第22話 会同(2)
魔術の発動には、大きく3ステップがある。第一に、媒介との接続。次に、魔力の
魔力を循環させている時点で、相手が魔術の発動を試みていることはわかる。この模擬戦においては、循環を感知した時点で後手の人物にも魔術の使用が解禁される。つまり先手の優位を利用して、最初の1回にたっぷりと準備時間をかけ、強力な魔術でいきなり勝つ、ということはできない。
直行は媒介との接続もなければ、循環も最小限で済ませることができる。そのため、この接続から循環そして実行までのプロセスがほとんどシームレスにつながる。すると相手にとって、洸が魔術を使ったと認識してから実際に実行されるまでの時間が大幅に短くなる。たかだか数秒の差かもしれないが、感覚能力が強化された身体とそうでない身体では、その差はずいぶんと大きく広がる。
後方に下がり時間を稼いだことで、もうアミの方も強化が完了している。しかし加速している分、まだこちらの方が速い。そこからさらに、瞬間的に基礎移動系を自身に使用。アミとの距離を跳ぶように一気につめて、その勢いのまま右足を蹴り出す。即興で雪枝の動きを真似してみたが、わりあい上手くいった。
洸の足はアミの左肩めがけて伸びる。それをアミは左腕を掲げてガードしようとしている。でも、こちらの方の威力が上回る。これは、勝てる。
人を蹴った重い衝撃が右足から伝わる。アミはバランスを崩して横によろめいた。決まりだ。
「これは僕の——」
勝ち。そう言い切る前に、なぜか洸はその場で前方に転倒した。反射的に出した両腕に、地面の石が刺さる。
「いたあ」
「あら、私の勝ちみたいね」
まるで何事もなかったかのように、アミは
「いや、どう考えても僕が勝ってたでしょ」
「今の蹴りが有効打って言いたいの? それならちゃんと防いでるから」
アミは左手に持った魔術書をかかげる。
「これ、いざって時に盾として使えるの。地味に便利だから覚えておいたら?」
アドバイスだとは思うのだが、どうにも馬鹿にされているように聴こえてならない。
「ただの紙じゃん」
「紙は紙でも魔術由来だからね。それなりに丈夫なのよ」
「……そう」
「まあでも」
そこで1度、アミは言葉を切った。
「最後の動きは悪くなかったし、勝負は私の勝ちだけど、課題はクリアということにしましょう」
ありがたい申し出だ。本音を言えば、戦闘訓練なんてこれっぽっちも興味がない。
「なら、そうさせてもらうよ」
洸はごろんと転がって、再び地面に仰向けになって寝た。殴られ蹴られで何度となくアミに負けたから、体力はもう限界に近い。
「でも驚いた。媒介なしで魔術を使えるなんてね。これも天然の才能かしら」
天然の才能。略すと天才になるな、などとくだらないことを考えながら適当に相槌を打つ。
「先生にも才能はあるって言われたよ。自分じゃよくわかんないけど」
「……
もったいぶるような調子で、ため息混じりにアミは言った。
「今まであえて黙ってたけど、やっぱりこれは言っておこうと思うの」
「なんだろ」
「涼風くんは、自分が思ってる以上にとんでもない魔術師だってこと。あのね、1日で基礎20種類なんて普通は無理なのよ」
特訓3日目の話だろう。あの日、洸はほぼ徹夜でなんとか課題を達成した。その後、学校で授業の内容がろくに頭に入ってこなかったことは言うまでもない。
「えぇ? あの時は頑張ればできるっぽい雰囲気じゃなかった?」
「そういう先入観はできるだけ排除したかったのよ。天然としての貴方を実力を確信したのは、やっぱりそこね」
それから、とアミが続ける。
「昨日だけで身体強化もほとんどマスターしているし。並の魔術師が強化を使えるようになるまで、貴方はどれくらいかかると思う?」
「……3日とか?」
もっと時間がかかるのだろう、ということを考慮して正直に答えた。けれど、アミは静かに首を横に振る。
「正解は、3ヶ月よ」
「……ほんとに?」
「ええ。そもそも、魔術がほとんど使えない魔術師だっているんだから」
他の人が3ヶ月かかることを、洸は1日でやり遂げてしまった。そうなると確かに、洸には特別な能力があると考えてよさそうだ。これまで
「なんか、照れるな。人からこんな
いつまでも寝ているのもなんだか気が引けて、のそのそと起き上がりながら洸は答える。
「わかってもらえたようで何より。それで、ひとつ忠告しておくことがあるんだけど」
わかった。才能を過信して調子に乗らないこと、だろう。そう思ったけれど、違った。
「いずれ、貴方の才能を利用しようとする人が必ず現れる。そのとき貴方に必要なのは、何よりも戦う力よ。これは、断言できる」
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