」
「それで、僕がこっちにいるのはおかしいというわけですね」
ようやく納得がいった。この世界に洸がいるのは、確かにおかしい。
「じゃあどうして、僕は智上世界にいるんでしょう」
「それがわからないから困ってんだ。那由奈、なんか思い付くか」
「私、わかったかも」
「なんだ?」
「
いきなり間抜けなことを言い出したので、洸は本多がふざけているものと思った。しかし、どうもそうではないらしい。雪枝の表情は変わらず真剣だった。
「それは……いやでもそうか。こいつが魔術師ならなんの問題もないわけか」
「そうそう」
「僕が魔術師ってどういうことですか」
今は洸が天然かどうかの話ではなかったか。いや、それもさして重要とは思えないのだが。
「そうだな、まずは魔術師の話をしよう。魔術の知識は普通、親から子へ伝えられる。魔術師の子どもは魔術師になるわけだ」
「私も
要するに、そういう「魔術師の家系」みたいなものがあるということだろう。
「だが天然はそうじゃない。親や誰かに教わるでもなく魔術の存在に気づいた、ある種の天才だ」
つまり、誰かに教えてもらうことなく自然と魔術が使えるようになった人のことを、魔術師界隈では天然と呼ぶ。そして、洸がその天然ではないかというのが、本多の考えのようだ。
もしそうであれば、洸は自分でもわからないうちに魔術を使えるようになったということである。こんな話をすぐに信じられるわけがない。
「天然は魔術師全体の1%以下と言われている。そもそも普通の魔術師ですら少ない今、考えにくいことではあるが……」
「もし涼風君がそうなら、この謎も全部解決なんだよねえ」
「そういうことだ」
洸にしてみれば「実は自分が魔術師で魔術を使える」なんてことは、まるで出来の悪いゲームのずさんな導入のようにしか聞こえなかった。
しかし、魔術というのはどんなものだろう。ゲームの世界なら、便利なことがいろいろできそうだ。興味がないわけでは、ない。
「僕が魔術師かどうか、テストできますか」
洸の問いかけに、雪枝はしばらく考えてから言った。
「あるな。試してみるか」
*
雪枝の指示で、洸はリトマス試験紙に似た小さな薄紙を右手の親指と人差し指でつまんでいた。これで魔術師の能力や適性を調べることができるという。
「その紙の変化を見れば、だいたいのことがわかる。直接触れている部分が変化すれば近接系、触れていない部分だったら遠隔系。あとは色の違いもあるが、そんなことは知らなくていいな」
しばらくのあいだ待っていると、やがて薄紙に変化が起きる——はずだった。
「変わんないんですけど」
洸は非難の気持ちを込めて雪枝を見つめる。
「ああ。お前は魔力を感知できないんだから、無理に決まってる」
今の時間はなんだったんだ。
「じゃあやっぱり、僕は魔術師じゃないってことですね」
「まあ待てよ。もう少し教えてやるから、そのまま持ってろ。まずは魔力を肌で捉える」
魔力というのは、智上にある未知の万能エネルギーのことだ。雪枝によれば、魔術という超常的な現象を引き起こすために必要な、神秘的物質だという。
「智上には魔力がそこら中にある。目に見えないしにおいもしないが、確かにある。酸素みたいなものだと思え」
いまいちピンとこないが、仕方なく洸はうなずく。
「魔術師は魔力を操ることで魔術を使う。本当はもっと細かいことが色々あるが、これも今は知らなくていい。とにかく魔力を感じ取れ」
「魔力を感じ取るためには、どうすればいいんでしょうか」
「
「はい、それから」
「慣れだな」
雪枝は当てにならない。
「本多さん」
「慣れだねえ」
なるほど。やり方が具体性に欠けるということはよく分かった。
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