第23話 会同(3)
戦う力——それは要するに喧嘩の強さのことだ。しかしできることなら、それは洸が遠ざけておきたいものだった。
「……逃げるのは?」
「諦めなさい。最悪の場合、智下の自宅まで追いかけられるから」
「ストーカーじゃん。犯罪だよ」
「そうかもね。でも、貴方に高い価値をつけるのはそういう連中だってこと。魔術のためなら、何だってやるわ」
どうやら魔術の才能は、きらきらと水面に反射する太陽の光のように、ただ
「じゃあ、こうしよう。ありきたりな対策だけど、能ある鷹は何とやらってね」
「それも悪くない手ね。実力をつけるまでに才能がばれたら、一巻の終わりだから」
笑えない冗談だった。
「ならとりあえず、直行は使わないようにしようかな」
「そうね、それがいいわ」
念のため魔術書を呼び出してから、洸はふとした疑問を口にする。
「もしかして、僕が先生に弟子入りできたのってかなり正解?」
アミの方は魔術書をしまいながら、呆れたようにうなずいた。
「奇跡と言っていいくらいよ。優れた魔術の実力と、人としてのまともな人格を両立している人は
それをちゃんと両立できている人物が目の前にいる気がして、洸はつい言葉が漏れた。
「アミだって——」
そこで、思いとどまる。その判断は、まだ保留のままにしておくべきだろう。
「いや、何でもない」
アミの方は視線を一度こちらに向けただけで、それ以上気にする素振りは見せなかった。
「最後に大事な話もできたし、これで私の授業は終わり。明日からは、同じ生徒として頑張りましょう」
「こちらこそよろしく。まあ、まだまだアミにはお世話になりそうだけど」
奇妙な才能に恵まれたこともあって、この5日間で洸は順調に魔術を修得した。けれど、戦闘関連も含めたすべての面で、アミは洸よりも優れた技術を持っている。その実力差に気がつけるようになったことも、大きな収穫だ。
「あとは経験の差よ。すぐにとは言わないけど、いつか貴方に追い越される日が来るかもね」
どこか物憂げな様子で、アミはつぶやいた。
「私も自信はあるつもりだったけど、やっぱり本物の天才には敵わないか」
「それって——」
洸の言葉を
「こっちの話。今日は私、もう帰るから」
上手く言葉がみつからなくて、洸はただアミを見つめていた。それじゃ、と言う彼女の顔に、先ほどの影はもうなかった。
「また明日。先生へのお
アミの姿が消えた。神社の周りを囲んでいる木々が、涼しげな風に揺れる。それが花の香りを運んできたのか、洸の胸の中にほのかな
*
4月15日土曜日。
智上の栗山神社で、洸は先生と戦っていた。アミとの特訓を経て洸のレベルがどれだけ上がっているのか、先生が直々に試すことになったのだ。
「勝敗は意識しなくていいから、とりあえず全力で」
というオーダーに従って、洸は直行を使うスタイルで先生に挑むことにした。
開始と同時に直行で強化を使用し、即座に距離を詰めて奇襲をしかける。昨日の戦法をそのまま
これに対し、先生はその場から一歩も動かない。加えて、魔術を使う素振りもない。
——これは、何か狙いがあるのか?
一般的な魔術戦闘において、身体能力と感覚能力の強化は必須である。それはアミから強く教えられたことだ。
「強化の効果はシンプルかつ強力よ。魔術で身体能力が向上している相手に生身で挑むなんて、小学生が大人と力比べをするようなものだわ」
とアミは言った。初めての模擬戦で、まるで赤子の手をひねるように、洸を軽く投げ飛ばした後のことだ。地面に背中を強かに打った洸は顔をしかめて答えた。
「うん、それは
「だから、魔術師同士の戦いはまず強化から始まる。生身の相手に先制攻撃したい気持ちもわかるけど、それは
「なるほど」
「先手の優位は自分のリズムに相手をのせやすいこと。実行速度にそこまで差がなければ、お互い強化を使っても後手が遅れるのは変わらないから」
いま、強化を使っているのは洸だけだった。そして先生がいくら強いとしても、強化ありと強化なしの差は簡単に埋まるものではないはずだ。そうなるとやはり、先生の意図がわからない。
洸は先生の手が届くぎりぎりの距離まで直線的に接近し、そこで急激に進行方向を変えた。直角移動を2回、L字を描くようにステップを踏む。1歩目で右に、2歩目は前に。先生のすぐ横に潜り込んで、そのまま前に出した方の足を軸に体をひねる。その勢いで、浮いている反対の足で先生の背中を狙った。
強化を使わずこれに対応するのは不可能だ。単純に、こちらの機動速度が常人の反応速度を超えている。
しかし洸の蹴りは、後ろ手に伸ばされた先生の左手によって容易く受け止められた。驚く暇もないうちに、掴まれた足を引っ張られてバランスを崩した洸は情けなく地面に転がる。
「ま、悪くはないってところだな」
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