第7話 邂逅(6)

「才能があるやつなら数分でわかるし、できないやつは何日かけてもできないからな」


 そういうものなのか。今日は金曜日だから、最悪でも月曜日に間に合えばいい。学校はできるだけ休みたくない。


「感覚が分かれば、後はその紙に魔力を流す。それでさっき言ったような変化が起きる」


 雪枝ゆきえだがそう言ってから、ちょうどすぐのことだった。こうがつまんでいた紙に変化が起きた。


「あ、変わりました」


 つまんでいたところの色が青に変わっていた。


 何の気なしに言ったつもりだったが、雪枝も本多ほんだもしばらく黙ってしまう。


「あの、雪枝さん?」

「……お前」


 雪枝が驚きをあらわにしてつぶやいた。


「マジか」


 その横で、本多も目を丸くしている。


「涼風君、もしかしてほんとに天然なんじゃない?」


 それから右手を斜め前に伸ばして「いえーい」と言う。


 無視するのも気が引けるので、洸は左手を伸ばしてハイタッチする。雪枝はまだ混乱しているようで、視線をあちこちへ向けていた。


 とはいえ実のところ、洸も自分の置かれた状況がよくわかっていなかった。どうやら自分に魔術師の才能があるらしいことは理解した。しかし、実は魔術が使えて、知らぬ間に世界を移動していたなんてこと、どう考えても厄介でしかない。


「今のでわかったことがある」

 と雪枝が言った。

「お前は魔術師だ。だが天然てんねんじゃない」

「……どういうことですか?」


 それでは今までの話と違う。


「今のは確かにテストだった。だが、試していたのは魔術の才能じゃない。お前が嘘つきかどうかだ」

「え?」


 またしても理解が追い付かない。雪枝は何を言っている?


「天然なんて、はじめから存在しない。だが、あの紙は本物だ。魔術師の適性検査みたいなものだからな」

「じゃあ本多さんは」


 見ると、本多は「ごめんね?」とでも言うように両手をあわせていた。


「あれはオレが指示した。もちろんお前も知ってると思うが、魔術師は念話ねんわができるからな」


 すると、どうなる。洸はその適性検査とやらをやりとげた。それが意味することは。


「……つまり僕は魔術師で」

「ああ。高度な魔術で完璧に記憶が操作されているか、あるいは」


 洸は自分が魔術師などではないことを知っている。だが、状況がそれを否定していた。


「お前が何かを企んで、わざと馬鹿のふりをしているか。オレは後者だと思っているが、どうだ?」


 何か間違ったことを言えば一巻の終わりだ。慎重に言葉を選ぶ必要がある。


「僕は……」


 この場合、なんて言うのが正解だ? とにかく考えてみたものの、名案は思い浮かばない。


「嘘は、ついてません」

「なら、この状況をどう説明する」


 雪枝の視線が、槍のように鋭く刺さる。

 雪枝の疑問ももっともだ。しかし彼を上手く説得できなければ、洸は嘘つきということになってしまう。


 ——これは、どうする。


「本当のことを言えよ。2対1でお前に勝ち目はない。素直に白状した方が身のためだろ」


 もう、どうしようもない。結局、洸は正直に話すことしかできなかった。


「本当に、何も知らないです。気づいたらこっちの世界にいました。でも今のはなんかできちゃって。……僕はとにかく智下に帰れればそれでいいんです」


 これで納得できるはずがない。そして雪枝はいざとなれば武力行使もいとわないだろう。あの田原たはらとかいう男と同じように、あっけなくやられて終わりだ。


「そうか。お前の言い分はわかった」

 雪枝はベンチから立ち上がり、洸を正面から見下ろした。その眼差しは変わらず鋭い。説得は、失敗か。


「なら、お前を智下に帰さないとだな」

 怖い顔のまま、雪枝が言った。


「そうだね、透矢とうや君。あー、怖かった!」


 ――は?


「……えっと」


 洸はこの短い間に何が起きたのか、ひとつも理解できていなかった。


「あのね涼風すずかぜ君、今のは嘘なんだよ」

「……嘘、というのは」

「透矢君は、別に涼風君のこと疑ってないってこと」

「じゃあ今のは」

「今のはお前が嘘つきかどうかを調べるテストだった。頭良いならわかるだろ」


 これで話は終わりだ、と雪枝は強引にまとめる。どうやら、とにかく助かったらしい。


「えっとね、透矢君は涼風君がちゃんとした魔術師だとは思ってなかったんだよ」


 洸が何も言えずにいると、横から本多が解説してくれた。


「たぶん純真なんだろうなって。けど荒らしの可能性も捨てきれないからさ」


 言葉の意味がいまいち掴めない。専門用語か何かだろうか。


「それであの紙あったでしょ。あれで反応あったときは本当にびっくりしちゃったもん。まさかそうなるなんて思ってなかったから」


 どうやら雪枝たちにしてみれば、あの検査は洸が失敗するのが想定解だったらしい。聞けば、あの紙を反応させるにはそれなりの訓練が必要だと言うのだ。しかし、洸はそれができてしまった。


「それで私たちもよくわかんなくなっちゃってさ。仕方なく透矢君が、脅すみたいな怖いやり方をしたってわけ」


 いろいろややこしいが、結論は。

「つまるところ、僕はその天然っていう魔術師ってことですか?」

「きっとそうなんだろうね。たぶん何かの拍子に間違って魔術が使われたんだと思う」

那由奈なゆな、もういいだろ」


 雪枝はどこか不機嫌そうだった。


「はーい。じゃあ涼風君、移動しよう」


 洸の肩に、再び本多の手が置かれる。そして、すぐに理解した。いま、何かの魔術が使われた。そのおかげか、不思議と体が軽い。


「目的地までちょっと遠いから、走るよ。涼風君もついてきてね」


 それから雪枝と本多が同じ様に自分自身にも魔術を使ったことが把握できた。どうもあの紙を反応させたあたりから、洸は魔力を知覚できるようになったらしい。


「行くよー」という軽い声が聴こえた直後、洸はすぐに置いて行かれたことに気づいた。あれは人間がただ走っただけの速さではない。


 追いつこうと洸も走り出して、わかった。身体能力が向上しているのだ。これが魔術の効果であることは、考えるまでもなかった。


 風を切って、街を駆け抜ける。

 人のほとんどいない静かな世界に、地面を蹴って駆ける音が響いた。それは意外にも心地の良い音だった。

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